第一話
俺が通い始めて一か月ほどになるこの学校の中庭には自動販売機が置いてある。一般にあるものよりとても安く購入できるので、見つけてからは大抵昼食後にコーヒーを買い、予鈴が鳴るまでのんびりしている。今日も例にもれずコーヒーを買いに来たのだ。
「うわ、売り切れてる」
いつも飲んでいるブラックコーヒーには売り切れの赤いランプが点灯していた。仕方なく隣にあるカフェオレを購入する。それと同時にカフェオレのボタンにも売り切れのランプがつく。
「カフェオレもこれで売り切れか、補充ちゃんとされてるのかここは」
カフェオレを取り出し口から取り、中庭に置いてある椅子に向かう。すると、後ろに並んでいた女の子と目が合った。たまにここで見る子だ。顔を正面から見るのは初めてだが結構可愛い。だが心なしか落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。もしかして、カフェオレ買いたかったのかな。このまま無視して去るのもどうかと思うので声をかける。
「あの、もしかしてカフェオレ買いたかった……?」
「いえ、大丈夫です。他のものにするので」
買いたかったんですね、わかります……。うーん、譲るか。もともと飲みたかったのはブラックなんだし、この状態で立ち去るのはなんだか決まりが悪い。
「よかったらこれあげるよ、俺が飲みたかったのはブラックで代わりに買ったものだし」
「えっ……いいですよ、悪いです」
「気にしないで、貰ってくれたほうが嬉しいから」
「ありがとうございます……それじゃあ、今度お返ししますね」
「いやいや気にしなくていいからね、それじゃあまた」
半ば強引に押し付けてその場を去る。中庭に居ても飲むものがないし、今更買いに戻るのも格好がつかないので教室へ向かう。
「あれ、颯太、中庭に行ったんじゃなかったのか?」
廊下を歩いていると修斗から声がかかったので、そちらに向かう。
「コーヒーが売り切れてたんだよ。全く、ちゃんと補充くらいしてほしいね」
「中庭の自販機は人気無いからな、補充が来る回数も少ないんだろ」
「マイノリティのこともちゃんと考えてほしいよ。まあそういうわけで、コーヒーなしで座って居るのもちょっとどうなのって思ったから戻ってきた」
「みんなはグラウンドに遊びに行ったけど行く?まだ昼休みあるし暇でしょ」
「どうしよう……。行ってもいいし、教室戻って二人で話しててもいいかも」
「せっかくだから行こうぜ。体育くらいでしか体動かさないし、もうちょっと健康的な生活を送ろう」
「健康的ね、わかったよ。行こう」
「そうと決まったら急いで行くぞ。昼休みは有限なんだ」
修斗が勢いよくグラウンドに向かって駆け出す。
「颯太、何突っ立ってんだよ。早く行くぞ」
「早すぎるんだよ……」
文句を言いながら、俺も駆け出す。廊下を走ってはいけないんなんて校則は、ようは危なくなければいいのだ。安全に気を付けて走ればいい。
廊下を走り抜け階段を一段飛ばしで駆け下りる。階段を降りきったところでさっきの女の子とすれ違った。振り向くと相手もこちらを見ている。
「あ、あの……」
「さっきのことは本当に気にしなくていいから!じゃあね!」
こういう時は先手必勝、こちらから声をかけ、そのまま走り去る。
「さっきの子と知り合いなのか?」
「昼休みに中庭で少しね」
「へぇ〜」
「なんだよその意味深な顔は。あの子のこと知ってるのか?」
「いーや、知らないね」
下駄箱で靴に履き替えながら修斗からさっきの子のことを聞かれる。この顔は何か知ってそうだな。
「勿体振るようなことでもないだろ」
「さあね。あそこにいるから早く行って混ざろう!行くぞ!」
「ちょ、俺まだ履けてない!」
慌てて靴を履き修斗を追いかける。あの子のことはまた今度聞き出そう。
☆
お昼休みの習慣でカフェオレを買いに行ったら前の人で売り切れてしまったけれど、最後の1つを買った男の子が私にそれをくれた。なんとかお礼をしたいなと思っていて、その機会もあったのに逃してしまった。
「美雪戻って来るの早いね、何かあったの?」
彼は外に遊びに行ってしまったようだったので、仕方なく教室に戻ってきたのだけど友達に不思議がられてしまった。
普段、お昼ご飯が食べ終わってからは休みが終わるまで中庭に行っているからだろう。
「ちょっと色々あってね、気が向かなかったから早めに戻ってきたの」
「なになに、お姉さんが聞いてあげるから話してごらん」
「何がお姉さんよ、同い年じゃない」
「美雪ちっちゃいからお姉さんでいいの。とにかく何かあったんでしょ? 教えてよ」
「いうほど私は小さくないでしょう。あなたが大きめなのよ」
不本意な言葉に苦言を呈しつつ先ほど起こったことを話す。
「優しいじゃん、その人。別にお礼言ったならお返しとかしないでいいと思うけど」
「葵は適当すぎるのよ。彼が飲みたくて買ったのに私が貰っちゃったんだから、今度ちゃんとお返ししないと」
「律儀だな〜」
葵が私の頭を撫でて来る。自分の背の低さを感じるから撫でられるのは嫌いなの知ってるのに事あるごとに撫でてくる。
「これくらい普通ですぅ」
「怒らないでよ。お返しって何にするの?」
「今度私が彼に飲み物を買って渡そうと思っているわ」
「今度ってそれ会える保証ないじゃん……」
「あっ……」
完全に失念していた。私みたいに習慣でいくような人じゃなければあそこには滅多にこないはず。
「ま、まあ美雪ほとんど毎日行ってるからきっとその人とも会えるよ!」
「そうなることを祈ってるわ……」
「学年とかクラスとかはわからないの?」
「ちょっと会話しただけだし全くわからないわ」
「それじゃあ通いつめて会える日を待つしかないね」
「そうね」
早く会えるといいのだけれど……。