ロイヤルフラッシュは、ジョーカーを知らない
思えば、わたしたちは合せ鏡だった。
アキラくんに一目惚れした時――直ぐ隣で、フィーネ・アルムホルトが恋に落ちたのを感じていた。
恋愛的命題、『一目惚れは、恋なのだろうか?』
自分自身、彼に恋愛感情を抱いた時、どうして桐谷彰なんだろうかと思った。別に顔は格好良くないし、何時も一人でいることが多かったし、お昼寝の時間はもぞもぞと動く音がうるさかった。
でも、わたしとフィーネは恋に堕ちた。
隣を視た時、フィーネ・アルムホルトの顔は光り輝いて、歴史に名を残す芸術家によって魂を刻まれた〝作品〟のように艶めいていた。
あぁ、彼女は恋をしている。そして、わたしも同じ恋をしているのだ。
初めての恋愛感情は、どこか諦めに近い嘆息で示され、そのうちに彼を知る度にどんどん好きになっていった。
アキラくんの眠そうな顔が好きだ、アキラくんの笑っている顔が好きだ、アキラくんのつまらなそうな顔が好きだ、アキラくんの悲しんでいる顔が好きだ、アキラくんの悪巧みをしている顔が好きだ、アキラくんの夢を視ている顔が好きだ、アキラくんの家族を見つめる顔が好きだ、アキラくんの諦めている顔が好きだ、アキラくんの喜んでいる顔が好きだ、アキラくんの怒っている顔が好きだ、アキラくんの我慢している顔が好きだ、アキラくんの必死な顔が好きだ、アキラくんの顔が好きだ、アキラくんが好きだ、アキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんがアキラくんが好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。
父からの小学校受験の申し出を蹴って、近場の小学校に入学したのはアキラくんのためで、中学校受験もアキラくんの進路希望調査に合わせて、高校生活を一緒に過ごすためにアキラくんと同じ点数がとれるように〝工夫〟をした。
わたしは、もう幼稚園児じゃない。第二婦人で甘んじられるほど、大人じゃないし、わたしのアキラくんへの愛はこんなものではない。
彼のことを考えるだけで、胸が切なくなって、彼を失うことを考えるだけで、何もかもに絶望する。
始まりは一目惚れで、フィーネと一緒だった。
でも、今は違っている。始まりと終わりが同じだなんて、どうやったってあり得ない。それに一緒にゴールするなんて、わたしとフィーネじゃ考えられない。
だから、抗う。抗うしかない。
なのに、なのにどうして……どうして、震えているの……?
わたしは……どうして……
「アキラくんから離れて」
「『久しぶり』の一言も言えないなんて、しばらく会わない間に悪い子になっちゃったのね、ゆい」
当たり前のようにハワイ諸島へと現れた水無月さんは、俺を安堵させるかのように微笑みかけてくる。
「大丈夫だよ、アキラくん」
いや、なにも大丈夫ではねぇよ。
「わたしが来たから」
ヤンデレって、ゴキブリ並にどこにでも湧くよな!
「……民間軍事会社はどうしたの?」
「ぇ~? 当たり前のように、通してくれましたよぉ~?」
クローゼットが開いて、俺の妹が姿を現し、昼間に俺が着ていた服を装着してニコリと微笑する。
「う、雲谷先生が……い、居場所を教えてくれたし、と、島内に入るための……て、手引きをしてくれた」
長い黒髪で顔面を隠した由羅が、ベッド下から這いずり出てきて、ホラー映画染みた動きで垂直に立ち上がる。
「フィーの邪魔をす――」
「あ、動かないで下さいね」
フィーネがタンスへと寄りかかろうとすると、機先を制するかのように淑蓮が口を開き、ニコニコとしたまま謎の機械部品を掲げた。
「この建物に設置されていた通信機の類は、全て処理した後ですから。
民間軍事会社との契約内容も大体は確認しましたけど、完全に貴女の命令下にあるわけじゃないですよねぇ? 飽くまでも雇用主は〝パパ〟みたいですし、捕縛命令を出したところで雲谷先生に掻き消されちゃうんじゃないですかぁ?」
「ハハッ」
フィーネは、笑って――
「Gotcha」
クローゼットの裏の羽目板が外れると同時に、俺たちの世話をしてくれていた執事たちがその裏から飛び出し、瞬く間に淑蓮と由羅を引き倒して拘束すると、指示を仰ぐかのようにフィーネを見上げた。
「ごめんね、甘い子」
淑蓮の手から零れ落ちた機械部品を手に取り、しげしげと見つめた後、フィーネはつまらなそうな顔をしてそれを放り捨てる。
「コレが通信機だっていうことは合ってるけれど、フィーが仕込んでるのは全部、ブラフにしか過ぎないの。クローゼット内にある隣室と繋がっている通路に気づかれないために設置してるだけであって、切り札が民間軍事会社しかないだなんてあり得ないと思わない?」
フィーネは不可思議そうに小首を傾げて、身動きがとれない淑蓮の目元に、バタフライナイフの刃先を当てる。
「フィーは、ポーカーをやる時、必ず手札に最高の役がくるようにする。Aが欠けてもKが欠けてもQが欠けてもJが欠けても10が欠けても、絶対に勝負はしたりしない。蓋然性は要らなくて必然性のみを信じる。
フィーが勝者であることは、勝負する前から決定事項であることが必須条件」
俺の妹は恐怖など微塵も感じていないのか、ぱっちりとした目を見開いたまま、挑戦するかのようにフィーネを見つめた。
「お嬢さんは、なんの手札を連れてきたの?」
「手札なんて、連れてきてませんよ」
バタフライナイフを目玉に突っ込まれかけたまま、気だけは強い俺の妹は、凛とした声で応える。
「貴女に敗北を提供する、いかさまディーラーとしてやって来ました」
「それに、お前は〝ジョーカー〟を忘れてる」
ふわり――屈強な体躯をもった執事たちは、宙へと舞い上がる風船みたいに浮かび上がって、背中から地面へと叩きつけられ呻き声を上げる。
「ジョーカーを入れれば、最高の役はファイブカードだ」
煙草を咥えたまま、アンニュイな顔つきで部屋に入ってきた雲谷先生は、自分が片手でのした野郎どもには見向きもせずに、三人のヤンデレを見て嬉しそうに微笑んだ。
「コイツらは、並大抵の女じゃないぞ、フィーネ」
「……Fuck it」
不敵な雲谷先生、苛立ちを隠さないフィーネ、敵愾心を外に発しているヤンデレ三人組……その中心にいる俺は、腕組みをして言った。
「俺、帰っていいですか?」
「「「「「ダメ」」」」」
なんで?




