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44話

 1551年 4月 20日

 立場を決めかねていた国人衆や、三好についていた伊賀や山城の国人衆が合流した結果、西へ向かう六角定頼の軍勢は2万にまで膨れ上がっていた。

 しかし、その陣中にはある噂が流れていた。


 足利義輝は最早、征夷大将軍ではない。

 しかしそれはまだ、噂の程度に過ぎず兵達の士気はかろうじて保たれていた。


「魚鱗の陣といたせ! 敵を叩き返す!」

 長慶は、現在の滋賀県南部は草津に陣を構えた。

 三好長慶8000、十河一存8000。そして伊賀より援軍に来た松永久秀6000の合計22000の軍勢であった。

 六角の本拠地、観音寺城には三好義賢率いる5000の軍勢が包囲をつづけた。


「魚鱗の陣とする! 真っ向から叩きつぶす!」 

 定頼はそう叫んだ。

 両軍は奇しくも同じ陣形を選んだのであった。

 それには、理由があった。

「連携のままならぬ我らは勢いに任せるほかあるまい」

 それは苦肉の策でもあった。

「蒲生、死んでくれるか」

 定頼は傍に立つ定久にそう尋ねた。

 真っ向からの殴り合い、勢いに任せた戦。

 無策とも言われるかもしれないが、それしかなかった。

 そしてその先頭を誰かが着る必要がある。

「それが、殿の策なのですね」

 定久は定頼に跪くとそう尋ねた。

「頼りない、主君ですまぬ。これしかない」

 定頼は、跪く定久の肩に手を添えた。

 それに定久は頷くと笑みを浮かべてこう答えた。


「わが命、殿のために」

 


 両軍は、正午前に激突した。

 六角家の先鋒は蒲生定久。戦を何度も繰り返し、疲弊していたがその士気は衰えていなかった。

 三好家は松永久秀隊を前に出すと、その先鋒に大和国の豪族である柳生家厳を先鋒とした。

 その中には、後の世で兵法家として語られる柳生宗厳の姿もあった。

 両軍の中でも名将、そして精鋭の集った先鋒同士の戦いは熾烈を極めた。

 予想外に敵の勢いが強いことに驚いた久秀は、手勢の中から2000程を右側より迂回し、敵先鋒の側面を突こうとした。

 だが、定頼はそれを見過ごさなかった。


「信豊殿ォ! 定久を助けよ!」

 定頼はそう叫んだ。

 武田信豊。武田と言っても甲斐武田ではない。

 若狭武田家の元当主であったが、長慶によって若狭武田家は攻め滅ぼされ、彼は六角家に臣従していた。

 信豊は定頼の娘婿であり、1000の兵を預けられていた。

「お任せくだされ!」

 そう力強く答える信豊に定頼は笑みを浮かべると「行け!」と鋭く命じた。

 彼率いる1000の兵が前へと進むといくつかの豪族たちがそれに続いた。

「父上、よろしいのですか?」

 信虎の問いに定頼は諦めたような笑みを浮かべた。

「細かく命じたところで聞かぬ」

 その言葉に信虎は一種の危うさを感じた。

 不安を感じる信虎に、定頼は「今更案じてもどうしようもない」と答えた。

「儂には、何もできぬ。できることは、堤を決壊させることだけだ」

 彼はそう呟くと、采配を振り上げた。

「全軍! 吶喊せよ! わき目もふらず! 敵の大将首ただ一つを狙うのだ!」



「松永久秀隊! 押されておりまする!!」

 長慶の元に、衝撃的な報告が舞い込んだ。

「敵を烏合の集と侮ったか」

 彼はそう呟くと敵陣の旗印を見つめた。

 その家紋は無数に乱立し、まさしく烏合の衆に見えた。

 敵に統率はなく、いとも簡単に崩れ去ると思っていた。

「松永に伝えよ! 後顧の憂いは気にするな! 全力でもって敵を跳ね返せと!」

 長慶の言葉に伝令が「ハッ!」と応じると久秀の陣に走って行った。

 その伝令からの言葉を聞いた松永久秀は「手柄を華々しく上げて進ぜよう!」と声を上げると、馬廻り衆を引き連れ前線へと向かった。

 彼に続き、後ろに残していた3000の兵は前線へと駆けだした。


 戦況は混迷を極めていた。

 両軍の槍衆は最早瓦解し、短刀や太刀による乱戦になっていた。

 その原因はやはり、勢いに任せた六角定頼の指揮によるものであった。

 前から迫る敵の勢いよりも、味方が後ろから押してくるのだ。

 たとえ傷付こうとも前に進むほかなく、それに負けじと久秀も兵を前に出した結果、両軍が入り乱れる乱戦となった。

 或る者は足下にある石を持ち、敵の頭をたたき割り。

 またある者は、組技で敵を地に伏させ。

 弓隊はこの事態に困惑した。

 何処までが敵で、何処までが味方かわかったものではない。

「放てぇ! 放てぇ!」

 それでも射撃を命じる将の反感を抱きつつも一心不乱に弓を撃つ。

 その状況、まさしく地獄であった。

 普段ではありえないほど人が死に、将もなく兵もなく、皆平等に混乱していた。

「落ち付けぇい! 柳生隊はさらに外側へとまわりこめぃ!」

 その中でも松永久秀は冷静に采配を揮う。

 彼の命令に応じることが出来る僅かな兵が、外側へと回り込み敵の蒲生隊を包み込もうとする。

 だが、敵もまた冷静な将がいた。



「信豊殿の隊は敵の柳生隊を迎撃されたし! この正面は蒲生と国人衆で承る!」

 蒲生定久であった。

 彼は目の前にいる軍勢の能力を正確に把握していた。

 両軍は三角形の頂点をぶつけ合った。

 敵の側面を突こうと両軍が兵を繰り出すうちにその前線は横に伸び、上から見れば両軍とも長方形のような形になりつつあった。

「頃合や、よし」

 定久はそう呟くと、馬廻り衆の面々を見渡した。

「これより儂は命を棄てる! ともに命が要らぬ者だけついてまいれ!」

「応!」

 彼の言葉に周囲の者どもはそう声を上げた。

「狙うは長慶が首ただひとぉつ!!」

 定久が声を上げると周囲の者たちは歓声を上げる。

 それを見て「これならいける」と確信した彼は馬を走らせる。

「足を止めるなぁ! 必死についてまいれ!」

 彼はそう叫ぶと、味方をなぎ倒しながら戦列をわる。

「退け! 退けぇぃ!」

 槍を振り回しながら敵を薙ぎ払い、味方をどけさせる。

 それでもどかない味方は馬で踏みつぶして前へと進む。


「小物は捨ておけ! 進めぇぃ! 進めぇぃ!!」

 

 彼はそう叫びながら、三好家の中へと突き進んでいく。

 その後ろに馬廻り衆を含めた精鋭300が続いた。

 その一団はついに、松永久秀の隊を割った。


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