第二十六話
勇者召喚の儀で女の召喚に成功した男達は彼らなりの対応をしようとはしている。
しかし、全裸で放置されたままの女にとっては、男達が呑気に話しているようにしか見えず、甚だ苛立たしい。
「フク! チョウダイ!」
「ん? 服? 服とは何だ?」
すっとぼけた皇子である。だが、文官の一人は「あああっ」と声を上げ、上着を脱いで目を瞑って顔を背けながら女に差し出した。
離れた所から差し出されたからってどうにもならないのが女の方だ。手を伸ばせば見えてはいけない所が丸見えになる。恨みがましく見上げ、小さく手を出して催促する。
しかし服を差し出した文官は目を瞑っているから女がどうしているかも判っていない。他の男達は遠巻きに見るだけ。「こんの、馬鹿どもーっ!」と内心で叫ぶ女であった。
第三皇子の方は、そんな女の内心などお構いなしに女をしげしげと見る。まあ、内心など判りようもないのだが。
「見れば見るほどそそる女よ」
そんなことを言う始末である。最早、勇者召喚の儀を行ったことも忘れている。
『嫌らしい目で見ないで!』
言葉は解らなくても目付きは判る。しかし、幾ら叫んでも声は虚しく響くのみ。
このまま事態は膠着し、女の怒りはふつふつと高まって行く。そしていよいよ埒が明かないと、とある決心をした時。
「ログリア語の話者を連れて参りました!」
出ていた護衛が文官の若い女性を一人連れて戻って来た。その女文官はここまで走らされたために荒い息を吐く。しかしだ。
「きゃあああっ!」
女文官は全裸で丸まっている女を目にした途端、息を整えるのも忘れて叫び、駆け出した。裸の女に駆け寄ると、そのまま女を前から隠すように抱き締める。
「裸の女性を囲んで何をしてらっしゃるのですか!? 殿方は向こうを向いていてくださいませ! そして早く女物の服を持って来てくださいませ!」
そう言われてやっと状況を飲み込めた文官らと、魔法士や騎士の一部が後ろを向く。先程上着を差し出していた文官はと言えば、「私が服を用意しに参ります」と駆けて行く。しかし尚もそこに気が回らない者も居る。気にするのは別のところだ。
「おい、女。殿下の御前で不躾をするとは斬り捨てられたいか!?」
騎士の一人が剣を抜いて差し出しながら威嚇した。彼には女文官の振る舞いの方が余程の問題らしい。皇子が蔑ろにされたようになっては沽券に関わると言う訳だ。しかしこれには後ろを向いたまま横目で見ていた召喚の儀を行った魔法士が狼狽える。
「騎士殿、そのようにしては勇者殿に剣を向けていると思われてしまいます」
この魔法士ばかりは出て来たのが裸の女だろうと勇者だと認識していた。ところが騎士の方はさっぱりである。
「勇者、何のことだ?」
第三皇子同様に召喚の儀さえ忘れている。
「召喚の儀で顕現なされたではありませんか」
言われれば、そんなことも有ったと思い出しはするが、騎士は裸の女を胡散臭そうに見る。
「これがその勇者だと言うのか?」
「勇者ではないとも決まっていないではありませんか」
「む」
言われてみれば尤もだとして剣は収める。ところがそれでもすることは変わらず、女文官の首根っこを捕らえようと手を伸ばす。
さて、裸の女にとっては自分に抱き付いている女が現状の唯一の味方だ。後ろを向いた男共は味方ではないが、敵とまではいかない。こちらを向いたままの男共は敵。あろうことか剣を突き出している男は看過できない存在となった。ただ、何のために剣を突き出したのかは大凡察している。一人だけ変に豪華な衣裳の男が王族か何かだとは予想でき、女文官の振る舞いも王族の前だとするなら咎め立てされかねないものだからだ。しかしそんな事情とは関係なく、手を伸ばしている騎士は唯一の味方の敵でしかない。
『触るんじゃないわよ』
「えっ?」
裸の女は片腕を胸から外し、女文官の背中に回して抱き寄せた。自分に言われたのかと思った女文官は咄嗟に離れようとしたところを抱き寄せられたものだから、言っていることとやっていることの違いに戸惑いの声を上げた。
直後、グキッと言う音が女文官の直ぐ後ろで鳴った。
「がっ!」
女文官に手を伸ばした騎士が呻き声を上げ、右手の指を左手で押さえて後退った。その右手の指の関節がじわじわと腫れてゆく。
第三皇子が怪訝そうに騎士を見る。
「いかがいたした?」
「何かに当たりました。恐らくは障壁かと」
バリアの魔法は不可視の盾で攻撃を防ぐものである。
「殿下、この者は危険です。この場で処分いたしましょう」
鳥か何かのようにさっきの会話も忘れたらしい騎士が、そんなことを言いながら再度剣を抜く。第三皇子も「うむ」と鷹揚に頷いた。
皇子は既に裸の女を色女くらいにしか見ていない。だったら抱いてなんぼのものくらいの勢いである。ところが女は拒んでいるように見え、無理矢理抱こうにもバリアを張られては抱けない。抱けない女ならどうなっても知ったことではないのである。
召喚の儀を行った魔法士は更に焦る。
「お待ちください! バリアが張れるのであれば、それこそ勇者の証ではありませんか!」
「さっきから勇者勇者とそんな者がどこに居る? 裸の女が居るだけではないか」
第三皇子が横からまたすっとぼけたことを言った。
実のところ、この場の男達は第三皇子も含めて居なくなって差し支えの無い者達ばかりである。召喚魔法と言う実績の無い魔法を使い、魔法が成功しても何が飛び出してくるかも判らない場所に重要人物は同席したりしないものだ。ただ万が一にも勇者の召喚に成功したなら皇族の一人くらい居なければ示しが付かないので、最も出来の悪い第三皇子に白羽の矢が当たった。
そしてこの場では召喚の儀を行った魔法士だけがそのことを悟っている。彼だけは、使命感を持って臨んでいたのだ。全裸の女が出て来たせいで、ついさっきまで忘れていたが。
「その裸の女こそが召喚に成功した勇者殿です!」
「ん? ああ、そうであった。召喚の儀なるものを行ったのであったな」
どうにか思い出したらしい。
魔法士は苛立ちが顔に出ないようにする努力を強いられた。内心では「待てよこら!」と盛大に毒突きながらである。
「ですから、丁重におもてなししなければなりません」
「良かろう。好きにするが良い」
丸投げであった。話を聞いていた女文官も怖ろしいものを見るように後ろを振り向いた。
そしてその頃になって漸く文官が女物の服を持って戻って来た。
「服をお持ちしました」
「ありがとうございます。後は私がお世話いたします」
服は直ぐ後ろに置いて貰ったものの、第三皇子を含めて四名が見ているために女文官は動けない。
勿論、裸の女もそれが判っているし、これまでのことでいい加減苛立ちも頂点に達している。
『生成!』
叫ぶと同時に女の周囲で床の石材が蠢き、幾本もの細い柱となって女達を囲むように立ち上る。身の丈の倍ほどにもなったところで、一転して薄く広がり、女達を隠すように柱と柱の隙間を埋めた。今や女達は石の壁に囲まれている。
裸の女は今の今まで建物を壊すのが忍びないと我慢していたのだ。
『はー、やっと落ち着いたわ』
「ええええっ!」
裸の女が安堵する一方で、女文官は取り乱す。いきなり閉じ込められたらびっくりもする。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
『慌てなくていいわよ。わたしの魔法なんだから』
裸の女が宥めるように女文官の背中をぽんぽんと叩くと、女文官は少し落ち着いた風情を見せた。全く動じていない者が傍に居るだけで落ち着くこともあるものだ。
裸の女は女文官から離れ、手元に届いた服へとえっちらおっちら這い寄って座る。
広げてみると、サイズの違う服が合計三着届いていた。使用人のお仕着せらしいのには目を瞑る。直ぐに用意できるのがこれくらいだったと言うのは想像に難くない。
しかしはたと気付く。肝心なものが無い。知らず、女文官の下腹部を見る。
女文官はと言うと、下腹部を見られるのが居心地悪い。どうして見られなければならないのかと、裸の女とその手元を見る。手元には三着のお仕着せが有る。そう、お仕着せだけだ。
「ああっ!」
思わず腰を引くようにしながら下腹部を押さえた。
これには裸の女がクスッと噴き出した。
『馬鹿ね。あんたの穿いてる下着なんて取らないわよ』
他人の脱ぎたての下着を穿く趣味など無いのだ。
そしてほんとに気の利かない男達だわ、と呟きながら合うサイズのお仕着せを着る。早々に下着も調達しなければとも呟きつつ。




