観覧車内では、携帯電話の電源をお切りになるようお願いします
「マリアの携帯を俺がもっている? 何を言ってるんだ?」
「え……だ、だって……い、今、マリアの携帯に電話をかけたら……」
電話帳に登録された『衣笠麻莉愛』と表示されている画面を見せつけ、由羅は未だに鳴っているバイブ音に注目して俺のポケットを指差す。
「よく画面を見てみろ。そこに表示されている電話番号は、俺の携帯のものだろ? 名前を登録し間違えたんじゃないのか?」
「え?」
全員の視線が、由羅の手元に集まり――俺は右手でマリアの携帯を無音にして、左手で水無月さんのポケットから携帯を盗み出す。
「ま、間違えてません……ぼ、ボクが、アキラ様の登録を間違えるなんて……あ、あり得ないです……」
「淑蓮、本当か?」
「う、うん。間違いなかったよ」
「なら、もう一回かけてみろ。次は俺にだ。間違えがないように、こちらに画面を向けたまま、ゆっくりとやってくれ」
由羅の指の動きと合わせて、マリアの携帯で水無月さんの携帯へと電話をかけ――俺のポケットが震え始める。
数秒の沈黙の後に、閃いたかのように由羅が口を開く。
「ふ、ふたつ……あ、アキラ様……携帯をふたつ、もっていませんか……!?」
よし、良い子だ。
「……どうやら、誤魔化しきれないようだな」
嘆息を吐いてから、これ見よがしにマリアの携帯を取り出して、視線が集中している間に水無月さんの携帯を彼女のポケットに戻す。
「実はな、今日の俺は、自分の携帯とマリアの携帯、ふたつの携帯をもっていたんだ」
「……なんで、そんなことしたの?」
「予備ですよ。片方の携帯が使い物にならなくなったり、没収されてしまったりする可能性があると思って」
ほぼ同時に、俺は隣にいる水無月さんの手の甲を指先でなぞり、淑蓮に意味ありげな目配せを送る。
なんらかの意図が籠められている〝彼の指先〟に全神経を集中させたゆいは、お付き合いをしている彼女として、この場では語れないアキラの〝真意〟を探った。
今日は、携帯を弄る時間が多かったし、今回のデートを察知されたことに気づいたアキラくんが、〝誤魔化し〟の手段として、予備の携帯を手に入れていたと考えてもおかしくない。衣笠麻莉愛は、以前からアキラくんの都合のいい道具として働いていたし、利便性の効く携帯の入手手段としては自然。
アキラくん、もしかして、淑蓮ちゃんと連絡を取り合ってたのかな――ゆいは、自身の考えを確かめるために、作り笑顔で口を開いた。
「淑蓮ちゃん、携帯を見せてもらっていいかな?」
「え? な、なんでですか?」
「水無月さん、ソレはプライベートだから、ちょっとマズイんじゃないですか……兄検閲が入りますよ。
淑蓮、ちょっと貸してくれ」
「え……う、うん……」
アキラくんは、淑蓮ちゃんの視えない角度で携帯を弄り、それからわたしに一通のメールを見せつける。
差出人:衣笠麻莉愛
宛先:桐谷淑蓮
件名:
本文:さっきはごめんなさい。
ところで、あなたのお兄さんは、水無月結とデートでもするの?
二人で、駅前行きのバスに乗ってたみたいだけど?
やっぱり――ゆいは、淑蓮を誘導するかのようなメールの文面を見て、己の考えの正しさを確信する。
「ありがとう。もういいよ」
今日のデートは、淑蓮ちゃんにバレていたんだ。だから、アキラくんは、デートを台無しにしないように、マスクと女装で淑蓮ちゃんを煙に巻こうとしたけど……結局は力が及ばず、今ココに淑蓮ちゃんがいる。
だとしたら、衣笠由羅は、アキラくんと協力し合っていたっていうこと?
バスに乗った直後、お兄ちゃんの携帯は、水無月先輩の手で使用不可にされていたってことか。
全幅を置いている兄からの視線に、淑蓮は愛情を籠めた微笑で応える。
「お兄ちゃんは……こういうことを予想していて……あの人の携帯を予備でもっていった……でも、どうして、文面をこういう風にしたんだろう……まるで、あの人を装っているみたい……」
「淑蓮ちゃん、携帯を見せてもらっていいかな?」
「え? な、なんでですか?」
唐突に切り出された、ゆいからの提案の意図が読めず、淑蓮は思わず動揺を口調に表わしてしまった。
「水無月さん、ソレはプライベートだから、ちょっとマズイんじゃないですか……兄検閲が入りますよ。
淑蓮、ちょっと貸してくれ」
「え……う、うん……」
アキラがゆいにメールを見せた後、そのままの画面で、淑蓮へと携帯が返却され――見覚えのない保存メールに記載されている『送信日をよく見てみろ』という文字を見て、彼女はようやく納得した。
差出人:衣笠麻莉愛
宛先:桐谷淑蓮
件名:
本文:さっきはごめんなさい。
ところで、あなたのお兄さんは、水無月結とデートでもするの?
二人で、駅前行きのバスに乗ってたみたいだけど?
淑蓮は今更ながらに――そのメールの送信日が、〝三日前〟だということに気づいた。
「三日前なら、あの人の携帯は、お兄ちゃんの手元にない……最初からこのつもりで、送信日を〝偽装〟しておいたんだ……これなら、『私に助けを求めていた』と水無月先輩に悟らせない……さすが、お兄ちゃん……」
Eメールの送信日時は、基本的に送信側の端末に設定されている『日付と時刻』で決定されている。つまり、送信側の携帯の日時を変更するだけで、簡単に送信日を偽装することが可能だ。
「水無月先輩は偽装を疑うだろうけれど……痕跡なんてない……三日前、二人で行動していなくても、〝見間違え〟で言い訳がつく……とすれば、これ以上は言いがかり……だから、水無月先輩は何も言えないんだ……」
お兄ちゃんは、遊園地まで追ってきた水無月先輩から逃れるために、マスクを使って偽物を量産し女装して撒こうとした。
そう考えれば、お兄ちゃんと服を交換している由羅先輩は、協力者として遊園地に残っていてもらったってことなのかな?
その場しのぎにしては、なかなか上手くいった。
淑蓮の携帯を操作して、以前に送った『あなたのお兄さんは、水無月結とデートでもするの?』メールを削除し、新しく送信日を偽装したメールを送っておいた。
こうしておけば、淑蓮は〝最初から〟俺が水無月さんを騙すために、マリアのフリをしてメールを送っていたと勘違いしてくれるだろう。
受信ボックスの順番も〝日付順〟に変更しておいたし、特にバレるようなミスは仕出かしていない。
俺に絶対の信頼を寄せているコイツらは、辻褄が合っている情報を渡してさえやれば、自動的に地頭の良さで都合よく解釈してくれる筈だ。
後は俺と由羅が協力関係にあったと誤認させて、マスクと女装の辻褄をでっち上げればいい。
「なぁ、由羅。お前、俺の命令を聞――」
俺が発した日常会話でMIXされた着信音が観覧車内に鳴り響き、携帯を手にとった由羅が驚きで目を見開いた。
「アキラ様」
画面には、『桐谷彰』と表示されている。
「どうして、今、ボクに電話をかけてるんですか?」
「えっ」
俺の携帯をもっている〝マリア〟からの発信に応じて、俺の声による『口座の暗証番号教えて』と繰り返す着信音が響き渡っていた。




