11話
「……不服ですね」
安吉は大山祇神社の付近にある宿でつぶやいた。
今、兄である武吉達は南進し、大内軍を迎え撃とうとしている。
「ふふ、よいではないですか」
夕日を見上げながらぼんやりとしていると安吉の背後から声を掛けられた。
「小春殿?!」
ハッと振り返るとそこには小春がたたずんでいた。
彼女はニコリと笑うと安吉の隣に腰を下ろした。
「戦をするばかりが武士ではございませんよ」
そういって静かに笑った。
その表情はどこか寂し気でもあった。
「安舎殿は残っているではないですか」
安吉の言葉に小春は外を見つめて、「家臣の者たちは行ってしまいました」と小さく呟いた。
大祝の一門衆はその多くが戦で命を落としている。
特に近年はその傾向が顕著だ。
そんな小春にとって戦というのはあまり好ましくないのかもしれなかった。
安吉は彼女を慰めるように、抱き寄せると彼女の視線を追った。
「安吉様。貴男も死にに行くのですか?」
安吉とて武士。
他の者たちと同じように死んでいってしまうのでは。
そんな疑問を安吉に投げかけた。
「……」
安吉は簡単に答えることができなかった。
死ねと命じられずともいつか人は死ぬ。
それが戦場か、床の間か。
今日であるか、明日であるか。
「死ぬのは怖い、ですね」
安吉がそう零すと小春はくすりと笑った。
「武士とは思えませんね」
「我等は武士ではございません。海賊ですから」
安吉がそう笑うと、小春もつられてクスクスと笑った。
今までにないほど平穏な時。
それぞれの出自は隠しているが、お互いにその正体に勘づいている。
故に、ある程度気を許せる。
もう月は沈み、あたりは暗くなっている。
そんな中、小春は少しばかりためらったのち口を開いた。
「安吉様、この戦が終わったら――」
だが、安吉は小春が言葉を言い終える前に声を荒げた。
「敵だ!」
水平線の奥、高崎岬城の方角にいくつもの火が見える。
夜襲、その可能性を忘れていたわけではないが警戒を怠っていた。
「安吉様?!」
小春がそう声をかける。
だが、安吉は意に介さず立ち上がると去り際に小春に伝えた。
「安舎殿のほうへとお戻りなされ!」
安吉はそう声を上げると宿から飛び出て、自らの船へと向かった。
「夜襲じゃ! すぐに船出の用意をいたせ!!」
安吉はそう港で声を荒げながら港へと向かう。
すでに港では出港の用意が整えられつつある。
「安吉様!」
安吉が桟橋で周囲の状況を確認していると貞時が声をかけてきた。
「煌々とかがり火を焚かせろ!」
安吉がそう鋭く命じると貞時はさらに配下の物へと命令を伝える。
そして貞時は安吉に向き直ると苦々しく呟いた。
「こんなはずでは……」
安吉もそれに静かにうなずいた。
当初の予定ではこちらから大山祇神社付近で決戦を仕掛け、その間に安吉率いる別動隊が背後を強襲する予定であった。
だが、敵が甘崎城に移ったことによりそれは破棄され、安吉は大山祇神社へと留め置かれた。
しかしそれは守りというわけではなく敵の高崎岬城を睨んでのことであった。
敵が隙を見せれば容赦なく城攻めを行い、甘崎城の北を抑える算段であった。
だが、先手を取られるとは思っていなかった。
「すべて出せるか?」
安吉の問いに貞時は胸を張って答える。
「問題ございませぬ」
そう自身満々に答えた貞道に安吉は満足げに頷く。
彼は水平線を睨みながら小さく零した。
「……これが、初陣か」
「陣を整えよ!」
かがり火の用意や水、武具の用意を終えた安吉達は10分とせぬうちに出港し、大三島沖に展開した。
「敵は南に回る模様です」
前方に出した斥候が戻ってくるとそう報告してきた。
大三島湾の西方に大横島という小さな島が中央に鎮座している。
ここでは便宜上大横島より北の海域を北沖、南の海域を南沖とよばせてもらう。
「北沖は浅いからか?」
敵の陣の明かりを見ると大型船が多数いるようだ。
その点、北沖は浅く潮の流れが速い。
対して南沖は深い。
夜間に戦闘するには南沖の方が都合がよいのだろう。
「我等も南に向かおう」
そう言った安吉に貞道は言葉を挟んだ。
「北沖から大回りして後方を襲撃してはいかがでしょうか?」
尤もな問いであった。
彼らの注意が向く南沖に少数の関船を残し、小早で後方を襲撃する。
そうすれば恐らく敵は瓦解する。
だが、ある懸念があった。
「敵の狙いは本当にここなのか?」
安吉の言葉に貞道は目を見開いた。
今、南沖に向かっている敵は本当にその後この大三島に来るのか?
「そのまま南下して兄上の背後を突かれてはたまらん」
安吉はそう言った。
この判断が、安吉の運命を決定づけた。
「殿、敵はこちらに向かってくるようです」
先頭の安宅船で着物姿の男は配下の者から報告を聞いていた。
「元久様。いかがなさいますか?」
彼の側近である忠海守忠が尋ねた。
この大三島沖に展開している大内方の軍勢は毛利家次男、毛利元久が率いていた。
「手はず通りに行く」
元久はそう簡潔に答えるとコツコツと前へと歩き出し、舳先に立った。
そして采配を振り下ろし、静かに命じる。
「先手衆掛かれ」
彼の視線は激しく燃えていた。
「敵の先手が向かってきます」
見張りの兵がそう報告してきたのに安吉は静かに頷いて応えた。
「紀久!」
安吉はそう声を張り上げる。
すると隣の関船から「応!」という返答が返ってきた。
「貴様は関船5艘と10艘の先手衆を率いて敵の先手を叩き潰せ!」
彼の命令に紀久は「承知」と応じ、配下の船に前進を命じた。
こうして両軍の先手は激突した。
この先手衆の中には紀久の息子、紀忠も含まれていた。
「掛かれぇ!!」
先に仕掛けたのは毛利軍であった。
忠海守忠を筆頭に10艘の関船が攻撃を仕掛ける。
「間断なく矢を射かけよ!」
守忠は慣れたように命じる。
彼ら大内家水軍衆や毛利家の水軍衆は日々方々の勢力と抗争を繰り返している。
故に練度は村上家に匹敵するものがあった。
だが、村上家も負けてはいない。
「両翼に広がれ!」
関船の数で劣る紀久はそう命じた。
中央の関船衆で押しとどめつつ両翼から小早を迂回さる。
よくある戦法であった。
「炮烙を投げつけよ! 当たらなくてもよい!」
紀久は矢を射かけさせながらそう命じた。
炮烙、それは現代で言うところの手榴弾のようなものである。
陶器若しくは鉄器の中に石や鉄片と共に火薬を詰め敵船に投げつける。
村上家秘伝の武器であった。
「とにかく時間を稼げ!」
紀久の命令兵が「応!」と矢を射かけながら答える。
射かけると言っても闇雲に放っていてどれほどの効果があるのか分かったものではない。
とにかく、敵を脅しさえすればいい。
そう短絡的に考えていた。
「頼むぞ、紀忠」
紀久は指揮しながらそう呟いた。
「静かに、静かにいけ」
対して紀忠は右翼の小早を指揮していた。
先手衆の片翼を指揮するというのは極めて重要な任務であり、この戦闘の趨勢を決める物である。
それにもかかわらず初陣である紀忠が選ばれていた。
異例なことではあるが、皆が紀忠の実力を認めた結果でもあった。
現に彼は敵に気づかれることなく、かがり火を消して敵の右側面に回り込むことに成功していた。
「よし、止め」
紀忠はそう静かに命じるとその命令は隣の船へと伝播していく。
そして、全ての小早がその行き足を止めたのを確認し、小さくため息を吐いて剣を抜き放った。
「突撃せよ! 蹂躙せよ!!」
その命令に応じるかのように水夫たちが一斉に漕ぎはじめ、兵たちは弓を射かける。
これに忠海守忠率いる先手衆は混乱に陥った。
「初戦はもらった」
紀忠と紀久。
親子二人がそう油断した瞬間。
毛利家第二陣が襲い掛かってきた。
こんばんわ雪楽党です。
一週間ぶりとなります。
もう少しで春休みですね。
春休みには高頻度で更新できると……。おもいます。
本話から初陣となります。
どうぞよろしくお願いいたします。




