48話
1551年 5月20日
「居住性に、船内不和に。あげればきりがないな」
安吉は報告書を見て苦笑いを浮かべていた。
だが、その中には幾つか面白いものもあった。
「やっぱり、食についての意見が多いな」
紀忠の言葉に安吉は「やはりなぁ」とこぼした。
今回の航海では各港で積んだ生鮮食料を根幹に、干物を交えて食を提供させていた。
だが、港を発ってから時間が経てば経つほど、その状況が悪くなって行ってしまった。
「保存食の研究は急務だな」
「あぁ、そのほうがいいだろうな」
紀忠はそう答えるとさらにもう1冊の報告書を出す。
「これが、京での戦訓だ」
安吉はわざわざ分けてくれてくれたのかと感心した。
見かけによらず細かいところに気が利くからこそ、領民にも好かれているのだろう。
「まぁ、そうなるよな」
読み始めるなり安吉はそう呟いた。
大部分が銃身の過熱を危惧するものであり、それに付随して銃身内に煤が溜まりやすいなど様々な事が書かれていた。
そしてもう一つ。
「医療能力だな」
紀忠はそう言った。
その言葉に安吉は頭を抱えた。
今回の戦で、弾傷を負ったものは何名かいる。
幸い重体には至らなかったが、医療知識がある人間がいればより安心することが出来る。
「ついでに1隻につき2人くらいは乗せたいな」
紀忠はふとそんなことを言い出した。
それを聞いた安吉は苦笑いを浮かべると「大規模な養成施設が必要だな」と答えた。
「そういえば、武敏は元気にしているか?」
ふと安吉はそんなことを尋ねた。
その問いに紀忠は「ひとまずは他の小姓たちと一緒に教育を施している」と答えた。
「気が利くな。アイツには利用価値がある」
安吉の言葉を聞いて紀忠は表情を歪めた。
「……何に使うつもりだ?」
「台湾を、アイツの手に握らせる」
「嘉丸!」
「安吉様!」
翌日、安吉は造船所を訪れた。
出迎えた嘉丸は嬉しそうに安吉に駆け寄ると「神風は如何でしたか?」と得意げに尋ねて来た。
「十分だ。このまま、残り4隻の建造も進めてくれ」
安吉の言葉に嘉丸は「へい!」と応じると嬉しそうに造船所を案内する。
その中には建造が進む40門戦列艦が4隻と2隻の商用帆船があった。
「やはり、商用帆船は早いな」
安吉はそう言うと、造船所に隣接された埠頭を眺めた。
そこにはすでに5隻程度の商用帆船があった。
大きさは40門戦列艦よりもやや小さい程度。
砲は僅か10門に過ぎず、その大部分を貨物艙が占めている。
「復元力は基準通りなんだろうな?」
安吉の問いに嘉丸は「勿論で!」と答える。
貨物船というのは軍艦と違って、空洞の部分があまりにも大きい。
荷物を降ろした際に復元力が著しく悪化するのだ。
その為に、現代ではバラストと呼ばれる水を積む。
対してこの時代では石などを積むのが一般的であった様だ。
「あの大きさの商用帆船は今後、『1型帆船』と呼ぶ」
その言葉を聞いて嘉丸は「まだ、より大きなものを?」と尋ねた。
彼の問いに安吉はニイッと笑うと両手を広げた。
「あの大きさでは台湾を往復するのが精いっぱいだと言う事が解った」
安吉はそう言うと40門戦列艦を見つめる。
航続距離も、戦闘能力も申し分ない。
速度も十分にあり、この時代最も優れた帆船と呼べるだろう。
だが、より安全に台湾より先に行こうと思えば難しい。
この時代、まだまだ航海技術は未発達であり命がけのものであった。
「しばらくは1型帆船を造り続けてくれ。目標は15隻だな」
その言葉に嘉丸は驚いた。
「月に1隻の間隔で台湾を往復させる」
安吉の目は野心でギラついていた。
三好の武力を背景にこの大祝家は栄華を極めることが出来る。
せいぜい、三好家を利用し続けるだけだ。
「承知」
安吉の言葉に嘉丸はそう跪く。
嘉丸の姿を見て、安吉は肩に手を添えるとこう伝えた。
「貴様の働き次第ですべてが決まる。信頼しているぞ」
「おぉ松丸!」
造船所から返った安吉は嬉しそうに松丸を抱き上げた。
それを見て、小春は内心穏やかではなかった。
「あんまり乱暴にしないでくださいよ」
心配そうにいう小春に安吉は笑みを浮かべると松丸を受け渡した。
嬉しそうにきゃっきゃと笑みを浮かべる松丸を見つめて、安吉はふと呟いた。
「戦なんぞ、無くなればよいのだがな」
安吉の言葉に小春は「旦那様がお造りなさいませ」と答えた。
「俺がやろうとしているのは戦火が広げることなんだぞ」
ふと、そう呟いた。
台湾への遠征、更にその奥に。
いつかはポルトガルやスペインといった欧州列強と利害が衝突する可能性もある。
「旦那様はまだ、お若いのですよ。この代で終わりにしましょう?」
そう言って小春は安吉の頬を撫でるとそのまま松丸の頬を突っつく。
「よいですか。三好の支配はあと13年で崩壊するんですよ」
小春の言葉に安吉は「あの三好が崩れるとは思えない」と答えた。
三好の権威は余りにも大きい。
各々の将が優秀であり、多くの兵を持ち長慶を慕っている。
あと13年で崩れるほど脆くは見えない。
「……史実ではそうなっております」
小春はそう安吉を見つめて、訴えるように言った。
その言葉を聞いて安吉はため息を吐くと「解った」と両手を上げた。
「それで、何をすればいい?」
彼の問いに小春は笑みを浮かべると、こう答えた。
「尾張へ」
「これが、京か」
その頃、一人の男が京を眺めて感嘆の声を上げていた。
数年前に来たときとはうって変わり、街並みは復興しつつある。
それも全て畿内が三好家によって統一されたことによる影響であった。
「しかし、鉄砲を買ってこいなどと、道三様も無茶を仰せになられる!」
彼はそう声を上げると項垂れた。
「いやいや、堺に向かわねばならない」
男は自らに言い聞かせるように呟くと顔を上げ、堺への道のりを歩きだした
彼の名は明智光秀。




