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6話

「左舷一斉射! 放て!」

 宜蘭へと向かう3隻の敵船の前に躍り出た紀忠は一斉射撃を命じる。

 船首から砕け散る敵の遣明船。

 砲撃されることなど想定していないその船の構造はあまりにももろかった。

「紀忠様に続け! 放て!」

 紀忠の後方に続く澤風も砲撃を開始する。

「とぉりかぁじ!! 敵と反航せよ!」

 敵の前方を通り過ぎた紀忠は左転を命じ、敵とすれ違うような機動を取る。

 倭寇からの反撃はない。

 否、することすら許されなかった。

 彼らは船が沈まないようにするのが精一杯で、弓を射る余裕すらなかった。

 そこを、船首側からは灘風が、側面からは紀忠の乗る島風の砲撃が襲った。

「敵の接近を許すなよ!」

「応!」

 紀忠はそう叫ぶと次の標的を睨んだ。



「鉄砲衆はなぁてぇ!!」

 克治の怒声に続いてすさまじい射撃音が響く。

「次の斉射でカタを付けるぞ!」

 敵は今、海岸線の岩や物陰に隠れて何とかやり過ごそうとしている。

 船のすぐ近くにいるのに逃げられていないということはこちらの攻撃が十分な成果を出しているという証左であった。

「槍衆! 構え!」

 槍衾を敷く槍衆たちがガラガラと音を立てて突撃の用意を取る。

「鉄砲衆用意よろし!」

 紅衆の一人が声を上げる。

 克治はニヤリと笑みを浮かべると声を上げた。

「放て!」

 


「クソが! クソが!」

 そのころ、除海は北東へ進みながらも戦闘の成り行きを見守っていた。

 瞬く間に殲滅された3隻の遣明船。

 そして十分な戦力で上陸させた倭寇たちも最早どうなったのか定かではない。

 彼の手元には、もはや7隻の遣明船しか残っていなかった。

「愚かよなぁ」

 敵の戦力はよくわかっていたはずだった。

 だが、軽はずみかつ思慮の浅い行動でこのような事態を招いた。

 除海は自責の念にとらわれていた。

 だが、そんな彼を。


 ある男は許すはずもなかった。



「全帆展張! 我らが船が古臭い遣明船に後れを取るはずなかろう!」

 南から、安吉率いる7隻の40門戦列艦が除海を猛追していた。

「艦長ォ! まもなく琉球沖にございまするぞ!」

「頃合いや良し! 門右衛門の艦隊は敵の左方に躍り出よ!」

 おそらく敵は琉球沖北方を通過し、九州沿岸沿いに北進。

 そのまま五島列島を目指すものと思われる。

 現在の速度だと安吉の艦隊は倭寇たちよりもおよそ2倍程度の速度を出せている。

 すぐに追いつくことができるだろう。

 安吉の命令に呼応するように、門右衛門が率いる3隻の帆船が進路を北に向け、除海の左側面に出ようと針路を変える。



「除海様ぁ! 大祝の帆船が! 帆船が迫ってまいります!!」

 悲鳴にも似た報告。

 彼らは眼前で殲滅された味方のことが脳裏によぎっていた。

 自分たちもそうなるのであろうと。

 たった数度の砲撃で船が粉砕され、沈んでいく様はそれほどまでに強烈であったのだ。

「北はいずれ抑えられるか」

 除海は一人冷静につぶやいた。

 彼の心境とて穏やかではなかったはずだ。

 だが、従う者たちの前で取り乱すことだけはできなかった。

「……反転せよ」

 除海は覚悟を決めた。

「いま、なんと?」

 部下の問いに除海は怒声を上げる。


「反転せよ! 我らは倭寇ぞ! 瀬戸内の海賊共など恐るるに足らず!」

 

 もはや、やけくそであったのかもしれない。



「権兵衛、敵はこちらに向かってくるぞ」

 安吉はのんきにそう笑った。

「左様でございまするか。いかがいたしましょう」

 権兵衛の問いに安吉は笑う。

 叩き潰す、それ以外に選択肢はなかった。

「両舷砲戦用意! 紅衆は白兵戦用意!」

 安吉の命令に権兵衛は目を見開いた。

「白兵戦でございまするか」

「敵は死兵だぞ」

 根城であった台湾を追われ、五島列島を目指すもその道中で敵に追いつかれた。

 彼らに残されたのは敵を壊滅させるか、死ぬかしかない。

 逃げるという選択はなかった。

「敵の陣形は」

 安吉の問いに見張りの水夫が大声で答える。

「魚鱗の陣形を取っておりまする!」

「浅い、なぁ」

 彼は残念そうにつぶやいた。

 そして点を見上げる。

「小春殿、まだまだ早すぎたようですよ」

 


 その戦は、凄惨なものであった。

 敵を目前にした安吉の単縦陣は一挙に左転。

 敵に右舷を向けると一斉に砲撃を開始。

 それと同時に門右衛門の艦隊が敵の後方から砲撃を開始。

 倭寇たちの魚鱗の陣形を中心に外縁を帆船が回るような形となった。


 それでも、除海や何隻の倭寇たちが帆船に肉薄する。

 だが、安吉はここで新兵器を投入した。

「葡萄弾、放て!」

 それは、今まで放っていた巨大な鉄球とはわけが違った。

 テニスボールほどのサイズの鉄球を無数に放つ、いわば散弾のようなものであった。

 射程距離は10数メートルとない。

 だが、肉薄した倭寇の船たちにはあまりにも有効であった。

 一瞬にしてハチの巣のように穴だらけになる倭寇の船。

 呆然とする彼らと血しぶきを他所に各船に乗った紅衆たちが鉄砲を狙い撃つ。

 

 琉球北方海域、本島から5マイルほどの地点は倭寇たちの血によって赤く染められた。

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