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ギフテッドの楔

 天才児ギフテッドと呼ばれる存在がいる。

 

 この言葉を知ったのは今更のことで、何も知らなかった幼稚園時代、一冊の本に書かれた内容を、一言一句間違えずに暗誦して見せたフィーネ・アルムホルトが、特別な存在だとは欠片も知らなかった。


「ゆい」

 

 彼女は、決して、大人の前で〝自分〟を見せなかった。


「あなたは、第二婦人よ」

 

 7✕7✕7のルービックキューブを、いとも簡単に組み立てながら、彼女はつまらなそうに吐き捨てた。


「親友であるフィーからのたったひとつの贈り物」

 

 彼女の友人として選ばれたわたし以外の子どもたちとは、フィーネは上辺だけの付き合いを続けていた。唯一、わたしだけが認められて、傍にいることを許されていた。


「フィーはあなた以外の女を認めない。アキラくんの傍にいていい女性は、フィーとあなただけ、それでいい?」

「……うん」

「ゆい」

 

 英文字が書き込んである大量の用紙がばらまかれ、私は散らばっていく白い紙の束を見ながらじっとしていた。


「わかる?」

「……ううん」

 

 そういった直後、フィーネはくすりと笑った。


「よく見なさい」

 

 困惑しながら紙束を拾い上げると、最初の一ページ目の表紙部分だけが英語で書かれており、残りのページには『あなたのおなまえは?』と日本語で筆記してあることに気づく。


「あなたは、心からフィーに屈服してる」

 

 彼女は、ささやいた。


「だから、立ち向かうことなく負けるのよ」

 

 未だに、言葉が胸に残っている。


「あなたは――」

 

 アクアマリンの瞳が、怪しく脳内を掻き回し、胸の中に狂おしいまでの敗北感が刻まれていく。


「絶対に、わたしには勝てない」

 

 楔が――打ち込まれた。




「えー、らしくないじゃないですかぁ、水無月(みなつき)先輩。諦めちゃうんですかぁ」

 

 心からウキウキしながら淑蓮すみれが問いかけると、ゆいは苦々しげに顔をしかめて返答を返す。


「アキラくんのことは絶対に諦めない。わたしが心から愛せるのは、あの人だけなんだから」

「で、でも……さ、さっき、取り返せないって……」

「アレは化物よ」

 

 確信を籠めて、ゆいはささやく。


「アキラくんは取り返せない。でも、アキラくんを〝諦める〟なんて、一言も言ってはいないわ」

「はぁ? そんなこと言ったら、諦めるも同然なんじゃないんですかぁ?」

「……淑蓮ちゃん、さっきから五月蝿いよ?」

 

 アキラの部屋の中に険悪なムードが漂いだし、由羅は慌てたようにか細い声を張り上げる。


「い、今は、喧嘩してる場合じゃない……お、落ち着くべきでしょ……?」

「落ち着く? 落ち着くって、どうやって落ち着くって言うのよ!?」

「こ、ココはアキラ様の部屋……ほ、本人は不在で、何をしても許される……」

 

 その言葉を契機に沈黙が張り詰め、ゆい、淑蓮、由羅の両眼が、互いを監視するかのようにギョロギョロと動き回り――全員が、一斉にスタートを切った。


「もらった!!」

 

 小柄な体躯を活かして、ベッドに飛び込んだ淑蓮の足を、当然のようにゆいは引っ掴んで地面に落とす。漁夫の利を狙った由羅は、猛然とベッドへと駆け走るが、いつの間にか足首にくくりつけられていたワイヤーを引っ張られて転ぶ。


「アキラくんの!! ベッドは!! 紀元前から!! わたしのもの!! なのよ!!」

 

 唯一、体勢を崩していないゆいが、ベッドへと懸命に手を伸ばす。が、進行方向に投げつけられた由羅のウィッグを勢いよく踏んですっ転んだ。

 

 均衡状態に陥った三人は、息を荒げながら、お互いの衣服や足や腕を掴み、血走った目で欲望をギラつかせていた。


「……平和条約を締結しましょう」

 

 一時間後、ゆいの口から『アキラベッド平和条約』の進言が行われ、侃々諤々の議論の後に、三人は殺意の籠もった瞳で睨み合いながら手を取り合った。


「水無月先輩」

 

 アキラのベッドに潜り込んだ淑蓮は、幸せそうに天井を眺めていた。


「平和っていいものですね」

「ふぇえ」

 

 彼女の左横で仰向けになり、アキラの枕に顔を埋めているゆいは、掃除機のような音を響かせ、何度も深呼吸を行いながら答えた。


「アキラ様の……根源に至れた気がする……」

 

 ベッドシーツの下に潜り込み、最も匂いの強い箇所を探し回っている由羅は、ハサミを振り回しながら持ち帰るべき箇所を探していた。


「……水無月先輩」

「ふぁに?」

「お兄ちゃんを攫った女が知り合いなら、なにか、〝手がかり〟を知ってるんじゃないですか?」

 

 枕から顔を外し、ゆいはゆっくりと目を閉じる。


「雲谷先生」

「え?」

「雲谷先生なら……」

 

 目を閉じたまま、彼女はささやいた。


「あの人なら、きっと知ってる」

 

 自分の横で寝そべる水無月ゆいを眺めながら、淑蓮は『フィーネ・アルムホルト』と兄の担任教師との関係性のことについて考えていた。

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