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56話

「兄上! 後は任せまする」

 ひとしきり砲撃を終えた後、安吉は武吉と交代した。

 前進した武吉の見た光景はそれは悲惨な物であった。


「後は任せると言ったってなぁ」

 惨状を前に武吉は頭を抱えた。

 死屍累々。

 吹き飛ばされた死体が折り重なり、血痕が至る所に散乱している。

「この雨では早く回収しないと腐りますね」

 貞道の言葉に武吉はため息を吐くとこう命じた。

「総員上陸! 陶晴賢の首を探せ!」


 その日の夕刻には陶晴賢の首が発見された。

 胴体には大きな穴が穿たれ、見るも無残な姿であった。

 実権を握っていた晴賢の死は大内に大きな衝撃を与え、その年のうちに大内家は消滅した。

 この戦で村上水軍と大祝海軍は大きな効果をもたらした。

 厳島の戦いに始まり、その後は沿岸の諸都市を攻撃。

 終盤には関門海峡を越えて長門に侵攻しようとする大友家に睨みを利かせた。

 恩賞として毛利元就は巨額の金と関門海峡の無害通航権と村上家、大祝家による瀬戸内支配を容認した。



「遂に大内が滅びましたね」

 小春の言葉に安吉は頷いた。

「今まで、中国との交易は大内が独占していた。だが」

「いまや、その大内は後かたも無くなった」

 二人は顔を見合わせてニヤリと嗤った。

 マラッカ海峡を越え、インドに向かうよりももっと手近に硝石が手に入る場所がある。

 だが、今までそことの交易は朝貢交易にのみとされており、交易を担っていたのが大内家であった。

「倭寇を撲滅し、中国との交易路に活路を見出す」

 安吉はそう指針を決めた。

 地図を広げると現在の長崎県西部の五島列島を指さした。

「ここが、倭寇の根拠地で間違いないんだな?」

 安吉の問いに小春は頷く。

「明から逃れて来た倭寇の頭目とも呼ばれる人間が此処に居ます」

 その言葉に安吉はニイッと笑った。

 倭寇の撲滅を手柄に、明に近づく。

「5年後、平戸に出兵する」

 安吉の言葉に小春は首を傾げた。

「いますぐ、ではなくてですか?」

 彼女の問いに安吉は首を振った。

 五島列島となれば複雑な地形が入り乱れ、海流もそれ相応に複雑だ。

「60門戦列艦を実戦投入できるようになるのが、その頃だろう」

 安吉はそう言って造船所を見つめた。

 建造が進む4隻の40門戦列艦。

 その後には60門戦列艦と70門戦列艦が待っている。

「それに武敏のこともあるしな」

 安吉はそう言って空を見上げた。

 台湾から連れて来た少年。

 日本語を喋り、武術の教育も施している。

「旦那様は悪い人ですね」

 そう言って笑みを浮かべる小春に安吉は「そうだろうか」と笑った。



「安吉! 珍しいな」

 翌日、安吉は紀忠の屋敷を訪れた。

 そこには下級武士の子供たちと武敏の姿があった。

「読み書き、算術。まさか貴様に心得があるとはな」

 安吉がそう言って笑うと、紀忠は「武だけではない!」と力こぶを見せつけて笑った。

「ヤスヨシ。宜蘭ニ行キタイ」

 紀忠と安吉が笑っていると武敏がそう声を上げた。

 その言葉に安吉は笑みを浮かべると彼の肩を叩くとこう告げた。

「解った、遠征の人員に加えておこう」

 安吉の言葉に紀忠は困ったように「いいのか」と尋ねた。

 彼の問いに安吉は微笑む。

「故郷に帰りたいというのは当たり前のことだろう?」

 その言葉に、紀忠はドキリとした。

 久しく能島に帰っていないなと。

 それは安吉も同じだった。

 何度か大祝家の当主として能島に向かってはいるが、武吉の弟として能島でゆったりと時間を過ごすと言う事はなかった。

「能島に帰りたいか?」

 紀忠の問いに安吉は苦笑いを浮かべるとこう答えた。


「俺は、大祝の安吉だ。それ以上でも、それ以下でもない」



「早急に、帆船への対策を講じる必要がある」

 その頃、河野冬長は頭を抱えていた。

 厳島の戦いは彼らの目と鼻の先で行われ、帆船の活躍も彼の耳に入っていた。

「殿、堺より南蛮人が……」

「ざびえる、と言ったか」

 冬長はそう答えると、自らの居室に通す様に命じた。

 暫くすると、二人の男が冬長の元を訪れた。

 ヤジロウとザビエルの二人は冬長に頭を垂れる。

「大祝に紹介していただき、ありがとうございました」

 通訳のヤジロウがそういうと、ザビエルも「gracias」と笑った。

「それで、本日はどのような?」

 冬長の問いにザビエルは気色の悪い笑みを顔に貼り付けた。

 その表情に冬長は怖気づいた。

 ザビエルはヤジロウに耳打ちすると、ヤジロウは冬長にこう告げた。


「ポルトガルの船を、購入しませんか?」


 その問いは歴史を大きく変えるものであった。



 歴史の歯車は最早大きく狂い始めていた。

 僅かな差異が何れ、大きな変化をもたらす。

 その最たるものが厳島の戦いが数年早く起きたことにあった。

 この違いがどれほどまでに大きくなるのか。


「もう、歯止めがきかない」

 小春は夜空を見上げてそう呟いた。

 松丸は居室で安吉と共に眠っている。

 彼女は手元に1丁の火縄銃を抱えていた。

「これが、なければ」

 彼女は静かにそう呟いた。

 安易に火縄銃を量産しようと歴史を狂わせた。

 思えばそこから歴史が狂っていたのかもしれない。

 だが、もう狂い始めた歯車を食い止めることは出来ない。


「柔軟に、柔軟にならなければ」

 彼女は大きな重圧に襲われていた。

これにて、第二章が終了となります


第三章については10月以降の更新を予定しております

皆様をお待たせしてしまい申し訳ございません

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