プロローグ
魔王は微睡み続ける。幸せだった時が色褪せないよう、繰り返し繰り返し思い出しながら。
勇者が現れた。剣を構える。その両横に一人ずつと後ろに二人の彼の仲間もそれぞれの武器を構える。
勇者から見た魔王は背もたれが半ばまで倒れた椅子に座っている。その奥には台座のような形に闇が凝っている。
「世界に仇なす魔王! その命、貰い受ける!」
呼ぶ声に、魔王はゆっくりと目を開ける。凝った闇を後ろに抱えるように立ち上がり、勇者らを認めて言葉を紡ぐ。
「何を吹き込まれたのか知らぬが、不意打ちをしなかったことに免じてこのまま引き返すなら命を助けてやろう」
「子供の使いじゃない! こんなところで引き返せるものか!」
「愚かな」
「行くぞ!」
勇者の掛け声に合わせて後方の魔法士が身の丈を超える火の玉を放つ。真っ直ぐ魔王に向かうその火の玉の後ろを勇者は駆ける。火の玉を目眩ましとし、その着弾で魔王が怯んだところを一気に叩く意図を含んだ行動だ。
ところが魔王が手を軽く振って巻き起こした旋風に火の玉が巻き込まれ、そのまま火を伴った旋風が勇者に迫る。勇者は咄嗟にバックステップを踏んで逃れるが、旋風はその仲間に向けて進む。それを魔法士が全力で旋風を放って相殺する。
「ば、馬鹿な……」
肩で荒い息を吐く魔法士。今の防御のために魔法力の大半を使い果たしてしまったのだ。
「くそっ! これほどとは!」
頼みにしていた魔法士がほぼ無力化されたことから、勇者は焦りを見せる。
だが、警告を無視した相手に魔王の慈悲は無い。魔王は再び手を軽く振る。
目映い稲妻。それと共に地響きのように轟く激しい雷鳴。
一瞬で勇者ら五人が身体から煙を吹き出して地に臥した。
「愚か者め」
魔王は火の玉を発して動かなくなった勇者らの身体を灰にする。
そしてまた椅子に横たわり、ゆっくりと目を瞑った。