昨今、ヤンデレの不法投棄による環境汚染が問題になっています
フィーネに指定された解放地点……双眼鏡で観察していた水無月さんは、頭を振った。
「大丈夫みたい。周辺にフィーネたちの姿は見当たらないし、砂浜に細工が施されたような形跡もなし。
あるのは――」
海中から突き出ている三本の十字架、そこに縛り付けられているのは、俺の妹と宗教のやべーやつだった。
「センスの悪いオブジェクトだけ」
「わかりやすい脅し文句ですね。海面がもう顎あたりまできているから、数時間待たずして、アイツら海中生物になりますよ」
「解放地点を教えるという約束は果たした。確かに邪魔立てもしてないし、解放地点にノコノコとやって来た時点で、条件なしであのふたりをわたしたちに返すという言葉に嘘偽りはなくなる」
水無月さんは、嘆息を吐いた。
「アキラくん、魚にエサをあげたい気分だったりしない？」
ヤンデレなんか食ったら、腹壊すだろ！ 自然を大事にしろ！！
「フィーネの別荘を出る前、地下の倉庫をチェックしてたよね？ なにかもってきたの？」
「えぇ、まぁ、いろいろと」
ペットボトルに移したトロピカルジュースを一口飲むと、真顔の水無月さんに奪われて、飲み口に熱烈なキッスを頂く。
「はい、返すね」
「わぁ～ありがとうございまぁすぅ～！」
熱帯風じゃなくて狂愛風になっちゃった～☆
「今後は、わたしと粘液接触してないペットボトルに口をつけないでね」
ナメクジみたいな習性してんなお前。
「とりあえず、あのふたりを助けてくるよ。次いでに息の根も止めてくる」
相反するレスキュー魂。
上着を脱いで柔らかそうな胸を晒した水無月さんは、オフショルダービキニのヒモを直してから、俺の視線に気づき頬を赤く染めた。
「ど、どうかな……」
「可愛いですよ、とても。ゆいによく似合ってます」
「そうだよねそうだよね！ アキラくんが選んでくれた水着だもんね！ お母様とデパートで買い物中、淑蓮ちゃんが水着選んでる最中に、2.8秒間も視線を注いでたお気に入りの水着だもんね！」
う～ん、もう可愛く見えない！
水着姿になった水無月さんは、入念に準備体操をしてから砂浜へと向かった。俺たちが目視範囲内に入ったのか、十字架にかけられし罪深どもが騒ぎ出す。
「お兄ちゃぁあああああん！！ 愛してるよぉおおおおおおおおお！！ こんな塩辛くなった私でも、愛してくれるぅうううううううううううう！？」
俺、塩辛、嫌いなんだよね。
由羅は由羅で、なにやら必死に叫んでいたが、いかんせん元々の声量が少なくて浜辺まで届かない。ただ、淑蓮が殺意を籠めた目線を向けたので、ろくでもない内容であることだけはわかった。
「それじゃあ、行くけ……ゃ」
耳打ちすると、妙にエロエロな声を出す。
「ダメだよ、アキラくん……耳朶から堕とす気……？」
耳朶から堕とすという言葉を、生まれて初めて耳にしたよ。
俺が耳打ちする度に身をくねらせるので鬱陶しくて困ったが、核心に触れた瞬間に背筋が伸びて声のトーンが落ちる。
「……なるほどね」
鋭い目つきで周囲を見回し、水無月さんは不敵に笑う。
「狙いはソコか。アキラくんは、ソレを疑っていたからこそ、地下倉庫に行ったんだよね……さすが、わたしの旦那様。好き」
いや、単にトロピカルジュースが飲みたくて。結局、冷蔵庫の中にあったけど。
準備を整えた水無月さんが、唇を突き出して出発のキスをせがんできたので、いつものように彼氏とキッスさせてやる。それを見ていたふたりのギャラリーは、実に嬉しそうに囃し立てた。
「淑蓮ちゃんと衣笠さん……意外と仲良くできそうかも」
いとあはれなれ(古語)。
入水した水無月さんは、さすが万能優等生と言うべきか、荒波を物ともせずにスイスイと泳ぎ始める。プールと海では勝手が異なる筈だが、完璧主義者的なところもあるし、海水浴場での遊泳も嗜んできたに違いない。
「がんばえ～！ みなつきしゃん、がんばえ～！」
ヤンデレがいなくなったことで、調子こいて幼児化した俺が、なまこを振って応援していると――いきなり、水無月さんの姿が掻き消える。
「はえぇ！？」
わたわたしているうちに、背後から物音がして――
「Hi, Darling♡」
満面の笑みを浮かべた悪魔が現れる。
「もしかして、お困りかと思って……来ちゃった♡」
いつまでも、水無月さんは浮かび上がってこない。十字架に縛られたふたりは、救出に向かっていた彼女が沈んだ辺りを見つめ硬直していた。
波濤に揺られる海面……その下に、“なにか”がいる。
「ダーリンは、命を天秤に懸けた取引をしたことがある？」
笑みを貼り付けたまま、横合いから彼女は俺を覗き込む。欠片も笑っていない、アクアマリンの瞳で。
「フィーは」
俺の耳朶に、艶めかしい吐息が吹きかけられる。
「あるよ」
地獄の入り口みたいに――愉しそうな口が、真っ赤に裂けていた。
短編作品、『ひなたの吸血鬼』を書かせて頂きました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
