たったひとつの生存デート
「攻めに転じるぞ」
「は?」
放課後、教室に由羅を待たせたまま、俺は協力者にそう伝えた。
「守りっぱなしなのは性に合わん。こちらから攻めに出る」
「せ、攻めに出るってどういう――」
「淑蓮と由羅をぶつける」
「は、はぁ!?」
大声を出したマリアの口を押さえつけると、モゴモゴと言いながら、真っ赤な目で俺のことを睨みつける。
「良いか、よく考えてみろ。俺たちの目的は、放課後デートをしのぎ切ることか? 違うだろう? 今までのようにその場しのぎでいけば、間違いなく、俺たちに待っているのはバッドエンドだけだ」
「だ、だからって、なんで、由羅先輩とあんたの妹をぶつけるって話になるのよ!?」
「淑蓮なら、遊園地のチケットを手配できる」
「……え?」
呆然としたマリアに、俺はそっとささやく。
「以前、市場にも殆ど出回っていない〝プレミアのゲーム〟が欲しいと俺が漏らした時……アイツは、〝たった三日〟で用意して見せた。
恐らく、淑蓮ならそれが可能だ」
「じゃ、じゃあ、なに、あんた……」
「あぁ」
俺は、笑顔で頷いた。
「遊園地デートには、三人と一緒に行こうと思う」
マリアは器用に白目を剥いて「アタマ、オカシインジャナイノ?」と、片言で罵倒を投げつけてくる。
「他にチケットを用意できる手段があるか? それに、遊園地のプレオープンは一週間……三人とのデートの日取りをカブらないように調節すれば、特に問題もなく遊園地デートを乗り切れる。
だが――」
「8分の1」
俺は首肯する。
「市内にある遊園地までは、バスで30分程度はかかるのよ。そう考えれば、彼女たちが『土曜日か日曜日に、一日中楽しみたい』と思うのは必然よね?」
顔色の悪いマリアは、ご愁傷様と言わんばかりの作り笑顔を俺に向ける。
「ほぼ確実に、あの人たちは、土日のどちらかを選択する。そうなれば、三人とのデートの日取りがカブる確率は8分の1よ」
「だからこそ、淑蓮と由羅をぶつけるんだ」
「どういうこと?」
桐谷淑蓮だからこそ知りうる情報をもっている俺は、ゆっくりと言い聞かせるように話し始める。
「良いか? ネットで調べた結果、今回出向く遊園地『アトロポスパーク』のプレオープンでは、二種類のプレミアムチケットが限定販売された。
ひとつは『シングルチケット』、コレは一人だけが入場可能。そして、もうひとつは『ペアチケット』、コレは二人でのみ入場可能だ。淑蓮の性格上、俺が『欲しい』と言ったら、ほぼ確実に『ペアチケット』の方を手に入れてくる。
そうなれば――」
「あ……!」
マリアは驚愕で目を見開き、俺の顔を真正面から捉える。
「そうだ。もし、8分の1のルートに入った場合、水無月さんと入場することが〝確定〟している俺は、淑蓮と再入場することを余儀なくされて……結果として、由羅が入園できなくなる」
水無月さんが俺から遊園地のペアチケットを奪取している以上、どうやっても誤魔化す方法はない。二人でのみ入場可能なペアチケットの特性上、俺は水無月さんと一緒に入園する道以外は有り得ないのだ。
「じゃ、じゃあ、あんた、もしかして……」
「あぁ、そうだ」
決意を籠めた眼差しで、俺はマリアの両目を射抜く。
「淑蓮と由羅を一緒に入園させる。しかも、二人に〝俺とデートする〟ということを互いに秘密にさせて」
「無理でしょ!?」
心から賛同するわ!!
「て、ていうか、よくよく考えてみれば――」
「お、よく気づいたな。淑蓮がペアチケットを手に入れた場合、三人とのデートが同日にならなかったら、俺たちはおしまいだ」
表にして考えてみよう。
土曜日、もしくは日曜日、どちらかに三人の誰かが配置されるとして、組分けをしてみればわかりやすい。同グループでのみ組み合わせは成立し、ペアチケットは二人でのみ使用可能だということを念頭に置いておく。
その上で、水無月結は桐谷彰としか組めず、ペアチケットをもっているのは、水無月結と桐谷淑蓮だけだと仮定する。
パターン1
土曜日:水無月結
→(水無月結、桐谷彰)
日曜日:桐谷淑蓮、衣笠由羅
→(桐谷淑蓮、桐谷彰)
or(衣笠由羅、桐谷彰)
or(桐谷淑蓮、衣笠由羅)
上記のペアが成立し、どの組み合わせでも誰かが入れないので死亡。
パターン2
土曜日:水無月結、桐谷淑蓮
→(水無月結、桐谷彰)
and(桐谷淑蓮、桐谷彰)
日曜日:衣笠由羅
→チケット不足で不成立
上記のペアが成立するが、チケット不足で衣笠由羅が入場できず死亡。
パターン3
土曜日:水無月結、衣笠由羅
→(水無月結、桐谷彰)
日曜日:桐谷淑蓮
→(桐谷淑蓮、桐谷彰)
上記のペアが成立するが、チケット不足で衣笠由羅が入場できず死亡。
これらの死亡ルートを回避できる組み合わせは、全員が同じ日程に入り、尚且つ〝三人の中の誰か〟が俺以外と入場する他にない。
「……つまり、あたしたちにチケットを手配する術のない現状、〝三人同時デート〟に懸ける他ないってこと?」
「正解」
頭を抱えたマリアを眺めながら、俺は可哀想にと不憫に思った。
「コレは『ヤンデレ育成計画』の一環だ」
「は?」
顔を上げたマリアの肩を、俺は励ますように叩いた。
「この放課後デートで、俺は由羅を真人間に戻して……由羅と妹に、二人一緒に遊園地に入場できるほどの〝好感〟を互いに抱かせる」
「そんなこと……できるの?」
俺は満面の笑顔で断言した。
「たぶん、無理」
逃走を図った裏切り者の腰をすくい上げるようにしてタックルを仕掛け、俺は倒れた彼女を立たせてから一緒に教室へと向かった。




