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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第九章 魔王はここに
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第百六話

 エミリーは呻くような声を出した。

「何が起きたってんだ……」

 空を駆けるゴンドラの前方で魔の森が炎上、煙を高く立ち上らせている。目測ではちょうどログリア帝国の帝都跡の辺り。

「行ってみないことには判らないわ」

 応えるシーリスの声音も固い。

 火元を確かめるために徐々に高度を下げながら接近する。炎上しているのは紛うこと無き帝都跡だった。それもゴンドラを停泊させていた一角だ。

「ゴンドラは……居ねぇぞ!」

 煙を避けて旋回してみてもゴンドラが見当たらない。どこに消えたか探していると、ほぼ真下から多数の攻撃魔法が押し寄せて来た。

 シーリスはすかさず防御魔法で弾く。そしてその攻撃元を探るが、魔法を放つような魔物の気配は感じられない。ここを一旦遠ざかり、船体を傾けつつ大回りに旋回して攻撃を受けた地点の地上を眼下に捉える。見えるのは揃いの格好をしてわらわらと動く人影だ。

「ありゃ、軍隊だぜ!」

「どこのどいつがこんな所に軍隊を送り込んだってのよ!」

 その叫びに応えるように、シーリスの瞳は見知った二人の人物を捉えた。第三皇子コルネースと騎士フーバである。

 この二人が何故ここに居るのか疑問は有る。しかし火災の原因が彼らにあるのがほぼ確実と判った以上、原因や理由を究明するよりも先にすることが有る。探索範囲を広げて魔力を探る。

 そして見付けた。

「上ね!」

「上だ!」

 シーリスとエミリーはほぼ同時に叫んだ。リリナ、オリエ、クインクト、そしてサーシャの魔力は遠くからでも判るほどに強い。そんな魔力が持ち主が遥か上空に留まっているなら彼ら以外には考えられない。

 シーリスはゴンドラを上空へと駆け上がらせた。

 中型ゴンドラは直ぐに見付かった。遠くからでは煙に紛れてしまって見えなかったのだろう。

 直ちにシーリスがゴンドラを接舷させ、エミリーが飛び移ってゴンドラ同士を(もや)う。シーリスが移動(ムービング)で乗り移った頃にはエミリーは既に船内へと駆け込んでいる。僅かに遅れてシーリスも船内へと入った。

 リビングに居たのはノルトだけ。

「エミリーさん! シーリスさん!」

「おい! 何があった!?」

「いきなり攻撃されて、ルセアさんが!」

「ルセアに何かあったの!?」

「とにかくこっちへ」

 ノルトは応えるのももどかしいとばかりにルセアの許まで二人を先導した。

 一目見て、シーリスは硬直し、乾涸らびたような声を漏らす。

「ル……セア……?」

 ルセアは左腕の肘から先が千切れ、左脇腹に木片が突き刺さり、左の頬にも木片が刺さっている。リリナが必死に治癒魔法を掛けているが、出血を止めるだけに留まっている様子だ。そんな状態でありながら、窓が壊された部屋の床に寝かされたままになっている。

 壊れた窓にはシーツが張られていて、それが間違っても飛ばないようにとオリエが押さえているが、隙間風は吹き込んでいる。ルセアの身体に障るのは明白だ。しかしこれも下手に動かして致命的なことになることだけは避けようとした結果だと説明されれば、シーリスも納得するしかない。

 エミリーは取るものも取り敢えず、その状況を改善するべく風魔法で吹き込む風を止め、火魔法で室内の保温をする。そして治療を続けるリリナに問う。

「リリナ! もっと何とかならなかったのか!?」

「無理ですわ!」

 リリナはエミリーの問いに叫ぶように答えてから、糸が切れたように項垂れた。

今の(・・)あたくしには無理なのです……」

 リリナは聖女ではあるが、秀でているのは治癒魔法よりも防御魔法であった。主に影響しているのは使用頻度が段違いだったこと。リリナ、オリエ、エミリーは魔王に出会う前でも負傷から縁遠く、治癒魔法を使う機会が少なかった。その一方で、負傷する可能性が有れば予めリリナが防御魔法を使っていた。嘗ての、あるいは今も仲間であるカーミットが三人より遥かに強かったことも負傷から縁遠かった理由だ。殆どの場合、彼の活躍によって負傷する前に片が付いたのだ。そうしたことから、使う機会が少なかった治癒魔法の能力は防御魔法ほどには伸びていない。それでも一般に聖女と呼ばれる水準からは格段に高い能力は持ち合わせている。千切れた腕を片手間に繋げられるほどではないだけなのである。

 今、リリナが全力で行っているのは出血を止めて延命させることだ。僅かな余力で怪我そのものの治療も行おうとしているが、思うようには捗っていない。結果的に初動が遅れたのも影響している。

「お姫様はどうした?」

 リリナは頭を振った。

「その怪我を見て怖じ気づいたようだ」

 答えたのはオリエであった。オリエには若干の認識違いが有るが、見解は概ね正しい。

「チッ! 所詮は温室育ちかよ」

 エミリーはサーシャの力を直接見たことが無いので、それ以上の感想は無い。

 その一方、ルセアの惨状に言葉を失っていたシーリスは、サーシャの力ならルセアを治療できるだろうことを知っている。引き摺り出してでも治療させたいところだ。しかし、引き摺り出したところで治療などできないことは過去の経験から知っている。

 聖女の心は壊れやすい。治療して完治させた途端に患者が亡くなってしまうと言う、聖女にとっては大いなる矛盾に心を病むのだ。サーシャもそんな経験をしたことを、現場に立ち合っていたから知っている。だから何も言わない。言えない。

 だが、心の中には嵐が吹き荒れる。ルセアとは最近あまり話をすることも無かったのは事実だ。直接話しても半分くらいしかお互いに通じないために話す機会自体が減った。しかし多少疎遠になりつつあったとしても、大切じゃない訳じゃない。今の時代に召喚されて来てから最初に優しくしてくれた人物なのだから特別だ。あの場にルセアが居なかったなら、あの場に居た者を皆殺しにして、それこそ魔王のように振る舞っていたかも知れない。あの時シーリスを人に留めたのはルセアと言っても過言ではない。そのルセアの命がリリナの魔力が枯渇するのに合わせて消えようとしている。

 この時シーリスは自分の中で何かがミシリと歪み、砕けて消えるのを感じた。

「ふふふふふ……」

 シーリスは嗤い声を漏らす。

「ねえさん?」

 声に気付いたエミリーがシーリスを振り向くが、シーリスの顔に浮かぶ酷薄な表情に息を呑んだ。

「魔王の気持ちが今頃になって少し解るなんてね……」

 確かにシーリスは嘗て大切にしていた人々を魔王に殺された。その前にはラインク王国に人質同然にされた。しかし、魔王には、それが過剰であったにしても復讐されただけだと理解しているし、ラインク王国には結果的に殺されていない。魔王のようにただただ理不尽に奪われた訳ではない。

 それを実感した。そして魔王がいかに理不尽に奪われていたかを理解した。

 シーリスはふらふらとリビングへ、その先へと向かう。

「ねえさん!?」

 エミリーの呼び掛けにも応えること無く、甲板へと消える。

「リリナ! ほんとにどうにもならねぇのか!?」

 リリナは奥歯を噛み締める。

「ここではどうにもならないのは間違い有りません」

「そうか……」

 エミリーが諦め駆けた時、リリナは言葉を繋ぐ。

「しかし、あそこであれば、あの方のお側であればあたくしの力も及ぶと思います」

 あの方とは魔王のことである。魔王の傍は瘴気が強く、瘴気が強いほど半ば人間を辞めているリリナの能力が上がる。瘴気と相反するようでありながらも治癒魔法の能力もだ。千切れた腕を繋げることは勿論、再生までもが可能かも知れない。

「そうか! あそこならカーミットも居る!」

 リリナの答えにいち早く反応したのはオリエだった。

「カーミット?」

「ああ。あんな姿になっていても、カーミットは女性に優しいんだ」

 エミリーからはオリエがスライムと化したカーミットに劣情のまま弄ばれているようにしか見えていなかったが、オリエはそれだけではなかったのだと言う。

「彼ならきっと助けてくれる」

 エミリーは僅かな時間、目を瞑って考え、結論を出す。

「じゃあ、準備をしておいてくれ。あたしはねえさんを捜して来る」

「ちょっと待ってくださいな」

 甲板へと走ろうとするエミリーをリリナは呼び止めた。

「何だ?」

「先にルセアさんを別の部屋に移してくださいな。もう日が暮れようとしてますのに、このままエミリーさんが行ってしまったらルセアさんのお身体に障ります」

 エミリーが行ってしまえば彼女が魔法で賄っている風防と保温が途切れてしまう。

「そうだったな……」

 エミリーは直ぐさま尚かつ慎重にムービングでルセアを浮かばせると、ゆっくりとルセアの部屋の向かい、シーリスの部屋へと移動させる。そしてゆっくりとルセアを仰向けにし、左半身が手前側になるように向きを変えてベッドに寝かせた。

 これならリリナの負担も少し軽くなる。

「ありがとうございます」

「おう」

 軽く返事をするだけで、エミリーは外へと走った。

「あのー」

 一応間を読んで、リリナ達の話とルセアの移動が一段落したところで声を掛けるノルト。

「『あの方』とはどなたでしょう?」

 最早リリナは隠さない。

「勿論、魔王さまですわ」

 ノルトは絶句した。


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