1話
1552年2月8日。
三好家はこの時最盛期を迎えていた。
畿内において六角・北畠など名だたる大名を屈服させると、各地の豪族も従えた。
大義なく逆らった家々は断絶され、三好家の家臣たちの所領となり。
戦うことなく従った家は所領を減らされながらもその血を残し。
そして、大義とともに戦った家々は家を取り潰されながらも、三好家の家臣となった。
血を残した代表格は北畠家であり、家臣となった代表格は六角家であった。
その征服方針は西日本を飲み込まんばかりであった。
畿内は完全に三好の手中となり、南海道は紀伊と土佐を除いて河野と安宅が制した。
現在は土佐と紀伊を安宅がそれぞれ陸と海の両方から侵攻の機会をうかがっている。
さらには山陽、山陰では尼子家が三好長逸の手によって滅ぼされた。
美濃、尾張、越前へは十河一存がにらみを利かせ、彼らの背後には長慶と安宅冬康が待ち構える。
この経緯からするに、三好家はすでに軍団制のようなものが出来上がりつつあった。
さて、東国の情勢を見ていこう。
甲斐の武田家と駿府の今川家において甲駿同盟が締結。
それぞれ武田家は北へ、今川家は西へと兵を進めつつある。
さらには美濃では斎藤家が台頭し、飛騨へと侵攻。
各地の小領主たちはなすがまま大名たちに併呑されて行っている。
この状況に三好家は座視するばかりで、若狭─近江─伊賀に強固な防衛体制を築いた。
たいして西国では三好家が活発に活動していた。
尼子家が有していた伯耆、備中まで兵を進めると毛利氏と対峙。
毛利氏は大友家と同盟を結び三好を食い止める構えを見せるが果たしてどこまで持つのか。
土佐では本山氏を長曾我部家が滅ぼすと勢いそのままに安芸家を併呑。
防備を固めつつ土佐西方に位置する一条家へ侵攻の構えを見せている。
最後に紀伊。
ここは主に安宅冬康が担当しており、対峙するのは根来寺に拠点を置く根来衆。
そして雑賀衆の長である鈴木家。
どちらも他地域の大名に比べれば小さなものであったが、あるものが決定的に違った。
──鉄砲の数である。
竹林と険しい山々に覆われた紀伊において根来と雑賀の用いる鉄砲と散発的な奇襲攻撃、現代でいうところのゲリラ戦を仕掛けられた安宅家は苦戦を強いられている。
時代は三好家の圧倒的優勢。
だが、内部にくすぶる火。
そして、まだまだ強敵が大勢いた。
「と、いうのが三好の現状ね」
安吉の自室にて小春はそう笑った。
松丸はそろそろ歩き始めるだろうかというころ合いで、その面倒はみつが見てくれている。
「で、こんな状況で我等はどうするのかしら?」
小春の問いに安吉は眉をひそめた。
「圧倒的な戦力を持つはずの三好が動けない理由がわからない」
安吉の言葉に小春は小さく溜息を吐く。
どうやら、安吉の言葉に落胆しているようだった。
「よくそんなので今日まで生きてこられましたね」
「拙者には優秀な軍師殿がおるゆえ」
彼女の小言に安吉はそうニイッと笑う。
それに対して小春はあきれたような表情で笑うと安吉の頬をはたいた。
「ほめても何も出ませんよ?」
そう笑うと地図の畿内を指さす。
「一気に大きくなりすぎた、といったところじゃないかしら」
小春の言葉に安吉は「なるほど」とつぶやく。
今の三好家が出している兵は精々紀伊に向けている1万程度。
いまの三好ならもっと出せるはずだ。
だが、出さないということは。
「内部で火がくすぶっている」
「えぇ。寛容すぎたのかもしれないわね」
小春はそう笑う。
一気に様々な地域を征服し、様々な人間が家中に加わった。
当然、三好家のやり方に合わない者もいるだろうし、反発もあるだろう。
「しばらくは内政のお時間ね」
小春の笑みに安吉はニイッと笑った。
「俺たちの時間だな」
彼の言葉を聞いて小春は満面の笑みを浮かべた。
大三島から現在出ている定期便は3種類ある。
一つが短距離の堺─大三島航路。
ここには海鳴丸と風鳴丸がその任についている。
主な任務は公家衆の安全な護送。
大三島から堺に行く便では金細工や鉄砲などを積んでいくが、帰りでは人だけを積んで帰ってくる。
二つ目が熱田─堺─大三島航路。
織田家へ金を輸送し代わりに東国の名産物を積んで帰ってくる物資輸送の定期便。
これは大三島に住んでいる商人に運航計画を任せ、船舶使用料として利益の一部を大祝家が受け取っている。
最後に宜蘭─大三島航路。
往路では宜蘭へ鉄製品の農具や採掘具を積み、復路では現地で採取された金を持ち帰る。
大祝家の生命線でもあった。
これには新造の1型帆船が多く用いられ、倭寇の襲撃も難なく跳ね返している。
さらには大友家と毛利家が同盟を結んだことにより大祝家と大友家の関係も良好化。
わずかな通行料を支払い、豊後水道を航行している。
「そろそろ、武敏を一度帰してやるか」
「あぁ、それがいいかもしれないな」
小姓たちの稽古を見守りながら安吉と紀忠はそう笑った。
武敏がここにきて、はや1年。
そろそろ故郷が恋しくなってくるころ合いだろう。
「で、どうするんだ」
「どう、っていうのは?」
「宜蘭だけで納めるつもりじゃないだろう?」
紀忠の言葉に安吉は笑みを浮かべた。
現在宜蘭は大三島から経済的な援助を受けつつ急速に発展している。
いまや金山は3つも見つかり、その多くは今もなお採掘が進められている。
「そろそろ周りの部族や倭寇が嗅ぎ付けてくるぞ」
その言葉は正しかった。
最近、宜蘭との定期便への襲撃が増えている。
どこからともなく金を積んでいるという情報を得ているのだろう。
「まぁ、任せろよ」
安吉はそう笑うと空を見つめた。
「武敏のために、国を用意してやるさ」
どうも皆さま。
お久しぶりです。
本日より緩やかに投稿を再開していきます。
文章を1年以上書いていなかったこともあり、正直時間ができても書こうとは思えませんでした。
ですが、時折このサイトにログインすると感想が投稿されておりました。
長く更新していないのに数多くのPVも付いておりました。
本当に、ありがとうございます。
なんとか完結まで続けてまいります。




