目に見えていたのは、デートの破綻でした
「芸術点94ポイント、性的点96ポイント、構図点92ポイント……総じて、合計282ポイント、2勝先取で俺の勝ちだ」
「う、ううっ……」
審査員である水無月さんからの長文レビュー(文字数オーバー)によって、敗北を刻みつけられた由羅は、悔しそうに歯噛みして膝をついた。
「ま、まさか……社会の窓にあんな使い方があったなんて……ふ、風船を使った水玉コラージュは天才的としか言えません……」
「お前の敗因は、初手全裸で係員から厳重注意を受けたこと、俺からの背景壁指定を受けたこと、そして何よりも――」
俺は上着を着ながら、颯爽と由羅に背を向ける。
「チラリズムを軽視したことだ」
興奮冷めやらない水無月さんの元へと向かうため、俺は静かに歩き始める。
「暫くの間、そこで反省していろ。『敗者は、勝者の言うことを聞く』という約束、忘れるなよ?」
「う、うぅ」
地に伏した由羅は、俺のパンツを握りながら、敗北者としての姿を衆目に晒していた。
ジェットコースターが急降下し、観客たちが楽しそうな悲鳴を上げる中、俺は遊園地内を駆けずり回っていた。
「次は!? 次はどこだ、マリア!?」
「ちょ、ちょっと、待ってよ! コッチだって、混乱してて……み、水無月結と『水道滑り』のアトラクション前で待ち合わせ! その三十分後に淑蓮ちゃんと『ハイランドゴー』に乗る予定で、由羅先輩はもう『イカ回転』の前で待機してる!!」
「無理だろ!!」
「知らないわよ!! でも、やらないと終わりなんでしょ!?」
電話口に叫ぶと、同じような絶叫が返ってくる。
「水無月結も淑蓮ちゃんも勘が良いし、由羅先輩だって、あんたの変化には目ざとい! 下手な誤魔化し使えば、直ぐにゲームオーバーだよ!」
「なんで、なんで……!」
汗だくになりながら遊園地内を駆け抜け、死を間近に感じながら、俺は必死にアトラクションを目指す。
「なんで、こうなった!!」
遊園地デートは、崩壊を迎えようとしていた。
元々、無理のあるスケジュール調整は、ヤンデレたちからの予想外な攻撃によって、ことごとく〝修正〟を余儀なくされ、無理のある修正に次ぐ修正のせいで、時間調節が意味を為さなくなってしまっていた。
「ほ、本当にヤバい……え、エロ写メ作戦、もう通用してないわよ……離席の回数が多すぎて、疑いのメールが大量に届いてる……で、電話だって、もう何百件も……と、というか、バレないのよね? エロ写メ作戦?」
どうにか、落ち着きを取り戻した俺は、息を整えながら回答を行う。
「背景は最も無難な白壁を指定している上に、アプリで撮影日は消したし、水無月さんにはセルフタイマーで撮ったと言い訳しておいた。実際、由羅に撮らせた写真は、物を活用すれば一人で撮れるアングルのものだ。
アレコレ疑惑や文句をつければ、もうこう言った写真を送らない……と言ったような内容を文面に仕込んでおいたから、どうしてもエロ写メが視たい水無月さんは、疑問を裡に秘めてくれる筈だしな」
「な、ならいいんだけど……と、ともかく、水無月結のイライラは、もうエロ写メじゃ歯止めがかからないみたいよ……さすがのエロ写メでも、現実のあんたの魅力には敵わないのよ……」
所詮は時間稼ぎ、本物の俺とのデートよりは、刺激が足りないらしい。
「……仕方ない、〝分身〟するしかないか」
「え、死ぬつもり?」
「そうじゃない、本当に分身するんだ。
前にも言ったよな? 『最悪、分身すれば良いだけの話だ』って」
通話口から「は、はぁ?」と困惑の声が返ってくる。
「あ、あれ……冗談じゃなかったの……?」
「いいや、れっきとした〝本気〟だ。俺はこのデートが破綻する可能性が高いと考えていたし、〝奥の手〟を用意する必要性は感じてた」
俺はニヤリと笑う。
「時間稼ぎは十分だ。このデートの間、既に〝布石〟は敷いておいた。
俺は、もう〝分身〟ができる」
「あ、あんた、何するつもり?」
「残りの時間――」
電話口へと、断言する。
「俺は逃げる」
マリアには伝えておいた、スケジュール表の終わりの行、追い詰められた際の最後の手段……もし、コレで俺が逃げ切れなければ、あの策を実行せざるを得ないだろう。
生存率10%を切るであろう、命懸けの策を。
午後4時を示す針を視ながら、苛立っている水無月結は舌打ちをした。
「アキラくん……まさか、〝お痛〟してるんじゃないよね……さっきから、えっちな写真を送ってくるのは良いけど……コレ、わたしの気を逸らそうとしているようにしか思えないよ……」
一人になる時間が伸びれば伸びるほどに、ゆいの中の疑惑が鎌首をもたげて、耳元で疑問を投げかけてくる。
愛する男の子を疑うな――そう思い込もうとするものの、彼女の中にあるドス黒い感情が、徐々に勢いを増して、心身を蝕んでいくのを止めることはできなかった。
「アキラくん、一体、どこに――」
その時、ふわりと、自分と同じ香りが鼻に入り込む。
「アキラくん?」
まるで、ゆいのことが視えないかのように、アキラに貸し出したままの香水の匂いのする彼は、足を止めようとしない。
「アキラくん! ココだよ! ゆいはココにい――え?」
直ぐ隣をアキラが通り過ぎていき、ゆいは絶句して――三人目のアキラが、アトラクションの列に並んでいるのを視た。
「い、一体……」
ゆいは、ゆっくりと目を見開く。
「どういうこと?」
唖然と立ち尽くすゆいの隣を、四人目のアキラが小走りで走り抜けていった。




