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43話

「父上が退いただと?!」

 その頃、最前線で長逸と対峙する六角義賢は混乱していた。

 根来の鉄砲衆が出て来たかと思えば、いとも容易く敗走し、定頼の馬印が後ろへと下がっていった。

「何が起きているんだ!」

 味方を見捨てて父が後ろに下がったなどと考えたくはない。

「若ァ! 動じてはなりませぬぞ! 我らの務めを果たすのです!」

 動揺する義賢の元に、蒲生定秀が来た。

 彼もまた、何が起きたのか把握していなかったが、堂々としていた。

「我らが動揺すれば兵に伝播しまするぞ!」

 その言葉に義賢はハッとした。

「解った! 皆の衆! あと少しだ!」

 義賢がそう声を上げると、兵達は歓声で応じた。



「お味方! 押されておりまする!」

「別所隊が敗走しまする!」

 その頃、長逸もまた厳しい状況にあった。

 長く続く山での戦いに士気が限界に近づいていた。

「殿ォ……喉が、乾き申した」

 その最大の要因はやはり水だろう。

 近くに水源はあるものの、この山で兵全員に水を供給するのは難しい。

「飲め、そしてゆっくり休め」

 前線から報告に上がって来た者たちに長逸は自らの飲み水をくれてやる。

「長虎は良く戦っているか?」

 長逸の問いに伝令は頷く。

 それを見て満足そうに頷くと長逸は空を見上げた。

「死んではならんぞ、ここで死んではならん」



「安吉ィ! 水だ!」

 その頃、紀忠が安吉の元にようやく水を持って来た。

「銃身の中に水を入れるなよ! 銃身に掛けるのだ!」

 すぐさま冷却作業に入らさせる。

 紅衆たちがもつ火縄銃はそのほとんどが赤熱し、銃身の中に煤が詰まっていた。

「しばらくは戦には参加できぬな」

 紀忠の言葉に安吉は頷く。

 火薬も欠乏している。

 一斉射撃を後3回が限度だろうか。

「時間は稼いだ。撤退も視野に入れなければならないか」

 安吉はそう呟くと敵勢を見つめる。

 先程、定頼の馬印が御所のほうに向かった時は敵が撤退を始めたのかと思ったがそうではないらしい。

 むしろ勢いが強まっている。

「退くか、何処に退く」

 紀忠の言葉に安吉は頭を抱えた。

 この我ら大祝家がこの畿内で頼れる場所と言えば御所しかない。

 だが、御所までの道には敵が構えている。

「長逸様が兵を退き、定頼が転進すれば問題ないのだがな」

 安吉はそう呟くと、長逸の陣を見つめた。

 このままここで戦ったとこで玉砕か、敵を道連れにするかくらいの選択肢しかない。

 だが、事は予想外の方向に進む。



「足利義輝の征夷大将軍を剥奪。加えて六角定頼の弾正少弼を剥奪する!」

 御所にて、前久より宣言が出された。

 異例の速度で出されたその宣言に公家衆は苦言を呈するかに思われたが、反論は一切出なかった。

 彼らは既に、三好と大祝によってあまりにも多くの恩恵を受けていた。


「これは天子様のお言葉である! 足利将軍家は自らの立場を乱用し、京の町に不埒者どもを引き入れた! 決して許されることではない。天子様及び、朝廷は三好長慶に大義ありものと認める! 六角定頼はすぐに兵を退くように!」


 門を勢いよく開け放った前久はそう堂々と定頼に命じた。

 それを聞いた定頼は、もはや将軍家という後ろ盾を失った。

 大義もなにも、全てをひっくり返された。

 これが征夷大将軍という物の危うさであった。

 朝廷への影響力を失った将軍はいつでも容易く立場が危うくなる。

 天下に号令をかける将軍と言えど、朝廷や天皇に命じられて初めてその職を得ている。

 この情報が広まれば日本は混乱するだろう。

「退くぞ!」

 定頼はそう叫んだ。

 彼は馬を翻すと、自らの陣へと戻っていった。

「……ハァ。恐ろしゅう」

 それを見届けた前久はそう呟いてへたりこんだ。

「ありがとうございまする」

 前久に跪いたのは安正であった。

 本来なら、関白にこのようなことをさせるのは不本意であったが、状況がそれを許さなかった。

「今後10年は融通してもらいたいものじゃな」

 その言葉に安正は微笑むと「安吉殿に相談してみます」と笑った。

「後はうぬらにまかせる。上手くやるが良い」

 そう言って前久は諦めたように天を仰いだ。

 


「もう良い! 退くぞ!」

 暫くした後、定頼は配下の者たちに向かってそう命じた。

「何故ですか! あと少しで敵を殲滅できまするぞ!」

 定頼の言葉に家臣たちはそう反論した。

 まだ、満足していないといった表情であった。

「よいか、敵は長逸だけではない。敵の援軍を叩く!」

 定頼はそう勇ましく声を上げると兵達はそれに続いて歓声を上げた。

 彼は、前久からの言葉を家臣たちに伝えることは出来なかった。


「……、なにかありましたか?」

 ゆっくりと西に向かう道中、定秀は定頼にそう尋ねた。

「公方様が廃位された」

 その言葉を聞いて定秀は信じられないと言った表情を浮かべた。

 だが、もう一つ。

「さほど影響はないのでは?」

「お主もそう思うか」

 地方の豪族たちをこちらの味方につけるために将軍を担ぎ上げた。

 相手はそれに対抗して将軍職を剥奪した。

 だが、それで豪族たちの旗幟が変わるかと言えば微妙だ。

「武家の棟梁と朝廷、豪族は将軍に就くはずだ」

 たとえそれが、官位の無い将軍だとしても足利家が武家の棟梁であることには変わりない。

「それでも。兵達に伝えれば動揺するでしょうな」

「あぁ、義輝さまにもまだ伝えていない」

 定頼はそう言って後ろに続く足利家の軍勢を見つめた。

 そして、小さくため息を吐く。

「さて、どうしたものか」



「父上! なぜ追撃せぬのですか!」

 その頃、長虎が長逸にそう言って迫っていた。

「長虎殿、そのあたりに」

 安吉がそう言って止めに入るが、長虎は言うことをきかない。

 彼は完全にアツくなりすぎている。

「将軍が敵方についた以上、どこで反旗が翻るとも分からんのだぞ」

 長逸の言葉に長虎は言葉を詰まらせた。

「よいか、我々は機能不全に陥っている。追撃するのなら、兵を立て直してからだ」

 その言葉に長虎は悔しそうな表情を浮かべた。

 この戦、傍から見れば六角家が撤退し、三好長逸の勝利にも見えなくはない。

 だがその実態は違った。

 長逸の隊は7000いた兵が5000にまで減り、陣形も乱れ、混乱している。

 完全に軍団としての機能を失った。

 つまり、六角家の勝利であった。

「敵は次にどこへ向かうと思うか?」

 長逸の問いに安吉は静かに答えた。


「近江は長慶様の本隊かと」

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