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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

スノードロップ

作者: 瀬尾優梨

ネタバレになりますが、内容注意


※いわゆるバッドエンド・アンハッピーエンドです

※救いはありません

※恋愛要素はありますが、報われません

『きみは筋が良いね。きっと、優秀な狙撃手になれるよ』


 そう言って笑ったあなたの顔は、とても美しかった。


「いきおくれー」「もらいてなしー」「おひとりさまー」と同級生たちがからかっても、あなたはいつもからりと笑い飛ばしていた。そりゃあ確かに、あなたは僕たち学生より十は年上だった。……正確な年は知らないけれど、教官になるくらいなら二十代半ばは下回らなかったんじゃないか。


 あなたは町で見かける女の子より地味で、化粧っ気もなくて、物言いもちょっと雑だった。僕たちは何度もあなたに叱られ殴られ蹴り飛ばされ、「暴力ババア」と皆が文句を言っていた。


 でも、銃を構えるあなたは僕のあこがれだった。「よくやった」と頭を撫でられると嬉しいだけでなく胸がドキドキしたし、座学で僕の席まで来て身をかがめて教えてくれているとふわっと優しい香りがして、授業中だというのに顔が熱くなった。授業中はしゃきっとしているのに、校庭の花壇の花を愛でるという一面もあり、そのギャップにくらっときてしまった。


 機械の発明が進むこの世界で、僕たちの暮らす大陸は二つの勢力に分かれて、いつ終わるともしれない戦いに明け暮れている。

 あなたは優秀な狙撃手だけど、女性だから戦場には立てなかった。でもその才能を買われて、未来の軍人を育てる職に就いたのだ……と教えてくれたね。


 当時の僕は未成年で、いくら銃の扱いに長けていて実地訓練にも慣れていても、まだ戦場には立てなかった。

 だから僕は、あなたに教わった力を発揮し、国の誇る軍人になる。成人になったらすぐに国軍に入隊し、戦績をあげる。


 そうしたら……あなたもきっと、僕のことを大人の男と認識してくれるはずだ。








 卒業式の数日前に、僕の国軍入隊が決まった。それを真っ先に伝えると、あなたは泣いて喜んでくれた。

 僕は絶対に死なない。たくさんの勲章を手に報告に来ますから、と胸を張って宣言すると、あなたは僕の髪をわしわしとかきむしった。もう僕も十六歳なのに、まだ子ども扱いする。身長だって体格だって、とっくの昔にあなたを追い越しているというのに、仕方のない人だ。


 あなたは花が好きだから、卒業式ではあなたにスノードロップの花を贈った。スノードロップの花言葉はたくさんあるけれど、一番メジャーなのは「希望」。それから――








 僕は初陣で敵国兵を八人撃ち殺し、早速表彰された。

 これならいける、僕なら大丈夫。


 そうして僕は二年間で連勝を重ね、すさまじい勢いで昇格の階段を駆け上っていった。

「国軍の希望の星」「たぐいまれな天才」――皆は僕のことを、そう呼んだ。


 最初のうちはまめに母校に顔を出し、教官たちに報告していた。その中にはもちろん、あなたの姿もあった。というか、あなたがいるから会いに行ったんだけどね。

 でも一年ほど前から、あなたは仕事を辞めたらしく姿が見られなくなった。他の同級生はともかく僕には一言言ってほしかったのに、と思ったけれど、あなたにとっての僕は何百人も存在する卒業生の一人にすぎない。だから、仕方ないね。


 でも、もっと強くなればあなたの耳にも僕の名が届くはず。

 今どこにいるか分からないけれど、あなたのために僕は、頑張れる。










 その日、僕は鬱蒼とした森の中を歩いていた。手にしているのは、愛用の銃。卒業時にあなたからもらった相棒は毎日メンテナンスし、大切にしてきた。


 最近、敵国は妙な研究に手を染めているらしく、膨大な力と引き替えに精神崩壊したような兵を見かけることが多くなっていた。そういった連中は見るからに挙動がおかしいし、基本的に攻撃するのみで防御という言葉を知らない。僕たちからするとわりといいカモなんだけど、身体能力がすさまじいから撃たれれば命はない。


 僕は今日、ある突撃部隊に参加して森の中で敵軍と応戦することになっていたのだけれど、どろりとした闇の中で仲間とはぐれてしまった。ただでさえ薄暗い森の中なのに、はぐれてからかなりの時間が経過している。

 夜になると、危険は増すばかりだ。一人で大勢の敵と遭遇するのを避けるためにも、僕は敵の気配がしたら極力戦闘を回避し、相手と距離を取りながら移動していた。


 今、どこにいるのかはよく分からない。地図はあるけれど、目印も何もない森の中で現在地を確認するのは困難だ。

 だからといって、焦ってはならない。

 あなたもいつも、「焦りが自分を殺す。常に冷静であれ」って言っていたよね。ちゃんと僕は実践できるよ。だって僕は、あなたが担当していたクラスで常に一番の成績をキープしていたんだからね。


 そのとき、ガサリ、と葉がすれる音がした。僕はすぐさま銃の安全装置を外し、いつでも引き金を引けるよう構える。

 ふと、かつてあなたが僕の手を取り、銃の操作方法を教えてくれたときのことを思い出した。構え方、弾や薬莢の装填の仕方、撃った際の反動から踏ん張る方法など、全てはあなたから教わった。


 そうして木々の間からぬらりと姿を現したのは――間違いない。敵国の研究者によって人体改造された異形だ。身長と体格からして元になったのは男だろう。……まあ、全身がかなりえげつない見た目だから、男も女もないようなものなんだけどね。


 銃をこちらに向ける姿勢は正しかったけれど、その動作は緩慢で、僕の敵じゃない。

 悪いけれど、僕だってここでやられるわけにはいかないし、手柄はほしいんでね。運が悪かったと思って、死んでくれ。


 ズガン、という重い音と共に僕の銃から放たれた弾丸は違うことなく、敵の心臓を貫いた。真っ赤な血が舞い、そのおぞましい姿がばたんと倒れる。

 僕は銃を下ろし、代わりに腰から下げていたサーベルを外して異形に歩み寄る。それが息をしていないのを確認し、遠慮なくその背中にサーベルを突き刺した。


 こいつが敵国の開発した異形なら……ああ、やっぱりあった。しかもこれ、かなりでかいな。

 僕が取り出したのは、親指の爪くらいのサイズの赤い石。敵国はこいつを人体に埋め込んで戦闘兵器に作り替えているんだ。これを持って帰れば、手柄が証明できる。


 手に付いた血を拭っていると、どこからともなく僕の名を呼ぶ声が聞こえてきた。ああ、なんだ。戦闘を回避しているうちに皆の近くまで戻ってこられていたみたいだな。今後は危険を回避するためにも、もっと用心しなければならないな、と己の心に刻んでおく。


「ここにいる! 今戻る!」


 僕は返事をし、赤い石をポケットに入れた。


 ……ねえ、僕は頑張っているよ。

 もっともっと強くなって、一人前の狙撃手になったら……あなたに会いに行く。

 そうしたら、十年来の思いをあなたに伝えるよ。


 ずっとずっと、あなたのことが大好きです……ってね。


 だから、もうちょっとだけ待っていてね。






※スノードロップの花言葉……「希望」「初恋のまなざし」など





  *       *       *





 十年前だったかな。

 入学してきたときのきみを見たときの第一印象は、「すげぇ生意気なクソガキだなぁ」だった。


 座学でも実技でも、常に主席。きみが優秀であるのは誰が見ても確かだった。

 まあ……少々性格に難があったから、正直教員室でのきみの評判はよくなかったけれどね。「あいつはうぬぼれ気味だ」「相手によって態度を変えすぎだ」って、ベテランの教官たちがため息をついていた。


 そんなきみは、なぜか私には懐いてくれた。見るからに生意気そうなクソガキだったけれど、存外素直で可愛いところがあった。数少ない女性教官である私にべったりなのは皆もよく知っていて、「少なくとも学生と教官の間柄であるうちは、妙な気を起こさないように」って上司からも言われた。


 あーあー、言われなくても分かってますって。

 そりゃあきみは優秀だしなぜか私には懐いてくれるけど、私よりいくつ年下だと思ってんの? 十二よ十二。「いきおくれババア」と学生たちに言われる私が本気になるわけないでしょ。


 きみの私に対する好き好きオーラは、本人は隠しているようだけど明らかだった。いやまあ、卒業式の日には顔を真っ赤にしてスノードロップの花束を持ってきていたしね。あのときの光景を上階から見ていたらしい同僚からは、「あんときはマジあんたが食われると思ってた」って言われたっけ。


 私は生まれながらに狙撃の才能はあったようだけれど、所詮は女。それに体質の問題かあまり体を鍛えることができなかったので、能力はあるけれど女性軍人ではなく教官になり、未来の狙撃手たちを育てることになった。


 本当は……戦うのは好きではない。血なまぐさい世界を駆け回るより、庭の花を愛でたりおいしいものを食べたりする方が好きだ。実地訓練でも、学生の前ではがさつで勇猛果敢な自分を演じているけれど、本当は怖くて仕方がない。

 でも、この道を選んだのは私自身だ。貧乏な実家の助けになるために、高給がもらえる教官になったんだ。「嫌だ」なんて言ってられない。


 可愛い教え子たちが目を輝かせて「卒業したら、国軍に入隊します!」と言うのを聞くのだって……本当は、すごく辛かった。

 でも、「死にに行かないで」なんて言葉を飲み込んで、「おめでとう、誇り高く戦いなさい」と送り出す。流れた涙は哀しみではなく、喜びの涙だと自他に言い聞かせる。








 きみが入隊して一年くらいは私も学校にいたから、きみが勲章を授与されるたび、表彰されるたびに報告に戻ってくる姿を迎えていた。きみが世話になった教官は他にもたくさんいるのに、きみが来るのは私のところだけ。もし私が席を外していたなら、「あっ、じゃいいです」って帰っていたそうだね。次に会ったときに「この無礼者!」とげんこつを食らわせたら、「久しぶりのげんこつですね」って笑っていたね。馬鹿か貴様は。


 でも、故郷で暮らす母が体調を崩したとかで、私は職を退いて看病に戻ることになった。

 ……そうして帰郷する途中、私は敵国に拉致された。








 私の情報は、敵国に筒抜けだった。

 狙撃手としての才能はあるが、女だし、基礎身体能力が軒並み低い。

 そんな私は、敵国研究者の実験台になるには好都合だったらしい。

 肉体を改造すれば、私の利点を残したまま、欠点をなくすことができる。さぞ優秀な「兵」になるだろう……って。


 もちろん、抵抗した。でも、魔力を封じられた私は虚勢を張るだけのただのか弱い女。

 もし、敵国が最近生み出しているという異形の化け物になるなら……せめて、記憶も精神も全て失いたい。最後の最後でそう願ったけれど、運命は残酷だった。


 手術の後、目覚めた私は鏡に映る自分の姿を見て絶望した。

 以前より膨れあがった体、おぞましい見た目。


 それなのに……どうして、私の脳みそは正確に物事を処理できるの?

 体が全て自分の思うとおりに動き、全ての記憶を持っているの――!?








 絶望する間も与えられなかった。

 私は、「失敗作」のふりをすることにした。

 肉体改造に成功しながら自我を保っていることがばれたら、よい実験体だということで改造を重ねられるかもしれない。

 それくらいなら、今私にできることをしたかった。


 偶然、私は敵国の兵(私のような異形じゃない。人間だ)から、きみの名前を聞いてしまった。

 ここ二年ほどでめきめき実力を伸ばすきみの名は、この国でも知られていた。もちろん、「要注意人物」として。

 そして近いうち、いずれこの国に仇なすだろうきみを若いうちに始末してしまおうと、計画が練られていることを知った。


 幸か不幸か、私はその作戦に参加することになった。

 私の他の異形たちはどれも「失敗作」で、精神を崩壊させられているので敵国の言いなりになって動くしかできない。そんな連中と一緒に行動するなんて嫌で嫌で仕方ないけれど……きみを殺させるわけにはいかなかった。


 きみは私の大切な教え子。そして、いずれ祖国の英雄となってこの腐りきった国を滅ぼしてくれるだろう力を持っている子。

 こんな姿になった私だけれど、きみを守ることができるのなら――









 敵国の兵は、私たち異形には命令以外の言葉を理解する能力がないと思っているらしく、私の前でもいろんなことをぺらぺら喋ってくれた。だから私は、きみを本隊からはぐれさせ、ひとりぼっちになったところを襲撃する手はずになっていることを知った。


 そうはさせない。


 私は異形の隊から離れ、暗い森の中できみを探した。

 早く、早く、と、「常に冷静であれ」とご立派なことを言っていた過去の自分が知ったら鼻で笑うような焦りに身をむしばまれながら、私は必死にきみを探した。

 そうして見つけたきみは――一年前、最後に教員室で会ったときよりずっとたくましく、ずっと大人になっていて、涙がこぼれそうになった。


 ……ああ、そうだった。

 この体はかろうじて「悲しい」という感情は抱けても、涙を流す機能は持ち合わせていないんだ。そんな機能、戦闘兵器には必要がないからね。


 きみはきょろきょろしながら道を探しているけれど……ああ、だめよ。そっちに行ったら敵国の本隊に近づいてしまう。

 そっちじゃない。きみが戻るべき仲間のいる場所は、あっちよ。


 私はきみにばれないよう、葉音を立てたり手にした銃の音を立てたりしながら、きみを味方の陣の方へ誘導させる。この作戦の目的の一つは、きみの殺害だ。でもこれで、きみは若く優秀な命を失わずに済む。


 でも、私はどうせ長くは生きられないだろう。命令に背いて勝手な行動を取っているし、自我を保っていることがばれるのも時間の問題だ。

 それくらいなら。薄汚い連中に殺されるくらいなら――可愛い教え子のために、私にできることをしたかった。


 銃声が響けば本陣に届くくらいの距離まで彼を誘導したら、私はわざと物音を立て、きみの注意を促した。きみが木の陰に隠れて銃の安全装置を外したのを確認し、私は物陰から身を乗り出す。


 私ときみの視線がぶつかる。その双眸に浮かんでいるのは――使命感と、優越感と、そして……明らかな殺意。

 きみは、私を殺そうとしている。私を殺すことに喜びを感じている。


 ――こんなときなのに、思い出すのはきみとの出来事。


 入学してすぐ、生意気なので先輩や教官たちからボロクソにやられて泣いているきみを慰めたのが、最初だったかな。


 私が担当教官になると、明らかに授業態度が真面目になったきみ。


「ぼっ、僕は! 教官のこと、ば、ババアなんて思いません!」って褒めているのか貶しているのか分からない台詞を言っていたきみ。


 試験のたびにぶっちぎりの成績を叩き出し、尻に付いている目に見えないしっぽをぶんぶんと振って私に成績表を見せに来るきみ。いや、私だって採点してるんだから、成績くらい分かってるってば。


 顔を真っ赤に染め、恥じらいながら私にスノードロップの花束を渡してきたきみ。


 卒業してからも、武勲を立てるたびに私に会いに来て、その輝かしい数々の勲章に似合わず「あ、あの……僕、もう立派な男ですよね!?」とへたくそなアピールをしてくるきみ。


 ちょっと生意気だけど、優秀で、とてもとても可愛い、私の自慢の教え子。我が祖国の誇り。


 きみの手を私の血で汚すことは忍びないって思った。……でも、こんなに目をらんらんと輝かせて私の心臓を狙っているきみを見ていると、ああ、これでよかったんだな、って思えた。


 ズガン、と重い音が響く。

 実技でも常に主席を保っていたきみの腕前は確かだし、標的は無防備な私。百発百中ね。


 私の体は、痛みを感じない。でも、心臓を射抜かれた衝撃と、急に機能しなくなる手足が、私の体に「死」が迫っていることを教えてくれる。


 私は、どうっと前のめりに倒れた。かすむ視界の中で、あなたのブーツのつま先がだんだん近づいていることを悟る。


 そうよ。敵国の改造人間は全員、心臓部分に特殊な装置を埋め込んでいる。それを抉り出して持って帰れば、手柄になるのよね。


 私は目を閉じた。

 この体が、最後まできみの役に立てるなら。きみを守るだけでなく、きみの昇格にも貢献できるなら――きみの成長を見守ってきた者として、これ以上ない幸せ。








 ねえ、きみ。


 早寝早起きをして、ご飯をしっかり食べるのよ。

 あまり自信過剰にならずに、みんなと協力するのよ。

 自分が狙われているということを自覚して、気を付けるのよ。


 それから――


 私、という人間がいたことを、どうか忘れないでね。






※スノードロップの花言葉……「逆境の中の望み」「あなたの死を望む」など

よくあるといえばよくある話です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 注意書きと設定でかなり初期に展開も結末もおそらくと予想はついていたのに、やはり辛い。 ご本人がおっしゃっている通りよくある話は即ち王道という事で、王道な話はやはりいいです。
[一言] (´;ω;`)無償の愛情… 戦争の悲しさだねぇ 戦争が無ければ、出会い、別れ、は起きなかったのに…
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