5話
「皆の者! 敵は弓衆ばかりぞ! 一気呵成に叩き潰せぇ!」
10隻の遣明船を率いる将がそう雄たけびを上げる。
除海はいまだ海上にて趨勢を見守っている。
「矢楯を頭上に掲げよ! 皆で互いを守りあうのだ!」
乗り上げる直前まで船を進めた倭寇たちはそのまま楯を掲げながら砂浜へと飛び降りていく。
宜蘭の桟橋の付近はさすがに防衛が固いと思われ、それよりも南方に進んだ砂浜を彼らは上陸地点に選んだのであった。
「皆の者! 港を目指せ! 除海殿のために桟橋を抑えるぞ!」
「応!」
「敵は川の南に上陸したか!」
宜蘭に殺到する倭寇に克治は弓で応戦する構えを見せた。
24隻の遣明船のうち、宜蘭に突撃したのは10隻。
残りの14隻は海上にとどまり上陸支援をする構えだ。
敵が南方の砂浜に上陸してきたことは克治にとって想定内であった。
寧ろ、それを誘ったまである。
緩やかなC字に広がる宜蘭湾。
その中央には蘭陽渓と呼ばれる中規模河川が流れている。
河口を中心に宜蘭の港は広がり、その北西部に金鉱山が。
また鉱山の麓を中心に商業街や行政施設が集まっている。
つまりは宜蘭は川の北部にその中枢部が集まっているのであった。
では、川の南部はどうなっているのだろうか。
無限に広がる平野に広がる田畑がそこにはあった。
敵の進軍速度は鈍るだろう。
「だが、わずか300の兵でどうしたものか」
克治はそう頭を抱えていると宜蘭兵の一人が声を上げた。
「克治大人,援军到了!(克治様! 援軍が参りました!)」
「军队在哪里(どこの軍勢か)」
克治の問いに宜蘭兵はニイッと笑うとこう答えた。
「身着深红色长袍的精灵战士!(紅の衣に身を包んだ精兵です!)」
彼の言葉は、克治に一筋の光を灯した。
「たった60人の鉄砲衆だが……。倭寇ごとき叩き返すさ」
「やっぱ、でけぇよなぁ」
紀忠は島の影から除海の軍勢を見守ってそうこぼした。
倭寇の使う船の大きさは安宅船よりも少し大きいくらいのもの。
中には中国本土で用いられるジャンク船のような形のものもあった。
「台湾だけでこれが24隻もいるとはなぁ」
彼は感慨深そうにつぶやく。
「だが、我が大三島はこの戦列艦を10隻は持つぞ」
40門戦列艦は倭寇の船よりも1.5倍は大きい。
それに安吉の先進的な設計のおかげで構造的な強さも併せ持つ。
そのころ、宜蘭から狼煙が上がった。
どうやら陸戦が始まったらしい。
「信号旗揚げぇ!! 海上に待機する敵船団を攻撃する!」
同時に、紀忠は決断した。
「除海殿! 宜蘭の防衛戦力は強固なりて!」
そのころ、除海のもとには伝令が来ていた。
もうすでに上陸した14隻の倭寇たちと宜蘭防衛隊との間で戦闘が始まっているようで時折銃声が聞こえる。
「ふむふむ。よきかなよきかな」
除海は満足そうに笑う。
「3隻はそのまま宜蘭の桟橋へ向かえ」
彼の言葉に伝令は笑みを浮かべた。
除海の策はここにあった。
宜蘭南方に上陸し、北上する構えを見せることで宜蘭中心部の防衛隊を引きずり出す。
その間に中心部を抑えてしまおうという算段であった。
「北へ逃げた大祝はどうするかな」
除海がそうつぶやいた直後、島影から3隻の帆船が姿を現した。
「なっ……!」
もうすでに3隻を宜蘭へと突入させてしまっている。
引き返させるか、このまま突入させるか。
「やられた!」
除海はそう叫んだ。
たいして紀忠は突然の好機に歓喜していた。
10隻の倭寇を丸ごと相手にするつもりが敵は3隻を先行させて宜蘭を制圧するつもりだったらしい。
「左舷砲戦用意!」
紀忠が鋭く下知を飛ばすと敵船を睨む。
「目標、左舷前方75度! 先頭の船から叩き潰す!」
宜蘭へまっすぐ向かう倭寇の船団。
それを遮るように姿を現した紀忠の艦隊。
このまま進めば丁字になるだろう。
「安吉よ、悪いが貴様の戦術は俺が先にもらうぜ」
紀忠は小さく笑みを浮かべた。
「ッ……! 上陸している船を退かせろ! まずは大祝を叩く!」
除海は暫し悩んだあとそう決断した。
このままでは確固撃破される。
合理的判断であった。
だが、克治はそれを見逃さない。
「槍衆! 突撃!! 紅衆と鉄砲衆は側背面に回り攻勢を強めよ!」
彼の攻勢により倭寇たちは船を防衛するので精一杯だった。
ましてや、船に乗り込んで撤退などできるいとまもなかった。
「クソが! なんでこうなった!」
あまりにもタイミングが悪すぎる。
天運が敵に味方しているとしか思えなかった。
そして、除海は決断を下した。
「『戦闘中止 北へ向かえ』と信号旗を上げろ!」
それは、総撤退であった。
彼の命令の意味するところは「俺は逃げるからお前らは好きにしろ」といったようなものであった。
「五島列島の王直様のもとへ行き、再起を図るべし!」
だが、ここでむざむざ殺されるわけにもいかなかった。
除海は唇を悔しそうに噛み締める。
直後、爆音が響き渡った。




