遺伝子学的にあなたが好き♡
「ルールを説明する」
水無月さんたちに投げ渡されたのは、俺が今身につけているものと同じ腕時計……脱走を危惧したフィーネが用意した〝脱走防止装置〟だった。
「その腕時計には、GPSと距離測定器が内蔵されてる。ダーリンの着けている時計とペアリングされていて、〝目標を中心にして10m圏内〟に入ると、自動的にアラーム音で知らせてくれる仕組み」
「へー、信じられませんね。とりあえず、ソースコード見せて下さい」
「You don't have to ask」
淑蓮の持ち込んだノートパソコンと接続が行われ、何やらよくわからないプログラミング言語を高速スクロールで確認した妹は、つまらなそうな顔をしてから「内面とは違って、綺麗なソースコード」と皮肉を言った。
「お兄ちゃん、着けてる腕時計貸して? 勝負中に遠隔操作でソースコードを書き換えられたら困るから、こっちの操作でロックをかけ――」
「ダメよ、お姫様」
俺の腕時計に触れた淑蓮の手に、フィーネは恭しくストップをかけた。
「そちらで書き換えられて、ロックをかけられたら手出しできなくなるもの」
「なら、不正してないって証拠を出してくださいよ」
「自分を省みなさい」
怪訝な顔をした淑蓮に対し、フィーネは月の女神もかくやと言った、美しい微笑を浮かべる。
「雑魚相手に小細工は必要ない」
「不必要なのは、不細工じゃないんですかぁ?」
砂浜であぐらをかいてうどんを啜っている俺の肩を揉みながら、由羅が「あ、あの……」と口を開いた。
「と、とりあえず……ルール説明を続けてもらったほうが……いいと思う……い、色々、考えるのは後からで……」
「わたしはもういい。ここまで聞けば、大体はわかるから」
青ざめた顔をして、片時もフィーネから目を離そうとしない水無月さん。その珍しい姿を写真撮影していると、本人から自画撮り写真(容量オーバー)が届いたので、彼女のファンクラブに高値で売りさばく(現代錬金術)。
「つまりは、アキラくんの意思に任せるってことでしょ?」
「You're right!」
マニキュアで爪の部分に描き直された親指の顔がブレて、指を鳴らしたフィーネは満足気にこちらへとウィンクをした。
「つまり、勝負内容は――」
「鬼ごっこ」
鬼ヶ島に集った鬼たちは、お互いに真顔のままで睨み合い、俺のうどんを啜る音が妙に響き渡る。
「フィーたちの腕時計と同じようにして、ダーリンの腕時計にも同じ機能が仕組まれてる。
ダーリンが、フィーやゆいに近づくと」
軽やかな仕草でフィーネが腕時計を装着した瞬間、俺の10m圏内にいた彼女からアラーム音が鳴り響く。
「こんな風に、アラームが鳴る。この音を手がかりにして、ターゲットを追いかけ、先に捕まえた方が美酒を味わう」
逆に言えば、俺がフィーネか水無月さんたち……どちらかを選んで、〝捕まえてもらう〟ことも可能だってことだ。だからこそ、俺の意思が介入する余地が生まれている。
フィーネが、雲谷先生に持ちかけたゲームと同じだ。
「敗北の代償は?」
「ダーリンに、一生涯近づかない」
唐突に張り詰めた空気――さすがの由羅も不安気に俺の方を見遣り、水無月さんは自分の腕に爪を食い込ませ、淑蓮は息と身じろぎを止めた。
そんな中、フィーネだけが笑っていた。
「さ、どうす――」
「やるぞ」
立ち上がった俺を視て、三人分の目が見開かれる。
「悪いがな、俺には俺の〝理由〟がある。いちいち、ハワイやらに連れ去られて、三十路教師に茶々入れられるわけにはいかないからな。
そろそろ、お前らに対して決着をつけたい」
真正面に立っていたフィーネは、涼し気な態度でニコリと微笑む。
「アキラくん……やっと、ゆいと結婚する気になってくれたんだね……」
「お兄ちゃん、やっと覚悟を決めてくれたんだね! 最後に笑うのは妹だって、古の時代から言い伝えられてるもんね!」
「あ、アキラ様……よ、ようやく、ボクと歩む気になってくれたんですね……ま、真理亜も喜ぶと思います……」
過去の行いを省みれば、自分が選ばれると信じ込めない筈だけどなぁ~? おかしいなぁ~?
「全員、参加、でいいの?」
三人のヤンデレは頷き、フィーネは嬉しそうに頬を染め――
「なら、私の勝ちだ」
嬉々として、彼女はスマートフォンを取り出す。
「もしもし、パパ!」
クリスマスツリーの下にある〝プレゼントの中身〟がわかっているかのように、はしゃぎながら通話を始めたフィーネは、電話口の向こう側にいる〝パパ〟へと甲高い声を張り上げる。
「フィー、勝ったよ! うん! 勝ったの! ダーリンは、フィーのものになったの! もう、誰も邪魔できないよ! うん、うん! フィーね、パパとダーリンと、ずーっとずっと一緒に暮らすの! 毎日毎日、パパとダーリンに甘えて、頭を撫でてもらうの! フィーは偉い子だから、パパもダーリンも褒めてくれるよね? ね?
そうしたら、もうパパはいなくなったりしな――」
唐突に飛来した〝水泳帽〟を避けるために、スマートフォンから顔を離したフィーネから電話が奪い取られ――投げ渡されたソレを受け取って、淑蓮は満面の笑みで〝電源ボタン〟を長押しした。
フィーネの顔面が殺意に彩られ、眼前の水無月さんに額を押し付け、小さなささやき声を発した。
「……経口摂取が、困難な身体にしてやろうか?」
「わたしを視なさい」
震えを隠すようにして、水無月さんはフィーネを睨み返す。
「まだ、カードは配られてすらいない」
「そうですよぉ。それと、言っておきたいんですけどぉ」
三人のヤンデレは、矢継ぎ早に口を開く。
「お兄ちゃんの細胞でご飯が食べられる私を――」
「アキラ様のゲノムDNAを保存しているボクを――」
「アキラくんの塩基配列で興奮できるわたしを――」
フィーネを睨めつけながら、ヤンデレーズは吠えるようにして叫ぶ。
「「「舐めるなっ!!」」」
やっぱ、フィーネ一択だわ。




