3話
「これはこれは金丸殿、久しゅうございまするな」
紀伊水道通過から1週間。
安吉らは琉球に到着していた。
いつもよりも明らかに巨大なその艦隊を見て琉球王国の役人、金丸は目を丸くしていた。
「火薬、食料は十分かな?」
「書状にてご指示いただいた量を用意しておりまする」
金丸の言葉に安吉はニイッと笑みを浮かべる。
「ならばよし」
安吉の言葉に金丸は商売用の笑みを張り付けた。
すると安吉は彼に向かって大きな革袋を金丸に手渡す。
「お望みの金1000両じゃ」
その言葉を聞いて金丸は慌てて中身を確認する。
中には溢れんばかりの金の大判。
「皆の衆! 食料を補給すればすぐに南へ向かうぞ!」
安吉はそう雄たけびを上げた。
彼の言葉に兵たちは落胆するような表情を浮かべつつもすぐさま自らの仕事に取り掛かった。
三好が内政に忙しいこの数年間。
安吉にとって以降訪れないであろう好機であった。
彼が率いる艦隊はそのまま南進。
宜蘭沖に停泊すると安吉は艦隊を3分割。
安吉率いるは
神風
春風
松風
帆風 の4隻。
紀忠率いるは
島風
澤風
灘風 の3隻。
赤松門右衛門率いるは
朝風
潮風
夕風 の3隻
それぞれ別の進路を取りつつ現地にいるであろう倭寇を蹴散らした。
台湾西岸に安吉及び赤松の艦隊を。
東岸には紀忠の艦隊を派遣した。
戦闘を行い、疲弊するたびに艦隊は確固の判断にて琉球に戻り補給を繰り返した。
しかし、約1週間後
「ここにもおらぬか」
安吉は無人となった港を見つめて溜息を吐いた。
途端に倭寇共が姿を海岸線から姿を消したのである。
それぞれの艦隊は海岸線沿いに南進を継続。
道中、関船による奇襲攻撃を受けるも明らかに規模は小さく散発的であった。
──これには、わけがあった。
「これ以上、大祝。宜蘭の連中に好き勝手させるわけにはいかん!」
「ではどうしろというのだ!」
「打って出て一戦交えるべし!」
「否! 王直殿と合流すべし!」
「いやいや! さらに南へ向かい、海南島の諸勢力ど合流すべし!」
そのころ、台湾南端の白沙鼻岬付近に集まった倭寇たちは方針を決められずにいた。
倭寇と呼ばれてこそいるが彼らの実態はそれぞれが個々の非合法商人であったり、海賊であったりする。
意見を合致させることなど不可能に近かった。
だが、蹂躙される同胞たちを見て団結しなければならないという思いはあったのだろう。
ゆえに議論は紛糾した。
それを制したものがいた。
「静まりたもう」
彼の一声でその場は静まり返った。
あまりにも高貴な声、あまりにも威厳に満ちた声であった。
「然らば我、除海が意見を言わさせてもらおう」
彼は明王朝の血筋を引くもの。
そう皆から言われていた。
事実がどうであるかなど誰も知らない。
だが、彼はまるでその噂が事実であるかのようにふるまい。
皆はそれを信じていた。
「斯様な難事は初めてではあるまい」
除海の言葉に皆が一同にうなずく。
例えば中国本土からの征伐軍。
例えば日本からの征伐軍。
例えば、南蛮の侵略。
倭寇たちは日本にいる大名たちよりもより多くの敵と接していた。
「我らの故郷は海であり、我らの家は船である。相違ないな?」
除海の問いに者どもは「応!」と声高に答える。
「然らば! この地を離れ、態勢を立て直すべし!」
彼はそう宣言した。
守るべき故郷、土地がない彼らには容易な判断であった。
「行先は?!」
者どもの問いに除海は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「五島列島が主、王直殿のもとへ」
「紀忠様ァ! 水平線上に船団が!」
そのころ、紀忠率いる3隻の艦隊は帆船は混乱していた。
数回、倭寇と交戦したもののそれ以降敵との交戦はなかった。
兵の報告を聞いた紀忠は慌てて見通しの通る場所へ出た。
「おいおい、今更あんな数がくるかよ」
紀忠は水平線をにらむとそうつぶやいた。
「20……は下らんか」
「はっ! その数24隻!」
24隻、いくら旧式の船だとは言え3隻の紀忠艦隊には手に余る。
そう思われた。
「どこに向かうだろうか」
紀忠の問いに兵は「北、でございましょうか」と困惑したように応える。
皆が緊張していた。
そして、額に冷汗を垂らす。
紀忠も同じであった。
「安吉ならどうする……」
彼は必死にそう考えていた。
自分で大局を決する必要に迫られていた。
この帆船3隻を生かすも殺すも自由。
そして、敵の24隻もの軍船を沈めるも、すべて彼の手に委ねられていた。
「勝てぬな」
紀忠は苦虫をかみつぶしたような表情で答えた。
帆船による艦隊戦の戦術知識が一切ない。
安吉の戦術理論をある程度聞かされていたが、完全な理解とは程遠かった。
「宜蘭防衛のため北進する!」
紀忠の言葉に兵たちは「応!」と力強く応じた。
「安吉……。すまぬな」
己が主君ならば叩き潰しただろうか。
紀忠は静かに反転し宜蘭を目指した。




