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47話

「ひいっ?!」

 翌日、善吉は林の中を駆けていた。

 ここは根来寺の所領であり、善吉を追うのは20人ばかりの少年たちであった。

「1の隊は回り込めぇい! 2の隊はこのまま追っていけ!」

 彼らを指揮するのが、二人の僧であった。

 片方は小柄な体躯を持ち、もう片方は大柄な体でありその体の至る所に傷跡を負っていた。

「いやはや、常木殿。鉄砲というのは扱いが難しいですなぁ」

 小柄の僧がそう言ったのに常木は「如何にも」と静かに答えた。

 河野家の陪臣であった常木はここ、根来に逃げのびていた。

 小柄な男は津田妙算。根来で鉄砲衆を創設した第1人者であった。

「しかし、優秀な子ですね」

 常木がそう言ったのに妙算は嬉しそうに笑う。

「皆、孤児たちだったのですよ」

 いま、善吉を追っているのは各地からこの根来寺にやって来た孤児や職を失った親を持つ捨て子達。

 その小さな体で、林を駆け回り獲物を狩る。

 だが、彼らの体では鉄砲の衝撃は余りにも強く、肩が変形してしまっている者たちもいた。

 鉄砲を撃つために育てられ、鉄砲を撃つことだけで生きる者たち。

 それが今目の前にいる子どもたちであった。

「偶々、鉄砲が上手であった善吉など最早要らぬわ」

 妙算はそう言ってケラケラと笑った。

 対する常木は善吉を追っていく少年たちの中に混じる一人を見つめるとこうつぶやいた。


「三治郎、これで本当によかったのだろうか?」



「1班は道を塞げ! 2班は奴を追い込む!」

「承知!」

 まだまだ幼い、12歳ほどの少年たちの中に今年で15を迎える一人のやや大きな少年がいた。

 佳山三治郎。元、大野家家臣であった。

 伊予から逃げ墜ちた彼は常木と共に月丸を連れてこの根来寺に助けを求めていた。

 戦の経験があり、幼き頃より大野家家老としての教育を施されてきた彼は鉄砲衆10名を任される地位にあった。

 彼らは仲間が善吉を追っている中、先に回り込むと三好領へと続く道の左右に5人ばかりの少年たちを配すると彼は、善吉を探した。

 道沿いに暫く行くと、善吉の姿を発見した。

 小脇木の根元に腰を下ろすと休息をとっている様であった。

 三治郎は指で指示を出して4人の少年たちを両脇の林の中に潜ませると、善吉に向かって鉄砲を放たせた。

「ひいっ?!」

 彼はそう情けない声を上げると道に駆けだす。

 フラフラとした足取りで三好領へと向かう道をかけていく。

 それを見て三治郎はニイッと笑った。

 直後、待ち構えていた5人の少年たちが鉄砲を放った。


「……こんなことをする為にここに来たんだろうか」

 倒れ伏した善吉に止めを刺そうと群がる少年たちを見つめて、三治郎はそう呟いた。



「三治郎」

「常木殿、ですか」

 すべてを終え、帰路に就こうとすると三治郎を常木が迎えた。

「疲れただろう?」

 そう尋ねる常木に、三治郎はコクリと頷いた。

 常木は彼の肩をポンポンと叩くと、馬に飛び乗った。

 彼に続いて三治郎も常木の後ろに乗ると後ろから常木をしっかりとつかんだ。

「月丸様が待っておられる。帰るぞ」

 常木はそう答えると馬を走らせた。

 根来の所領は余りにも広い。

 一説には70万石を超えるとも言われており、僧兵だけで8000にも及ぶ。

 それに加えて三治郎たちの鉄砲を扱う少年たち。

 妙算たちは時に彼らを『孤衆こしゅう』と呼んだ。

「鉄砲とは恐ろしいものですね」

 三治郎はふとそう言った。

 彼の言葉に三治郎は頷くと、こう続けた。

「誰よりも早く、使い始めた大祝家の慧眼はすさまじい」

 その言葉に三治郎は頷いた。

 彼らの生活を奪ったのは大祝家であった。

 だが、武士としては尊敬に近い感情もいただいていた。

「いずれ、我らは大祝と戦うことになるだろうなぁ」

 


 その頃、大三島では戦訓の整理が成されていた。

「台湾遠征、そして京での戦で得た戦訓をまとめる必要があります」

 大三島に戻ると早々に小春は安吉にそう告げた。

「『お帰りなさいませ』とは言ってくれぬのか?」

 そう疲れた表情で笑う安吉に、小春はニコリと微笑むだけであった。

 彼女の表情を見てため息を吐くと安吉は頷いき、重い足取りで大山祇神社へと向かった。


「航海編、海戦編、陸戦編。この3つに分けるか」

「それがよろしいかと思います」

 執務室で、安吉と小春は草案を練っていた。

 琉球で錨泊した際にも教訓は取りまとめたが、今回はそれを拡大し台湾遠征開始から、京での戦まで全期間での教訓をまとめる必要がある。

「特に、航海編は早くまとめるべきですね」

「あぁそうか。嘉丸に伝えねばならぬな」

 小春の言葉に安吉はそう応じる。

 現在、大三島では4隻の40門戦列艦が建造されている。

 それと並行で2隻の商船の建造も進んでいる。

 これに今回の航海で得た、教訓を反映させる必要がある。

「航海を権兵衛に、陸戦は紀忠。海戦は門右衛門に取りまとめさせるか」

 安吉はそう呟くとスラスラと命令書を書き纏めていく。

 大祝家の当主に就任してから早数年。

 こういった事にも慣れ始めていた。

「今後はどうするのですか?」

 ふと、小春はそう尋ねた。

 その問いに安吉は苦笑いを浮かべるとすぐに答えた。

「しばらく戦は勘弁願いたいな」

 そう笑った安吉に小春は「しばらくは内政ですね」と答えた。

 疲れた、安吉はそう言いたげであった。

 手塩にかけて育てた紅衆も台湾遠征と京での戦で10名ばかりが死亡した。

 また、遠征中の栄養不足で数人が体調不良を訴える始末。

「台湾とこの大三島の定期航路が安全に就航できるようにしなければならない」

 安吉はそう言って笑うと海を見つめた。


「どうせ、三好が天下を治めるんだ」

 

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