第七話
エミリーが魔王に会っている頃、自宅ではリリナが工事に立ち合っていた。立ち合うと言っても椅子に座って本を読んだり、居眠りをしたりしているだけのこと。近くを通る大工の弟子達に血走り気味の視線を向けられても全く意に介さない。聖女らしい衣裳に身を包んでいた頃でも、隠しきれないおっぱいの膨らみに男達の不躾な視線を投げ付けられていたのだ。見られて当然の格好の今の方が却って視線が気にならないリリナである。
そんな風にリリナが何の反応も示さないことから、最初はチラチラと横目で見ていた弟子達も、いつしかガン見し始める。だが、組んだ脚の奥底をその目に焼き付けんと覗き込もうとするが、肝心の部分は暗黒に塗り潰されていて全く見えない。脚を組み替える瞬間に期待を籠めても、リリナの腰から垂れている布に必ず視線を遮られてしまう。その布がたまたま突風でめくれ上がっても、どこから差し込んだかも知れない謎の光に遮られてしまう。
「てめぇら、仕事しろ!」
覗きに執心して仕事が遅れがちな弟子に棟梁が業を煮やした。弟子達は慌てて仕事に戻る。それを見送る棟梁はと言うと、わざとらしい口調で言う。
「おっと靴の紐が解けちまった」
しゃがんで紐を直す風にしながら視線はリリナの脚の奥に向けている。そして悔しげに顔を歪めながら立ち上がるのだった。
日が変わって、リリナの場合。
ダンジョンの壁は瘴気を含むことによってぼんやりと光っており、人の目でも慣れさえすればランプなどが無くてもどうにかなる明るさだ。瘴気に感受性の高いリリナならもっと明るく見える。瘴気が濃いほどに明るい。
だからリリナはダンジョン内に圧迫感を大して感じず、不便もそれほど感じない。不測の事態に備えて水筒だけでも持ち歩かなければならないのが面倒なくらいである。
水筒とは水を入れる筒ではなく、水を出す魔法が刻まれた筒のこと。魔法結晶を動力源にしている。冷水を出す筒と温水を出す筒が有り、一本だけ持ち歩く場合にはどちらにするか悩む問題だ。飲むだけなら冷水が良いし、身体を洗うこともあるなら温水が良い。
今日のリリナは冷水にしている。
道すがら、当然のように魔物に襲われる。しかし魔物の爪も牙もリリナには届かない。もし届いてしまえばチラッではなく血みどろになるから、固有魔法チラリズムがそれらを届かせないのだ。正に絶対防御なのだった。
いくら攻撃しても絶対に当たらないせいで地団駄を踏む数多の魔物を尻目に、リリナは悠々と進む。攻撃らしい手段を持たないので全てはチラリズム頼みなのにだ。鋼の心臓である。
「魔王さまへの愛ですわ!」
誰に向けたか判らないことを叫んだりもするリリナなのだった。
魔王の居室に着けばスライムに飛び掛かられる。勿論、肌に触れられたりはしない。
「ああ! 魔王さま!」
スライムなど居もしないように魔王に会った歓喜を声に載せる。そしてまた独りで悶えるのだ。
それを見てかどうか、スライムが動きを激しくするが、全く触れられない。癇癪を起こしたようにデタラメな動きを始めるが、やはり全く触れられない。
「ああ~ん、魔王さまっあ~ん。いいの~、いいの~、イッちゃうのぉ~ん!」
\ビクン/\ビクン/
リリナが気を失ったところでスライムが拗ねたようにリリナから離れて丸まる。
魔王、言葉も無い。一度死んだことで性欲も失われているので特に何も感じないのだ。人だった頃の記憶で状況が理解できるだけ。
暫くしてリリナが目を覚ます。
「喉が渇きましたわ。魔王さま、少し失礼いたします」
リリナが水筒から水を飲む。口元から零れた水が首筋を伝い、胸元を伝って流れる。何とも艶めかしい。
するとまたスライムが飛び掛かるのだが、やっぱり触れられない。
「ん、はあ~ん」
飲み終わって殊更色っぽい声を出した途端にスライムがまた激しく襲い掛かろうとするが、やっぱり触れられない。
「魔王さま、本日も魔王さまの愛を堪能させていただきましたわん」
スライムを一瞥もせず、リリナは言う。
「本日はこれにて失礼いたしますわ。またお会いしにまいります」
牝の匂いを撒き散らしながらリリナは魔王の居室を後にする。
その匂いに身悶えするのはスライムだけだった。