46話
「最期まで戦うのが武士だとは思わなんだか」
下った定頼に対して、長慶は家臣たちの前でそう尋ねた。
「奉じた主君が、討ち取られ申した。然らば家臣たちのために下るのが、主の務めにございまする」
飄々とそう答える定頼に長慶は感心した。
その言葉に、あくまで長慶は強く当たった。
「京を戦火に包んだのはどう思われておられる」
「公方様が京におられる長逸殿を討ち取れと言われ申したので」
さらりとそう答える定頼。
「自分は、悪くないと?」
長慶は目を細めてそう尋ねた。
彼の問いに定頼は毅然と答えた。
「某は、努めて京の民に危害は加えておりませぬ」
定頼の言葉を聞いて松永久秀はこう声を上げた。
「御所を包囲し! 近衛様を脅した、というのは誠にございまするかな?!」」
もはや長慶は、定頼がどういいわけするのかを楽しみにしていた。
結局この時代、生き残った者が勝者となる。
いかにして自らの命を長らえようとするのか。
それに興味がわいていた。
「公方様のご命令にございまする」
すべて、義輝に擦り付けた。
「卑怯者が」
久秀はそう吐き捨てた。
義輝や足利の家臣たちはみな討ち取られた。
いや、討ち取ってしまった。
証言は最早六角家側からしか出ない。
「我ら六角家は次代の棟梁であらせられる三好様に従い申しまする」
その言葉に長慶はニイッと笑った。
「なぜ、初めから降らなかった」
長慶の問い定頼はすぐに答える。
「その時点ではまだ、公方様がおられ武家の棟梁は足利家にございました故」
定頼の返答を聞いて長慶は「そうか」と答えた。
静観していた一存が一言長慶に尋ねた。
「斬りまするか?」
その問いに長慶は首を振った。
「今後、日ノ本を治める時。一々敵を斬っていては家臣が足らなくなる」
ゆっくりと立ち上がると、定頼を見降ろす。
そして、手をさしのべるとこう告げた。
「我が軍門に降るが良い」
彼の言葉に、定頼は「承知!」と力強く答えた。
3日後。
長慶は兵を整えると万全を期して伊勢へ侵攻。
道中の伊賀にて北畠家の兵が迎撃するものの、その数の差は覆しがたく。
北伊勢の長野氏が三好方に付き、形勢は固まった。
瞬く間に三好軍4万が伊勢を蹂躙。
三好軍による伊勢侵攻から僅か1週間で北畠家は降伏した。
1551年6月初旬
「此度の戦、まことにご苦労であった」
戦が終わった直後、三好家による祝勝会が催された。
「我ら三好家はこれにて安泰ですな!」
会場からはそんな声が上がる。
それを聞いて満足そうにする長慶。
対して安吉は何処か落ち着かぬ様子であった。
「このような、序列のはっきりした宴など初めてですね」
安吉の言葉に武吉は「あぁ。我が家ではこうはならない」と笑った。
「しかし、紅衆をすべて出してくるとはな」
「いやぁ……たまたまにございまする」
安吉は苦笑いを浮かべて答えるので精一杯だった。
まさか小春の独断で紅衆が送られてきたと言えるはずもなく。
だが、彼女を叱ることもできなかった。
小春が送って来た紅衆300ほどがいなければ、朝廷は定頼の脅しに屈していたかもしれない。
「安吉殿! こんなところにおられましたか!」
そう言って現れたのは三好長虎であった。
「誰だ?」
武吉の問いに信虎は「三好信虎にございまする!」と答える。
彼の言葉に武吉は目を細めると静かに「しらんな」と吐き捨てた。
この不遜な態度に長虎は怒るかと思ったが、そうでもなかった。
「拙者もまだまだ小物ということでしょう! 武吉様に覚えていただけるように精進することにしましょう!」
そう笑みを浮かべる長虎。
気が付くと、彼の背後には長逸がいた。
「此度の戦、随分とお世話になり申した」
そう言って頭を垂れる長逸に安吉は慌てた。
「なんの! 偶然、京に居ただけでございまする。そのような」
周囲の者たちの目線が痛かった。
長逸と言えば三好家の中でも指折りの重鎮。
そんな人間が安吉のような若輩者に頭を垂れているというのは異質なことであった。
「それで、これが貴殿に頼まれていたものだ」
そう言って長逸は背後の家臣から鉄砲を受け取ると安吉に手渡した。
これには武吉も興味深そうにのぞきこむ。
「なんだこれは」
武吉の問いに安吉は「六角の兵が使っていたものですよ」と答えた。
よく見ると、大祝家で造られたものではない。
最初は、毛利家に売った鉄砲が何らかの経緯で六角に流れたのかとも思ったが、そうではないようだ。
「随分と形が違うのだな」
「元々はこのような形だったんですよ」
安吉はそう言って鉄砲を外に向けて構える。
銃床が無く、端部を握り照準する。
これは甲冑を着込んでも構えられることから、この形になっている。
対して大祝家で使っている物は、戦闘時でもあっても紅衆は甲冑を着ないことから銃床を設け、肩にそれを当てて照準する。
「これは、伝来品でもない」
安吉の言葉に長逸は首を傾げた。
対して、武吉は合点がいったようであった。
「我ら以外に、鉄砲を製造している者共がいるかもしれない」
「ハァッ! ハァッ!」
その頃、根来に向かって一人の男が息を切らして走っていた。
名を田崎善吉。
六角家に鉄砲衆の指揮官として雇われていた男であった。
「善吉か」
そう言って声をかけたは一人の僧であった。
「へ、へい! 六角家が負けたので帰ってまいり申した!」
善吉はそう言って目の前の僧に跪く。
僧はそれを見下すような目で見つめるとこう尋ねた。
「共に連れて行った者たちはどうしたのですか?」
右手を負傷したその僧の問いに善吉は言葉を詰まらせた。
「お、おらぁ! 最後まで戦ったんでごぜぇます。アイツらが逃げたんでぇ!」
「だから、自分も逃げた。と?」
僧の問いに善吉は震えた。
「汚名返上の機を与えましょう」
僧の言葉に善吉はパァッと表情を明るくさせた。
そして、僧はこう続けた。
「射撃練習の的になっていただきますよ」




