第七十話
地上ではまだ賊の件が片付いていないが、ロイエンも待っていられない。
「シーリス! 相談したいことが有る。来てくれないか!?」
「承知」
シーリスもいい加減焦れていた。ちょこっと賊を拘束して連れて行くだけのことがどうしてできないのかと。勿論、兵士の方にも言い分が有って、動く人型の土塊なんて不気味なものにお近づきになりたくない。そして勿論、それが判らないシーリスでもない。しかし時間を掛けすぎだ。何かするつもりならとっくにしているくらいのことは気付いて欲しいと、考える訳である。
希望は希望として有るとしても、完全に腰が引けている彼らには望むべくもない。驚いてはいても腰が引けていない唯一の人物である騎士が自ら動くような場面ではない。それに何やら他に気になるものが有る様子。
待っていられないわね。
そう決めたら後は早い。傀儡に賊達三人を抱え上げさせ、兵士達の真ん中に向けて投擲する。「な、何をするつもりだ!? うぎゃーっ!」とか何とか賊が叫ぶのは当然無視である。本当は山なりに投げて着地点をぶれないようにしたいところだが、結構な距離が空いていて、それに応じて高く投げ上げようものなら、いくら土の地面と言えども落下の衝撃で賊が死んで仕舞いかねない。だからライナーでの投擲だ。ずだん、ばん、ずざざんと派手な擦過音を立てながら転がる賊。地面で擦れて多少の擦り傷が出来ても、それは勘弁して貰いたいシーリスである。早く引き取りに来ない兵士達が悪いのだ。
賊を投げ付けられた格好の兵士達は咄嗟に身を退いた。受け止めようなどとは誰もしない。お陰で賊は投げられた勢いが完全に消えるまで転がり続けた。止まった時にはもうぐったりだ。言葉も無い。ついでに兵士達も言葉が無い。
「解除」
兵士達がとろとろやっている間に賊が逃げ出しかねないが、シーリスはもう十分付き合ったとゴーレムをリリースした。ゴーレムが崩れて残るのはこんもりとした土の山だ。しかしシーリスがそんなゴーレムの行く末を見守ることは無く、移動でサーシャのゴンドラの上にひとっ飛びする。
「相談有りや?」
「そうだ。実はな……」
と、ロイエンがサーシャの事情を説明する。横で聞いているサーシャの顔はもう真っ赤だ。自分で話すのも恥ずかしいが、他人に話されるのを横で聞いているのも恥ずかしい。どちらがより恥ずかしいかは微妙なところ。だから「やっぱり自分で話す」とも言い難い。
ただ、サーシャにとって幸運だったのはロイエンの説明がサーシャ自らの説明より簡潔で解りやすかったことだ。恥ずかしい時間は意外と短く済んだ。間違っていたら補足するように言われても、特にそうする必要も無いものだった。
話を聞いたシーリスは考える。心情は理解できなくはない。しかし王族の我が儘にしか見えないのも事実だ。王族と言うものに良い感情など持ち合わせていないので、同情する気にもならない。そして何より。
「女二人の旅なるや?」
それが無謀極まりない。碌に身を守れもしないのだから愚行以外の何ものでもない。現にたまたまシーリスが通り掛からなければどうなっていたか判らないのだ。不用意に魔の森に突入しなかったことだけしか褒められる点が無い。そして仮にここで手を貸し、二人を逃がして旅立たせても、行った先で賊にでも襲われようものなら寝覚めが悪い。サーシャの意に沿わなかろうとも、あの騎士に押し付けてしまった方が余程気が楽と言うものである。
そうではなく、旅の道連れにしたとする。それもメリットらしいメリットが感じられない。ノルトとか言う学者の協力を得やすくなるとしても、別にそうしなければならないものでもない。シーリスにとっては数十日の過去でしかない場所なのだ。
「はい……」
シーリスの案じる部分を朧気ながら察せられるサーシャの答えには今一つ元気が無い。
「なれば……」
「ところで殿下はお食事はどうなさっていらっしゃるのでしょうか?」
ロイエンがシーリスの言葉を遮るように問いを発した。拙速に答えを出さずにもう少し考える振りくらいして欲しいのだ。だから適当を尋ねた。それでも気にならない話でもない。王族の口に合う食事が魔物猟師の町に有るとも思えず、不味ければ、それだけで旅を断念しそうなものである。因みにシーリスが睨むのには素知らぬ振りをした。
「マリアンが作ってくれています」
「マリアンさんとはあの方でございましょうか?」
ロイエンはドレッドの傍に佇むマリアンを指し示す。
「あの方はお料理上手なのでございましょうか?」
「はい! とても上手です」
急に元気に返事するサーシャに、ロイエンもシーリスも驚いた。従者思いの心根が滲み出るようだ。
そしてシーリスはサーシャの評価を若干上げた。しかしそれ以上に引っ掛かりを覚えたのが料理上手なマリアンだ。シーリス、ルセア、ロイエンの三人旅は食事の面が壊滅的。ルセアが食べられなくはない料理を作れる程度なのだ。まだほんの数日しか経っていないのに挫けそうにしている。
「ぐぬぬ……」
少し苦しげに呻き、背に腹は代えられないとシーリスは断じた。
「そなたら二人、わっしの旅に同道したれ」
どっちが王族か判らない偉そうな言い方であった。




