第三話
ここはダンジョンの最奥、魔王の居室。
「ああ~ん、魔王さまっあ~ん。いいの~、いいの~、イッちゃうのぉ~ん!」
\ビクン/\ビクン/
「ひゃーっははは! 魔王! 死ね死ね死ねぇ!」
\どっかん/\どっかん/
「くっ、殺せ!」
\ぼっかーん/
「今日のところはこれで勘弁してやるぜ」
魔王はいつもの調子の彼女らを冷ややかに見る。
「お前達は何をしに来たのか?」
「勿論、魔王さまから直接愛を注いで戴くためですわん」
「魔王を倒すために決まってんだろうがよ!」
「恥辱を克服するためなれば」
「それは前に聞いた。今のことではない。お前達が最初にここに来た時のことだ。我を倒すのだと言ったであろう? なぜ、我を倒そうとしたのか?」
三人はパチクリと眼を瞬かせてお互いに顔を見合わせ、「ああー」と納得するように頷いた。
「以前から魔の森がどんどん広がっていて、今までに人の町を幾つも呑み込んでいるのですわ」
魔物猟師が活動している場所では拡大が抑えられているが、そうでない場所ではじわじわと広がり、ある程度広がったところで爆発的に拡大することもある。町の近くだからと拡大を抑え込もうとしても場合によっては抑えきれない。
「このままでは世界が森に呑まれると危機感を抱いた国が原因と思しき、それでいて実在するかどうかも怪しい魔王を討伐するようおふれを出したのだ」
「そんで、そこのカーミットがやんちゃしたって訳だぜ」
「やんちゃはお前であろう」
魔王は思わず突っ込んだ。エミリー以外はカーミットも含めて魔王を一切攻撃していないのだ。リリナとオリエも変なものを見るような目で見るが、エミリーは胸を張りつつきょとんと小首を傾げている。
「……やんちゃはともかく、魔の森とは何か?」
三人はまたパチクリと眼を瞬かせてお互いに顔を見合わせ、「ああー」と納得するように頷いた。
「魔の森と言うのは、このダンジョンの上に在る森のことですわ」
「ダンジョンから漏れ出した瘴気が漂ってるし、魔物も出るんで、普通の人間は入れねぇんだ」
「その森がダンジョンが広がるのに合わせるように広がっているのだ」
「ふむ……」
ダンジョンが広がるのは魔物のすることだが、その魔物を生んだのは魔王の吐き出す瘴気に他ならない。確かに自分が原因だとの部分は納得する魔王である。しかし少々当てずっぽうの感が否めなくもある。
「まあ、極最近になって勢いを増して拡大してるらしいがな」
「それはお前の所為であろう」
魔王は思わず突っ込んだ。言われたエミリーは「え?」と声を漏らしてきょとんとする。
魔王は全ての瘴気の大半を身の回りに留めているのだ。そうすることで吐き出す瘴気の抑制にもなっている。
「毎度毎度我の纏う瘴気を吹き飛ばして撒き散らしているであろう」
「おおー」
エミリーは目と口を丸くした。
「それはまあ良い。我が瘴気を吐き出していると、人はどうやって知ったのか?」
「さあ?」
「存じませんわ」
「あ! あれじゃないだろうか? 魔王伝説」
「ああー、あの『魔の森の奥には魔王が居る』ってやつな」
「それ、あたくしも子供の頃に絵本で読みましたわ」
「わたしも毎日のように読んだものだ」
とっくに全裸のオリエが腕を組んでゆっくりと何度も頷く。おっぱいの下で腕を組むので豊かなおっぱいが殊更強調されるが、それに何らかの反応を示す者はここには居ない。反応を示すだろうスライムは未だバラバラのままだ。
「同じものを毎日読んで、よく飽きねぇな」
「同じではないぞ。冒険物語も有れば、切ない恋の物語も有る。魔王が全然出て来ない話も有る」
「あたしは『勇者が魔王と戦って魔王をダンジョンの奥に封じ込める』って話しか知らねぇけど……」
「誰でも知ってる話はそれよね」
「そう。しかし他にも色々有ったのだ」
「ちぇーっ。何だか損した気分だぜ」
エミリーは頭の後ろで指を組んで口を尖らせた。
「お前達は絵本で我を捜し出したと言うのか?」
「どうだろうな? 目星を付けたのはカーミットで、あたしらは付いて来ただけのようなもんだしな」
「途中からは瘴気の濃い方に進んだのですわん」
「瘴気に対する感受性が高いリリナが居ればこそであったな」
「そう、感受性……。瘴気を感じちゃうのですわん」
突如と目をとろんとさせたリリナがまた自らのおっぱいを揉みしだく。
「ああ~ん、魔王さまっあ~ん。いいの~、いいの~、イッちゃうのぉ~ん!」
\ビクン/\ビクン/
そしてまた気を失った。しれっと、それでいて幸せそうな様子をどこか羨ましげに見やるエミリーとオリエである。
「お前達以外にここに誰も来ないのはなぜか?」
「あー、あたしら魔王のことを誰にも言ってねぇから」
エミリーが苦笑しつつ後ろ頭を掻く。
「魔王には子供の遊びくらいにしか思われてないだろうけど、これでもあたしは全力で魔法をぶち込んでんだぜ。自慢じゃないけど人の中じゃ上から十本の指で数えられるくらいの実力のあたしが掠り傷一つ付けられねぇんだ。そんな化け物が実在するなんて知らせるのは相手が気の毒ってもんだ」
「それにわたし達以外にここまで来られる者が居るとも思えん」
「あの時は頭からぽっかり抜けてたけど、普通なら途中で死ぬか、あんな風になるもんな」
エミリーはカーミットの成れの果てであるスライムを指し示した。
「うむ。今となっては笑い話になるが、あの時のわたし達はどうかしていた」
「お前達は我を恨まないのか?」
魔王はスライムを指し示しながら尋ねた。
しかしエミリーもオリエも首を横に振る。
「それどころか、今のわたし達、特にリリナが魔王には健やかであって欲しいのだ」
「とてもそうは思えぬが」
魔王はエミリーを見やった。
「あ、あれは本気な訳ねけだろ! ただの掛け声だよ!」
エミリーのどこか照れた様子に、魔王は真実の言葉だと認識した。
「お前達は我が怖ろしくはないのか?」
「怖ろしいなんてとんでもない! 愛! 愛しか感じませんわ!」
いつ目を覚ましたのか、飛び起きたリリナが捲し立てた。その勢いに僅かに仰け反るエミリーとオリエ。
「その気になられたら、どこに居ても一瞬で消し炭にされるのが解ってる相手を怖がってもな……」
「リリナではないが、魔王殿がどこか身近に感じられるだけで怖ろしくはない」
「もう良い。立ち去れ」
「またお伺いいたしますわん」
「おう、またな!」
「また見えようぞ!」
魔王は三人が遠ざかってから小さく呟く。
「怖ろしくないか……」
五百年余り前に世界を滅ぼし掛けた存在であることは理解しているだろうにと、不思議な感慨を覚える魔王であった。