えっ!? この状況から繰り出せる逆転の一手があるんですか!?
「どうして、パパはこんなに強いの?」
父の膝の上に座り、インターネットチェスを眺めていたフィーネは、父親が〝一度足りとも負けたことがない〟ことに気づいて疑問を上げた。
「簡単なことだよ、フィーネ。勝負をする前に、彼らは既に負けているんだ」
「まけてる? どぅゆーこと?」
慈愛溢れる笑みを浮かべたパパは、フィーネの頭を優しく撫でて、目を細めた彼女にささやきかける。
「このゲームはね、一定時間以上のプレイヤーの離席を確認すると、グランドマスター……チェス選手の最高位のタイトルレベルの腕前をもつAIが、自動的に最前手を打ってくれるようになっているんだ。
だから、肝心要の時、パパの打つ手に対して、そのことを知らない相手は為す術がないんだよ」
「つまり、ズルをしてるの?」
フィーネの率直な感想に父親は笑いながら「いや、〝正攻法〟だ」と言って、身体を預けているフィーネを抱きしめる。
「世の中には、ルールがある。そのルールにさえ則っていれば、〝全ては正義〟なんだよ。パパに負けていったプレイヤーは、殆どがこの仕組みに気が付かず、もし敗北を喫した後にそれを知ればパパのことを詰るだろう。
だが、彼らは敗北していて、多かれ少なかれその代償を支払うこととなる……コレは、ただのゲームだけれどね」
大きくて暖かな掌。頭を包み込まれたフィーネは、唯一無二の心から敬愛している父親を仰ぎ見る。
「フィーネ、勝てない勝負に挑んではいけないよ。
この世界には、想像もつかないような〝汚いもの〟が潜んでいる。だから、常に警戒していなければならない。大切なものを守るためには、戦わなければいけないこともあるからね」
「でも、絶対に勝てる勝負だと思ったのに負けちゃったら?」
「そうだな、その時は……きっと、その相手は、フィーネよりもずっとずっと、大切なものを背負っているんだろうね。
僕の可愛くて賢いフィーネを打倒してしまうほどに、真摯で強烈な想いを抱えているのかもしれない」
最愛のパパは、微笑んで彼女にささやいた。
「フィーネ、どうか幸せに。パパに守ってもらわなくても、強かに生きていられるように。笑って、最愛の相手と日々を過ごせるように」
フィーネの記憶の中で、パパは笑っていた。
「パパは、心から願っているよ」
与えられた時間は30分――その時間がなんの意味ももたないことを、俺はようやく知った。
よーいどん! で駆け出した俺の行く手を阻んだのは、有刺鉄線と民間軍事会社の傭兵たちで、なけなしの百円玉で買収を試みたものの「ノォ!!」という力強い叫びで拒否される。
正直言って、ココまで用意周到だと笑えてくるな。移動経路を完全に塞いで、俺を逃げられなくする気らしい。距離計が搭載された腕時計によって俺の行動を縛っていたのも、この仕組みがバレないように見張っておくためだろう。
勝敗は勝負の前に決していたわけか……選択する云々で悩んでいた、俺のロマンチックを返して欲しい。
「こうなったら仕方ないな、キャンプでもするか」
諦めた俺が屈強な兵隊たちの前でバーベキューの準備を始めると、彼らは「what the fuck!?」と謎の賛辞を送ってくる。
雨のせいか、拾ってきた薪に火が点かないので途方に暮れていると、哀れに思ったらしい外人諸君が謎の木部繊維の塊をわけてくれた。
無事に焚き木を作り出した俺が、フィーネ邸から盗んでおいたカニ缶を温めていると、アサルトライフルを担いでいるおっさんたちにジロジロと視姦される。
「Are you crazy boy?」
Are you Sukebe boy?
二人組の傭兵の前でカニ缶を啜っていると、彼らは顔を突き合わせて内緒話を始め、対抗した俺はカニ缶とひそひそ話を始める。
困惑を形相で示した彼らは、まるで俺の正気を疑っているかのように後ずさりし、無線を取り出してどこかと連絡を取り始める。
そろそろ頃合いだなと思って腰を上げると、アラームが鳴り響き――漆黒の衣装に身を包んだフィーネが、大名行列よろしく、大量のお供を連れて現れた。
「ダーリン! 探したんだよ、どこにいたの? フィー、あまりにも心配で、ダーリンとの結婚式場を押さえちゃったんだから!」
相手を思いやる心が、拒否権のない結婚を招くんだね~! アキラ、知らなかった~!
「ハワイでいいよね?」
頼むから、主語は大事にしようぜ!
「それじゃあ、ダーリン、フィーと一緒に行こ――」
「そこで止まれ」
俺の発した命令に、フィーネは凍てついた表情で足を止めた。
「正直言って、俺は何もかもがお前の計算通りに動くのが〝気に食わない〟。せっかく、〝選択〟の機会を自分自身に与えて決めさせようとした直後だったのに、宙ぶらりんになった俺の儚い気持ちはどうしてくれる。
こんなことまでされたら、俺に選択の余地はないだろうが」
「でも、コレは、そういうルールのゲームでしょ? ゆいたちは負けちゃったんだから、ダーリンはフィーのものにならなきゃ」
裏を感じさせる満面の笑みで、フィーネは両手を広げる。
「ダーリン自身だって、納得したじゃない」
「あぁ、納得した。だがな、フィーネ。お前は、〝まだ勝ってない〟ぞ」
「……この状況を覆せる一手があるとでも?」
「繰り返すなよ。頭が良いんだろ?」
パーカーのポケットに手を突っ込んだ俺は、泰然自若として御一行を見回し、恐れを感じたかのように連中が一歩下がる。
「わかるヤツはわかるみたいだな。俺の逆転の一手が」
「有り得ない。完全に包囲されたこの状況下で、ダーリンがこの場を脱せられる可能性は万にひとつもない」
「フィーネ、お前、負けたことがないだろ?」
図星だと言わんばかりに、フィーネの瞬きの間隔が短くなる。
それを見た俺は――笑った。
「だからこそ、俺の〝秘めた力〟に気づけないんだ。内心では侮っているから、俺がココから逃げ出せないと信じ込んでいる。
俺を舐め腐ってるその傲慢が、お前にとっての命取りだ」
「絶対に、ダーリンは、ココから逃げられ――」
「フィーネ」
俺は、彼女の言葉を遮った。
「今から、お前に敗北を教えてやる」
身構える民間軍事会社と執事たち、フィーネは後ろに下がって防衛網に逃げ込み、場は異様なくらいの緊張と静寂に包まれて――
「たすけてぇええええええええええええええええええええ!!! うんやせんせぇええええええええええええええええええええええ!!!」
ヤンデレの中心で、助けてと叫んだ。
短編作品、『ものぐさ聖女様は、勇者の処刑を所望する』を書かせて頂きました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。




