9話
数日後、小春と安吉は瀬戸内へと帰還した。
小春の買った品々も無事大三島へと届けることができ、まずは一安心といったところだ。
「これ、差し上げます」
別れ際、小春はそう言って袋に包まれた何かを手渡してきた。
安吉は首を傾げながらも、袋を閉じていたひもを解くと中からは顕本寺で購入した火縄が2丁はいっていた。
「洋菓子、楽しみにしております」
安吉は去り際にそう言った。
それに小春は目を丸くした後に微笑むと、「えぇ。カステラでもなんでも」と答えた。
彼女の言葉を聞いた安吉は心を躍らせながら大三島から能島への帰路についた。
「長らくの務め、ご苦労であった」
安吉は能島に帰還すると紀忠と貞道を彼らの屋敷へと帰し、自らは武吉の元を訪れていた。
「ありがたきお言葉にございまする」
そういって安吉が平伏すると武吉は微笑むと口を開いた。
「戦はなかったようだな」
その声はどこか安心しているようで、嬉しそうだった。
安吉はそれに少し冗談で返すことにした。
「紀忠が戦がしたいと煩くて敵いませぬ」
それを聞いた武吉は声を上げて笑い「あれの父も血気盛んだからな」と嬉しそうに語った。
この村上家の家臣団は強い結束によって成り立っている。
直臣から陪臣まで村上家はそれぞれを支え合っている。
「というわけで、我等の初陣は未だ終えておらぬのですが、いかが為されるおつもりでしょうか?」
安吉に問いに武吉は眉をひそめた。
問いに不快感があったわけではなく、本人でも決めかねているということだったのだが、その表情を見た安吉はギクリとした。
「未だ決めておらぬ。此度の行脚で襲撃があれば盟友の姫を守るための戦いという名目であったのだが……」
武吉はそう頭を悩ませた。
紀忠や貞道はともかくとして、安吉は当主の弟である。
ただの商船を護衛するための戦闘が初陣とあっては後々に響くかもしれない。
「……。そういえば、大内は来ぬのですか?」
その問いに武吉は少し唸ると答えた。
「天文12年(西暦1543年)の戦以降は来ておらぬようだな」
いまから3年ほど前の戦で大祝家は何人もの重臣と一門衆を失った。
その中に、安舎の弟や妹も含まれていた。
「3年、十分すぎる時間ですね」
そう言った安吉に武吉はにやりと笑った。
「いずれ戦になるやもしれぬ。その際、貴様には一軍を預けると約束しよう」
予想外の言葉に安吉は目を点にした。
しかし、すぐに言葉の意味を呑み込むと「楽しみにしております」とおどけてみせたのであった。
「はぁ……」
場所は移り変わって、大祝氏。
大山祇神社の付近あるとある別宅。
ここには安舎や小春などの大祝氏の一門が住んでいる。
「小春、どうしたのです」
縁側に座って足をぶらぶらとしながら暇そうにする小春に歩み寄った女は声をかけた。
「母上……」
遠くをぼうっと見つめながらそう言った小春にその女は溜息を吐いた。
この女こそ、大祝安舎の妻である舞であった。
安舎よりも幾分か年下で、伊予に居を構える河野道宣の娘であった。
「どうしたのです。そんなにしおらしくして、貴女らしくありませんよ」
舞はそう言って小春の傍らに腰を下ろした。
「……私は何者なのでしょう」
そう小さく零した小春を舞は両手で抱えた。
今日の昼、彼女は洋菓子を作ろうとした。
だが、何が悪いのかいつも通り作ることはかなわなかった。
「例え、貴女が何者だとしても。私の娘であることには変わりませぬよ」
優しくささやく舞に抱き寄せられながら、小春は目元に涙を浮かべた。
彼女は実の娘ではない。
大三島の砂浜に5年程前に打ち上げられていたのを安舎の妹である鶴が発見したのだった。
不憫に思った鶴が介抱していたのだが、後に安舎に預けられ、それ以来実子のように愛されてきたのであった。
「それとも母は鶴殿がよかったですか?」
そういって舞は笑った。
小春は「いいえ」と答えると口を開いた。
「母上が母上でようございました」
ある夕日に沈む、大三島での平穏なひと時のことであった。
だが、その平穏も一月と続かなかった。
大内襲来。その報は瞬く間に大山祇神社に届けられ、安舎の手によって方々に救援要請が出された。
そのなかには能島村上家の武吉や、南方に居を構える来島村上家。
さらには大祝家と血縁である河野家の名前まであった。
敵軍の将は白井賢胤。
幾度となく大三島を襲撃した歴戦の兵であった。
「大内が大祝を攻めるようだ」
安舎からの救援要請を聞いた武吉はすぐさま評定を開いた。
周辺の城からそれぞれ兵を引き連れてきた者たちが参列しており、隅の方には紀忠と貞道の姿もある。
「大祝は我等とつながりが深い。よって、我等は大祝に加勢いたす。異存ないか」
武吉の言葉を聞いて異を唱える者はいなかった。
もはや幾度となく共に戦ってきた相手を見放す男はいない。
「ならば陣を伝える」
武吉の言葉に皆が息をのんだ。
「先手衆が大将は嶋貞義」
先手衆には貞道の父、貞義が任じられた。
「関船5艘、小早25艘の兵力900と致す。副将には大間時隆、難波泰典」
声を掛けられた二人は平伏する。
時隆は隻腕の将であり、齢40を超えてもなお戦い続けている。
その手腕は武吉が絶賛するほどであり、周囲の将からも一目置かれている。
泰典もまた、古参の将である。
こちらはもともと武吉の叔父にあたる隆重の家臣であり、武吉から見れば陪臣であった。
しかしながらその手腕を買われ、直臣として今は仕えている。
「本隊大将、村上隆重。安宅船1艘と関船10艘そして小早30艘の兵力1600と致す。副将は鎌田義則、そして嶋貞道だ」
突然呼ばれた貞道は目を見開いた。
そもそも自分の名が呼ばれるとすら思っていなかっただろう。
何人かの将は不満げな顔をしているが、古参の者たちは逆に貞道へ憐みの目線を向けている。
というのも、隆重と義則がいればそれだけで十分なのだ。
隆重はいわずもがな、武吉の叔父としてこの村上家ナンバー2の実力を持つ。
そしてこの鎌田義則はもともと先の家督争いの際には敵対していたが、その才を買われ武吉につかえている。
そんな二人がいてなぜ若い貞道を任命したかというと実地で学ばせるためであったり、使い走りにするためであった。
そして、これが非常に過酷なのであった。
古くは武吉の曾祖父の時代から行っていたが、内乱の折に廃れた伝統でもあった。
「後備衆は大将に若槻忠家。副将に笠原真丈関船3艘と小早10艘の500と致す」
合計すると3000の大軍であった。
しかしこれをもってしても大内家の軍勢には遠く及ばない。
故に、さらなる手を打つ。
「加えて、別手を用意する。安吉!」
そう声を上げた武吉に応じるように、安吉は平伏した。
「貴様には関船10艘、小早20艘を預ける! 副将に嶋貞時、堀田紀久」
安吉の副将には傅役の貞時と紀忠の父である紀久が任じられた。
ここでは言及されなかった者たちも評定終了後に隅々まで定められ、この日の評定は終了した。
その夜。
「どうやら河野は1000、来島は2000の兵を出すようです」
時隆は周辺から集めた情報を武吉に伝えた。
特に河野が1000もの兵を出すというところに武吉は目を付けた。
「四面楚歌だというのによく1000もいたものですね」
そう笑った武吉に時隆は同意した。
だが、それ以上に気を付けなければならないものがあった。
「来島も来るのか……」
武吉の表情はどこか憂鬱げであった。
先の家督争いで村上通康率いる来島村上家は武吉と敵対していた従兄の村上義益を支援していた経緯がある。
「和議を結ぶべきでしょう」
そう言った隆重に武吉は「ふむ」と頷いた。
「ひとまず書面で和議を結び、戦が終わった後に俺と来島殿の娘で婚儀を結ぼうと思うのですが」
武吉の言葉に隆重は首を傾げた。
なぜ、安吉ではなく武吉なのかと。
当主の正室というのは外交的に重要な同盟を結ぶのに大きく役立つ。
できれば河野か大内、尼子の娘を娶ると隆重は思っていた。
「なぜ、安吉ではないかと聞きたそうですね」
武吉の問いに隆重はゆっくりと頷いた。
「通康は油断ならぬ男です。それに、安吉の底は知れません。あの二人をくっつければ何れ内乱の種となりましょう」
そうゆっくりと言った武吉の目はどこか寂し気であった。
身内ですら油断することができない。
この時代の世知辛さを表していた。
こんばんわ一週間ぶりの投稿となります。
来週からは週2回ほどの更新ができるかもしれないと思っております。
また、感想などありがとうございます。
大変励みになっております。
皆様に喜んでいただけるような作品作りを目指していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。




