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52話

「どうだ、すごいだろう?」

 得意げに笑う安吉をよそに光秀は絶句していた。

 そこに広がる光景は──。


 近代的ライン工法であった。


「鉄砲の生産をこの建物に集中。それぞれが得意な部品を作る」

 安吉はそう言って光秀に説明する。

「結果的に爆速的な生産に成功した」

 その言葉に光秀は何も言えずにいた。

 財力と技術力、人的資源にものを言わせた強引なやり方であった。

 この時代、鉄砲というのはそれぞれの鍛冶屋が小さな工場となっていた。

 2~3人で銃床から銃身、照星に至るまでを造る。

 だがこれでは効率が悪い。 

 安吉はこれを鍛冶職人たちを定給で雇うことにより解消した。

 複数軒あった鍛冶屋を大祝家の元に統一し、それぞれの職人が単一の部品を造り続ける。

 結果的に生産効率は上昇しつつある。

「これでは、技術流出は難しいですね」

 光秀はそう難しそうな顔で答えた。

「おぉ、よくぞ」

 彼の言葉に安吉は感心した。

 生産効率以外にも利点がある。

 今までの生産体制では1人でもどこかの家に引き抜けば他国でも鉄砲の生産は可能であった。

 だが、ライン工法となれば話は違う。

 各部品を担当する職人を一人ずつ引き抜かなければ鉄砲は完成しない。

「これほどまでとは……」

 光秀は驚いたようにそう答えた。

 安吉は彼の言葉に嬉しそうに笑うと工場の中へと入っていく。

 完成し並べられた鉄砲を二丁手に取ると一丁を光秀に投げ渡した。

「鉄砲勝負と行こうではないか」

「拙者はまだ撃ったことも……」

 安吉の言葉に光秀はそう困ったように笑った。

「貴殿が勝てばもう一丁くれてやろう」

 その言葉に光秀の表情が変わった。

 意を決したような表情を浮かべると無言でうなずいた。

「よしきた!」

 安吉はそう嬉しそうに笑うと射撃場へと向かった。



「だれか! この者に鉄砲を指南してやれ!」

 工場の裏に併設された射撃場。

 そこでは紅衆たちが射撃訓練を行っていた。

「殿!」

 驚いたように声を上げる紅衆たちに安吉は微笑むと光秀の肩を叩いた。

「美濃より参った明智殿だ。鉄砲を指南してやれ」

 安吉の言葉に紅衆の一人が「承知!」と声を上げると光秀の元へ駆け寄った。

 すると慣れた手つきで鉄砲についての説明を行い、構え方やら何やらを教え始めた。

「訓練はどうだ」

 安吉は他の紅衆たちに向かってそう尋ねた。

 彼らは京で安吉と共に戦った者たちであった。

「はっ、日々の鍛錬に努めておりまする!」

 その言葉に安吉は満足そうに笑うとこう告げた。

「しばらく戦はないはずだ。鈍らないようにしておけ」

 安吉がそう伝えると目の前の男は安堵したような表情を浮かべていた。

 戦が続きすぎた。

 火薬の残量もそう多くはない。

 風鳴丸と海鳴丸で堺を往復する際にいくらかの火薬も買わせてはいるが、消費量がそれを上回っている。

 硝石の確保も必要課題であった。

「お待たせいたした」

 安吉が思案していると光秀がそう声を上げた。

「もういいのか」

 安吉が驚いたように安吉がそう笑うと、光秀は「要領は心得ました」と答えた。

 その言葉に安吉は笑みを浮かべると射撃場の奥を指さした。

 その先にあるのは一体の人型を模した木版。

「あれを人と思い、ころせ」

 安吉は光秀にそう告げると光秀は鉄砲を構えた。

「先に撃たせていただきまする」

 彼の言葉に安吉は「応」と答えると興味深そうに光秀を見つめる。

 光秀は大きく深呼吸すると引き金を引いた。

 凄まじい轟音とともに放たれた銃弾は僅かな横回転と共に的へ向かっていくと、右端をかすめた。

「耳だな」

 安吉はそう言って笑うと光秀は困ったような表情を浮かべた。

「初めてにしては上々ではないか。なぁ?」

 そう言って紅衆の一人に視線を向けた。

 彼は初めての射撃で要領が解らず、空に向かって銃弾を放ったことで有名な男であった。

 そんな彼でも今や精鋭の一人として名を馳せている。

「そう言っていただけると、良いのですが」

 残念そうな表情を浮かべる光秀に安吉は笑みを浮かべると鉄砲を構えた。

 照準を頭の中央に合わせると、ゆっくりと息を吐いて引き金を引いた。

 放たれた弾丸は見事に中央を射抜くと後ろにある藁の束に突き刺さる。

「どうだ」

 そう自慢げに笑う安吉に光秀は「お見事でございまする」と頭を垂れた。

 ニイッと笑う安吉。

「今一度、機会を戴きたく」

 光秀の言葉に「負けん気が強い奴だな」と安吉は笑みを浮かべるとその場を譲った。

 神妙な面持ちでその場に立った光秀は不慣れな手つきで装填を終えると、鉄砲を構える。

 先程の変化を意識して今度はやや左に照準を合わせる。

 そして、安吉を真似てゆっくりと息を吐き、吐ききったところで引き金を引いた。

 火薬が爆ぜる音が響くと、的の頭部が吹き飛んだ。

「おぉ?!」

 その光景を見て安吉は驚きの声を上げた。

 的を見れば、何が起きたのかは明白であった。

「首に当てたか」

 感心する安吉をよそに光秀は信じられないと言った表情を浮かべていた。

「いやはや! 見事見事」

 そう声を上げた安吉。

 すると彼は光秀に自らが持っていた鉄砲をずいっと押しつけた。

「持って行け、儂の負けだ」

 安吉の言葉に光秀は目を見開いた。

「良いのですか」

「二度目でこんなに上達するとは思っていなんだ。敬服する」

 その言葉に光秀は嬉しそうに笑みを浮かべると「ありがとうございまする!」と平伏した。



「それで、すぐに帰って行ったんですか」

 翌日の夜。

 光秀を見送った安吉は小春に事の顛末を伝えていた。

「大事そうに2丁の鉄砲を抱えてな」

「整備もできないのにおかわいそうに」

 そう言って笑う小春に安吉は笑みを浮かべた。

 鉄砲を持っていたところで、整備が出来なければ数年と持たないだろう。

「タダでくれてやるんだ、これぐらいはいいだろう」

 安吉はそう言って笑った。

 三好も、能島も。

 みんな憐れだ。

 彼らが購入したのは鉄砲の本体だけ。

 火薬も、整備キットも、人員も。

 すべては大祝が独占している。

「六角でも鉄砲を造っているようだが、部品の精度が段違いだ」

 安吉はそう嬉しそうに笑う。

 部品は全て大祝家独自のもの。

 作ろうと思えば他国でも作れるだろうが、性能は著しく劣化する。

「私の考えたことを自らの手柄の様に言わないでください」

 小春は笑みを浮かべるとそう言って安吉の肩を叩いた。


「我が大祝は儂とお主で背後より天下を取る」

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