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45話

「松永隊割れまする!!」」

 その言葉を聞いた瞬間、長慶は目を見開いた。

「松永は、抑えきれないか」

「蒲生定久の吶喊を受け、混乱しておりまする」

 伝令の言葉に長慶はため息を吐いた。

 そして、立ち上がると腰の太刀に手を添えた。

「馬を引けぇ! 儂自ら討ち取ってくれん!」

 長慶の声に周囲の者たちは動揺した。

「危険です! おやめくだされ!」

「では奴を止められる剛の者はおらんのか?!」

 その言葉に諸将は押し黙った。

 自らの武勇に自信がある者共が集まっていたが、蒲生定久の戦いぶりを見て怖気づいていた。

「兄上、ここは某に」

 そう言って立ち上がったのは十河一存であった。

「一存、よくぞ言った」

 長慶は彼の言葉にそう惜しみない賛辞を贈る。

 彼は長慶の前で跪くと「拙者は1000の兵で定久を迎撃致しまする。残り7000は兄上に」と答える 

 一存の言葉に長慶は頷く。

「行って参れ、死んではならぬぞ」

 長慶の言葉に一存は頷くと、馬に飛び乗り前線へと駆けて行った。



「二の隊が破られました! 敵の勢い止まらず!!」

 その頃、松永久秀は次々と前線からもたらせられる情報に呆然としていた。

 あまりにも突然に陣形が崩壊し始めたのであった。

 その原因は問うまでもない。

「蒲生定久ぁ!」

 彼は悔しそうに声を上げる。

 まさか六角家がこれほどまでに抵抗するとはだれも思っていなかった。

「さらに、定久の後ろには足利義輝が続きまする!」

 その言葉に久秀は驚いた。

 あの将軍が動くとは。

「その数は?!」

「総じて6000程!」

 突入して来た敵勢だけで松永隊に迫る。

 それ以外にも前線で乱戦に陥っている部隊を含めれば久秀は6000の兵で10000以上の兵を相手していた。

「援軍は来るのだな?」

 久秀の問いに伝令が「一存様が2000を伴い、こちらに向かっておりまする!」と答えた。

「それでは足りぬ! 一存様の7000、全てを援軍として要請せよ!」

 彼はそう怒鳴った。

 伝令は慌てて長慶の陣へと走って行く。

 この状況に松永久秀は困惑していた。


「どうやって、将軍を動かした……」

 


「父上! 何故、拙者に行かせてくれぬのですか!」

 義賢は父定頼にそう迫った。

「公方様も前に出られ! 定久殿まで命をなげうっておられる! なぜ拙者には行かせてくれぬのですか?!」

 その問いに定頼はため息はいた。

 不服そうな義賢を手招きすると耳打ちをする。

「この戦、勝てるとでも思うておるのか?」

 定頼の言葉に義賢は「なんですと?!」と声を荒げた。

「敵は4万、こちらは寄せ集めが2万。どうして勝てようか?」

「そのために策を尽くすのでしょう!」

「下らぬ」

 義賢の言葉に定頼はそう吐き捨てた。

 そして、義賢の目をジッと見つめてこう告げる。

「戦はな、事前にどれだけの数を集められるかが、肝。我らはそれに負けた」

「然らば何のための策謀でございまするか?!」

 義賢はさらにそう声を荒げる。

 定頼の言葉を信じるのなら、今まで必死に学んできた兵法が意味をなさないと言う事ではないか。

「相手の隙に付け込むための技が兵法であり、策謀と心得よ」

 その言葉に義賢は首を傾げる。

「敵の用兵に間違いがあった時、若しくは博打をかける為に兵法を学ぶのだ」

「ここでは使えぬと?」

「左は湖、右は山。どのような策が使えるというのだ?」

 定頼の問いに義賢は言葉を詰まらせた。

 そんな彼に憐れむような表情を向けながら、定頼は続ける。

「我らが戦っているのはな、よりよい負け方をするためだ」

 ただ降伏するだけではいけない。

 後々軟弱者と揶揄される。

 ある程度、抵抗して見せなければならない。

「そのために、蒲生定久と公方様には死んでいただく」

 その言葉を聞いてもなお要領を得ない、義賢に定頼は言葉を続ける。

「我らは公方様の命令で挙兵した、だが公方様が死んでしまえば戦う理由もなかろう?」

「なっ……」

 あまりにも事実とかけ離れていた。

「そんなこと、三好がお認めになられるのですか?!」

「なぜだ?」

 義賢の問いに定頼は余裕そうな笑みで言葉をつづけた。

「この戦に三好にとっての大義はない。だが、足利義輝にそそのかされた六角が挙兵し、それの討伐という名目なら、だれも困らぬであろう?」

 その言葉を聞いた瞬間、義賢はゾッとした。

 死人に口なしとはよく言ったものだ。

 将軍と、その側近を消し去ってしまえばこの虚構はまるで事実かのようにすることが出来る。

「いつからこのようなことを……」


「今、考えた」



「定頼め、よくもこんなことを思いつくものだ」

 足利義輝が前に出て来たという報告を聞いた瞬間、長慶は定頼の意図に気が付いた。

「すべて、義輝になすり付けるつもりか」

 彼はそう呟くとため息を吐いた。

 六角を攻め滅ぼして、はい終わり。

 そんな終焉を考えていたがまさかこんなことになるとは。

 彼は采配を揮う。

「総攻めといたす! 本陣に1000を残し、それ以外は一存の後に続け!」

 長慶は、勝負を決めに行った。



「突き崩せ! 蒲生定久ここにありぃ!!」

 その頃、定久は一心不乱に前に突き進んでいた。

「鬼じゃ! 鬼が来る!」

「逃げろ! 逃げろぉ!!」

 彼の姿を見た敵兵たちは脱兎のごとく逃げ出していく。

 それでも、幾名かの者たちは槍を繰り出し定久を止めようとする。

 だが、定久はそれを軽くあしらうと前へと進む。


「蒲生定久とお見受けいたす!」

 その直後、若い男の声が響いた。

 十河一存であった。

「如何にも! 六角家が家老、蒲生定久である!」

 一存の言葉に定久はそう答えると槍を地面に突き刺した。

「三好長慶が弟! 十河一存である! 一槍お相手願う!」

 その言葉に定久は感心した。

 若いのに、一槍でケリをつけるつもりか。と。

「その自信やよし! いざ!」

 彼はそう叫ぶと、一存に向かって馬を走らせる。

 もとより、一存を討ち取る気はなかった。

 ここで死ぬのが自らの役割であると自覚していたのである。


 両者は馬を全速力で駆けさせると一挙に距離を詰める。

 お互いに槍を相手の首筋に向け、狙いを定める。

 勝負はすれ違うその一瞬であった。


 だが、すれ違う直前に定久は槍の穂先をずらした。

 

(貰った!) 

 一存はそう確信した。

 そして、すれ違うと同時に定久の首を刎ね飛ばす。

 定久の槍は空を切り、体と共に後ろへと去っていく。

 

「蒲生定久、討ち取ったりぃ!!」

 

 一存がそう声を上げた。

 

 それからは呆気ない物であった。

 勢いを失った蒲生隊は瞬く間に討ち取られるか、逃げ。

 後ろに続いていた足利義輝は討ち取れらた。

 その兵達もことごとく討ち取られ、足利家の重臣は壊滅した。

 敵陣を割り、敵中深くまで入り込んでいたことが仇になった六角家の軍勢は瞬時に6000を超える兵を失った。

 

 足利義輝を失った定頼はすぐに降伏。


 鎧兜をすべて脱ぎ捨て、嫡男義賢と護衛5名を連れ長慶の元を訪れた定頼はその頭を地につけた。

 こうして、三好家による近江成敗は完了したのであった。


 だが、まだ戦線は残っている。

 伊勢では未だに北畠家が残り、海上では激しい戦が繰り広げられていた。

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