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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第一章 魔王は座すのみ
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第一話

 今も魔王は微睡(まどろ)み続ける。背もたれが半ば倒れた椅子だけが在る広い部屋で、その椅子にもたれ掛かりながら。

 しかしそれを引き裂くかのように邪魔されることもある。

「ついに見つけたぞ。魔王!」

 騒々しい声に魔王の(まぶた)がうっすらと開く。その目が映すのは剣士らしき若い男と、彼に付き従うように(たたず)む三人の若い女。装備はそれぞれ聖女、騎士、魔法士のものだ。トリッキーな身形(みなり)をする意味は見出(みいだ)せないので、そのままの役割だろうと魔王は考えた。そして実際もその通りだった。

 魔王にとっては久方ぶりの客人だが、招いてもいなければ望んでもいない。リクライニング仕様の椅子から上体を起こすのも(わずら)わしく、もたれ掛かったままで応じる。

「よく来た、と言いたいところだが、命が惜しければ直ぐに立ち去れ」

「子供の使いじゃない! 『帰れ』と言われて『はいそうですか』と帰れるものか!」

 聞いたような台詞だと、魔王は溜め息を吐く。これだけでこの場の瘴気が一段と濃くなった。魔王は常に瘴気を放っているが、呼気と一緒に特に濃い瘴気が吐き出されるのだ。

「瘴気に気を付けて!」

 いち早く瘴気が濃くなったことに気付いた聖女が他の三人に警告を発した。それを聞いた三人は身構える。注意したら事前に備えたこと以外までどうにかなると言うものでもないが、警告しない訳にもいかない。

 魔王はそんな彼らの様子に頓着しない。彼らの目的の方が問題だ。

「では、何をしに来た?」

「貴様を倒しにだ」

「何のために? 金か? 名誉か?」

「正義を為すためだ」

 魔王にとっては少々不愉快な言葉だ。微かに感情が高ぶったことで辺りの瘴気がまた少し濃くなる。

「我を(ほふ)るのが正義だと?」

 瘴気が濃くなったのを警告されるまでもなく感じ取ったのだろう剣士が半歩後退(あとじさ)ってから慌てて半歩戻す。

「魔王はこの世界に不要だ」

 答えになっていない。尤も剣士からすれば答える意味も無い。続けても、会話が成り立ちそうにもないことから、魔王は話を聞くのを諦めた。そして拳大の赤黒い魔法結晶を手の平に四つ出現させる。

「ここまで辿り着いたことだけは褒めてやろう。褒美だ、受け取れ」

 剣士の足下に投げて転がす。魔法結晶とは魔力が結晶化したものだ。

 コロコロと転がる魔法結晶を見た四人の目が見開かれる。

「こ……これは……」

「五千結晶はあるわ!」

 剣士が狼狽(うろた)え、魔法士が驚きの声を上げた。

 魔法結晶は豆粒大のものを一つ売れば概ね庶民一人の一日分の生活費になる。一般に流通している大半もその大きさのため、それを一結晶と呼ぶようになった。五千結晶なら単純計算でも十五年分近く、大きさから来る希少価値を考慮すればその数倍になってもおかしくない。贅沢しなければ一生生活できる勘定だ。

 暫し顔を見合わせる四人。その中で、誘惑に堪えきれなかったのが魔法士だ。魔法結晶に手を伸ばす。彼女は金銭的なものではなく、この魔法結晶が有ればどれだけ凄い魔法が使えるのかと考えたのだ。

「エミリーさん、駄目!」

 魔法士エミリーの行動に気付いた聖女が制止するが、時既に遅く、魔法士は魔法結晶に触れてしまった。

 その魔法結晶は瘴気の塊と言って過言ではない魔王が創り出して間もないのだ。触れた途端、魔法士は瘴気に汚染された。

 魔法士が断末魔のような悲鳴を上げる。

「ががががが……」

「エミリー!」

「エミリー殿!」

「エミリーさん! だから止めたのに」

 剣士、騎士、聖女のそれぞれが呼ぶ声も魔法士に届いていない。そりゃ苦しみの真っ只中の相手に届く方が珍しい。

 しかし魔法士の悲鳴は意外と早く治まった。

「ひゃーっははははは!」

 代わりに発せられたのは哄笑だった。

「エミリー!?」

「エミリー殿!?」

「エミリーさん!?」

「あー、気分がいいぜー。生まれ変わったみてぇだー」

 右手で顔を拭うようにしながら、エミリーは凶悪な笑みを顔に張り付ける。

 瘴気による汚染は順応できなければ死、あるいは肉体に致命的な変化をもたらす。たとえ順応できても多くは精神が蝕まれてしまうのだ。主に理性が損なわれる方向で。そしてエミリーは瘴気に順応したようであった。

「エミリー!?」

「エミリー殿!?」

「エミリーさん!?」

 三人にはボキャブラリの低下が見られる。しかし同じ言葉でもニュアンスは若干違う。一度目は驚きが強く、二度目は疑問が強い。

「よう、魔王、あたしと勝負しやがれ!」

 踏ん反り返るように言うと、仲間が止める間も無くエミリーは魔王を指差し、無数の炎弾を放つ。

「エミリーさん! 止めて!」

「エミリー殿! ここで魔法を連発してはこちらにも跳ね返る!」

 これは魔法そのものが跳ね返されるのではなく、余波のことだ。魔王の居室は広く、天井の高さは人の背丈の数倍、幅と奥行きは高さの数倍が有るが、閉鎖空間であることに違いはない。爆風を起こせば衝撃が部屋全体に及んでしまう。

 騎士の声は届かず、エミリーは連射を続ける。魔王に着弾した炎弾は爆発して爆炎を撒き散らす。それと共に魔王の着る黒い鎧が弾けて破損するかに見えた。

 ところが魔王の鎧が破損するのに合わせて周囲の瘴気の濃度が跳ね上がるように増す。そして破損した鎧は次の瞬間には修復される。

 実はこれ、鎧のように見えていただけで瘴気そのものだったのだ。炎弾が当たった部分の瘴気は飛び散るが、魔王の発する無尽蔵にも思える瘴気がその穴を埋める。

 魔王本体に魔法が全く届いていないのをエミリーも察したらしい。

「ひゃーっはははは! 化け物だぜ! とんだ化け物だぜ! こんな化け物を倒すつもりでいたなんてとんだお笑い種だぜ!」

 自嘲するかのように叫ぶ。

「死ぬのかい! あたしらはここで殺されるのかい! 無様なもんだぜ! ひゃーっはははは!」

 手を出してはいけない相手だったことを理解する知性は残っているのだ。それでもエミリーは攻撃を続ける。そして周囲の瘴気が益々濃くなって行く。戦士、騎士、聖女が息苦しそうに息を荒くする。

「ぐ……、頭が……」

「ああ……、あ……」

 そしてとうとう騎士と聖女が瘴気に汚染され、苦しげな声を漏らした。

 先に声の調子が変化したのは聖女だ。

「あはん……、はん……、んんっ……」

 艶めかしい喘ぎ声を響かせる。聖女もまた瘴気に順応した。

「リリナ! 何が起きたんだ!?」

 剣士が聖女リリナに呼び掛けるが、リリナの耳には入ってないらしい。

 リリナはじれったそうに服の上から自分の胸を揉みしだきながら喘ぐ。簡単には中に手を入れられない服の構造なのだ。

「そんな……、こんなことって……、あふん……」

「リリナ! しっかりするんだ!」

 剣士はなんだかんだ言いながらもリリナの痴態を凝視し、鼻息を荒くする。自分以外のパーティメンバーを女性で固めるハーレム野郎がスケベでない筈もない。今まで常に聖女らしく振る舞っていたリリナが痴態を晒すなど初めてのことだったので、興味も興奮も一入(ひとしお)なのである。

 そんな視線に気付いているのかいないのか、リリナの痴態は激しさを増す。

「あん、ああん、あん……」

 そして遂には自らの服を引き破り、おっぱいを人目に晒したところで「魔王さまぁん!」と一際大きな嬌声を上げて気を失った。幸せそうに時折ピクンピクンと身体を痙攣させる。

 その様子に辛抱堪らなくなったのが剣士である。

「ぐあああ!」

 興奮に合わせて一気に瘴気に汚染された。それと共にどろっと肉体が融けるように崩れ、ゲル状の肉の塊になった。剣士は瘴気に順応できなかったのだ。

「カーミット殿! 何たること……」

 頭を押さえながらも周囲に注意を払っていた騎士は剣士カーミットの様子を目撃して嘆いた。

 ところがその嘆きに応えたのでもないだろうが、カーミットだった肉塊が脈を打つように蠢いて肥大する。団子状に丸まり、上部から何かを探るかのように突起物を出す。そして幾度か左右に揺らめいた後、リリナの方に向かって止まった。

 騎士が嫌な予感に従って肉塊とリリナの間に割り込むように立ち塞がるのと、肉塊がリリナに向けて飛び掛かるのは同時だった。

「カーミット!」

 肉塊にまとわり付かれながら呼び掛けるが、何も応えは返らない。首を巡らせれば肉塊に絡みつかれた部分の鎧が溶け掛けている。性質からすればスライムだ。カーミットはスライムに成り果ててしまったのだ。そしてこの調子で溶かされれば直ぐに身体(からだ)まで溶かされるように思われた。

「リリナ殿!」

 自分が犠牲になっている内にリリナだけでも逃げて貰おうと呼び掛けるが、リリナはまだ気を失ったままだ。

「エミリー殿!」

 それならば自分諸共で構わないからカーミットだったスライムを滅して貰おうと呼び掛けるが、エミリーも濃くなりすぎた瘴気のためか、気を失っていた。

 騎士には打つ手が無く、覚悟を決めるしかない。そしていよいよ経験の無い感触の何かが肌に触れた。

 ところが何かが肌に触れる感触は増え続けるものの、一向に痛みは感じない。それどころか奇妙なくすぐったさを感じる。

「あん……」

 変な声が出た。スライムに性感を刺激されているのだと、ここで漸く悟る。

「いくらカーミットだったものとは言え、スライムに陵辱されるなど、何と言う屈辱!」

 なぜか芝居がかった口調。何とも余裕だ。身動き取れないとは言え、苦痛は無く、時たまでながら快感を与えられているために危機感も薄まってしまっているのだ。いつしか頭痛も消えている。そう、騎士もまた瘴気に順応していた。

「愚かしいことだ」

 魔法結晶を投げ渡して以降は黙って成り行きを見守っていた魔王が感想を言った。

 魔王の言葉は特に誰を指してと言うものではなかったのだが、騎士は自分に言われたと思ったらしい。悔しげに叫ぶ。

「くっ、殺せ!」

 その瞬間、騎士が全身から光を発し、爆発した。……ように見えた。

 爆発は確かに起きたのだ。それによってスライムは吹き飛ばされた。しかし騎士自身の白い肌は無傷である。これは客観的にも視認できる。そう、騎士はスライムに絡みつかれていない僅かな部分を残して鎧や服を全て溶かされ、ほぼ全裸の状態にある。だから傷が付いていれば一目瞭然なのだ。

 自分の姿に気付いた騎士がしゃがみ込んで両腕で胸を押さえる。

「な、何と言う屈辱!」

 しかしその口調はどこか芝居がかっていて、顔を上気させている様子からは悦んでいるようにしか見えないのであった。

 そして魔王は冷ややかに見やる。僅かな布や金属の切れ端を身体にまとわり付かせているために完全な全裸よりむしろ猥褻に感じられる女騎士、おっぱいも露わに恍惚の表情で気を失っている聖女、絶望に歪めた顔のまま気を失っている魔法士、スライムと化した剣士。スライムは騎士に吹き飛ばされたが無事で、傷を癒すかのように隅で丸まってじっとしている。

 魔王は特には何もしていないのに勝手に自滅した彼ら。意味不明にも程があると言うものだ。

「もう一度言う。命が惜しければ直ぐに立ち去れ」

 言ってみてから魔王は自身の言葉の無意味さに気が付いた。瘴気によって死に至ることを考えてのことだったが、女三人は順応したらしく、男一人はもう手遅れである。しかし言い直したりはしない。

 暫くして、騎士は魔王が動かないのを見ると、リリナとエミリーを両脇に抱えて魔王の許から立ち去った。


 ここは魔王が作ったダンジョンの最奥で、魔王が発する瘴気に満ちている。瘴気からは魔物が生まれ、魔物はダンジョン内を闊歩する。強い魔物ほど濃い瘴気を必要とするので、自然に奥に行くほど魔物も強くなる。瘴気はまた生き物を半魔と言うべき魔物にする。多くはその変化に耐えられずに絶命するが、少なくない数が生き残る。その時、極めて少数ながら肉体に何の変化も起きない場合もある。肉体に変化が無ければ魔物になったかどうかは外見からは判らない。瘴気の中では少し力が強くなる特典が付いたくらいのものである。

 そして女三人はその極めて少数の例となったのだった。


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