55話
「皆、すまぬ。戦はないと言っていたな」
その日の夕刻。
紅衆の面々は即座に集結した。
40門戦列艦の乗組員たちも同じであり、大山祇神社の前には1000人以上の人間が集合した。
「我々は今まで、大内に苦しめられてきた。虐げられてきた」
その面々を前に安吉は静かに語りだす。
「この街も一度は大内に焼かれた」
焼いた張本人が毛利ではあることを隠して。
安吉は語る。
「そして今、大内は風前の灯火である。復讐するのなら、今しかない。そう思わないか?」
彼の言葉に集まった群衆は静かに聞きていっている。
「立て! 大祝の強者ども! 海の手練れども! 我らは村上にも! 毛利にも! 大内にも! 三好にも従わぬ!」
安吉がそう声を上げると、群衆は歓声で答えた。
それに安吉は笑みを浮かべると、右手を突きあげた。
「出港用意! 安芸へ向かう!」
1551年7月8日。
陶晴賢は厳島に上陸。
毛利元就はその手勢のうち1000ほどを宮尾城に入城させ守りを固めると自らは近くの山に陣を構えて潜伏した。
それに気が付かずに晴賢は宮尾城に攻め入る。
すると側面から毛利勢10000が突如出現。
これに晴賢の軍勢17000は総崩れ。
厳島南端に停泊させていた水軍衆目指して脱兎のごとく逃げ出した。
「父上ェ! 追いまするか?!」
いとも簡単に大内勢を撃退した毛利勢の中には元就の息子である元春もいた。
「おぉ! ゆっくりで構わん! 嵐が来る。気をつけろ!」
元就の言葉に元春は「応!」と応じると馬を走らせた。
そんな彼の背中を見送ると元就は空を見上げた。
曇天模様。
黒く、厚い雲が南から迫っていた。
「荒れるな」
彼は小さくそう呟いた。
「重量物を最下層に移動させろ! 移動させれないものは固縛を確実に行え!」
その頃、安吉ら水軍衆は厳島から南方10kmほどのところで待機していた。
南から迫る雲を見て水軍衆は忙しなくなっていた。
この時代の船というのは復原力が乏しい。
「毛利勢は帰られよ!」
安吉は横に並ぶ毛利勢に向かって叫んだ。
まだ、僅かな風しか吹いていないものの、それだけでも危なっかしかった。
「ここは我ら海賊衆にまかせてもらおう!」
武吉もそう声を上げた。
それに白井賢胤らは不満そうな表情をしていたが、渋々と言った具合に帰っていった。
「兄上は大丈夫ですかな?!」
安吉が声を上げると武吉は右手を上げて答えた。
彼ら能島村上家が使う船は安吉が自ら改良を加えた復原力の高い船であった。
他家のそれと比べれば長期間の作戦展開能力と航行性能を有している。
「さて、やるか」
安吉は振り返って自らの船団を見つめた。
それは台湾遠征よりも大規模な物であった。
神風、島風、朝風、春風、松風。
40門戦列艦すべてが投入されていた。
「錨あげぇ! 単縦陣で厳島に突入する!」
安吉がそう声を上げると兵達は歓声で答えた。
「兄上! 行って参ります」
その声に武吉は「応! 後詰めは我らにまかせろ」と答えた。
先ずは安吉ら率いる40門戦列艦隊が突入して、敵陣を乱す。
そのあとに武吉の5000にも迫る軍勢が敵を殲滅する。
だが、その算段はいい意味で裏切られることになる。
「この嵐では船は出せませぬ!」
それから1時間と経たぬうちに暴風雨が吹き荒れた。
なんとか陶晴賢は厳島の南端に辿り付いたものの、船が出せずに立ち往生していた。
「それは敵も同じではないか! 今のうちに逃げるのだ!」
陶晴賢はそう叫んでいた。
もはや、彼の元には1万にも満たない軍勢しかいなかった。
背後からは鬼神の如き若武者が迫り、彼は切羽詰まっていた。
「この中で動ける船があればそれは鬼か何かでございまする!」
そう声を上げる水軍の将に晴賢はため息を吐くと大きく息を吸った。
冷静にならなければならなかった。
「追撃は2000程度だったか」
晴賢はそう尋ねると馬廻り衆の一人が「如何にも」と答える。
「解った、この浜に陣を敷く。森の中で炊事を行え」
彼はこの地で嵐が去るのを待つことにした。
否、それ以外に術はなかった。
「殿ォ! 雨の奥に! 船がいまする!」
その言葉を聞いた瞬間、晴賢は信じられないと言った具合に立ち上がった。
慌てて水際に駆け寄ると、確かに霧の奥に船がいる。
それも、こちらに向かってきている。
「南蛮の船、か?」
晴賢がそう呟くと、船は回頭した。
こちらに向けて横腹を向ける。
その奥からさらに船が現れる。
あまりにも大きかった。
今まで巨船とおもっていた安宅船が小舟ではないかと思えるほどのサイズ感に晴賢は圧倒されていた。
「何をしにこんなところへ」
晴賢がそう呟いた瞬間。
轟音が響き渡った。
「大内の軍勢は砂浜で休息をとっておるようです!」
雨の中、権兵衛はそう声を上げた。
「よくぞ見つけた!」
安吉は嬉しそうに声を上げると右転し左舷を厳島に向けるように命じる。
船は徐々に回頭をはじめる。
「見ろ、川に浮かべた木の葉のようではないか」
安吉は大内の軍船を指さして笑った。
大内家の軍船はこの荒波に揉まれ、右に左にとまさしく川に浮かぶ葉っぱのようであった。
「あの様では到底出港など不可能であろう」
彼はそう呟くと、右手を振り上げた。
「左舷砲撃用意!」
安吉の命令に船内が慌ただしくなる。
片舷20門。
その威力はこの時代ではあまりにも強大である。
「恨むなら、天気を怨めよ」
安吉はそう呟くと、右手を振り上げる。
乗組員の視線が彼の指先に集中する。
これが振り降ろされた瞬間、20門の砲が一斉に火を噴く。
「撃てぇ!!」
安吉は叫ぶと同時に右手を振り降ろした。
20発の砲弾が、陶晴賢を襲った。
「何が──!」
轟音が響いたかと思えば砂浜が爆ぜた。
「殿ォ! 船が沈みまする!」
その言葉を聞いて自軍の船を見ると、そこには無残な残骸となった関船や、安宅船の姿が。
側面には大きな穴が穿たれ、そこから海水が中に流れ込む。
瞬く間に船は傾き沈没していく。
「妖術か何かか……」
晴賢がそう呟いた直後、2度目の砲撃が彼を襲った。
次に狙われたのは船ではなかった。
森や、砂浜に腰を下ろす大内の兵達であった。
20発の砲弾は彼らを襲うと全てをなぎ倒す。
あるもは腕を吹き飛ばされ。
またあるものは足が吹き飛ばされていた。
地面にあたった砲弾も、それで終わりというわけではなく。
さながら巨大なボウリングの玉かのように地面を転がる。
死屍累々の地獄であった。
船からは我先に逃げ出そうとする者。
砂浜では傷を負い、もがき苦しむ者。
何とか応戦しようとするものの、霧の奥から砲撃する敵には弓が当たる気配もない。
「これが戦だとでもいうのか!」
一方的な蹂躙。
それを目の当たりにした晴賢は雄たけびを上げた。
直後、3度目の砲撃が晴賢を襲った。




