人生っていうのは、どんどん詰んでいくようにできている
「協力しろ」
昼休みに呼び出した衣笠麻莉愛は、中庭のベンチに腰掛けたまま、唖然として目を見開いた。
「きょ、協力しろって……なにを?」
「お前は俺に借りがある上に、水無月さんに遊園地チケットという手札を露わにして、まんまと現況を呼び込んだ死神だ。
お前は俺に協力する義務がある」
「だ、だって、水無月結に見られてたとは思わなかったし!」
「結果として見られていた。どれだけ少ない可能性だろうと、ヤンデレに俺の弱みをひけらかしたのはお前だ。
俺はヒモになるために手段も方法も問うつもりはないが、誰かを犠牲にしてまで目標を達成するつもりはない。ラブアンドピースが俺の信条だ。だから、ヤンデレ同士の争いは避けたいし、平和裏に事を収めたい」
「いや、ヒモがラブアンドピースって……そもそも、あんた、あたしのこと散々使い走りに使ったでしょうが……」
「あの程度は、犠牲に含まないだろ?」
「アハハ、死ねよクズ」
小さな弁当箱を膝に広げていたマリアは、キョロキョロと辺りを見回し、それから俺の手をとって歩き出す。
校舎裏までやって来て、ようやくマリアは息を吐いた。
「話はわかった。確かに遊園地の件は、あたしの責任もある。正直、呼吸範囲内にあんたが存在して欲しくないけど……協力してあげてもいい。
でも、条件がある」
「わかった、命は保証してやる」
「あたしに、なにさせるつもりだった!?」
地雷探知。
「冗談だ。早く、条件を言え」
「あんたが言うと、冗談に聞こえないのよ……」
嘆息を吐いて、マリアは俺を見上げる。
「由羅先輩を誰よりも優先して欲しい」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。なんでか知らないけど、由羅先輩はあんたに惚れてて、遊園地デートも楽しみにしてる……だから、もし、あんたが『水無月結との遊園地デート』を優先するって言うなら協力はなし。絶対にね」
「良いだろう。別に問題はない」
「なら、遊園地デートは、由羅先輩と一緒に――」
「いや、それは無理だ」
「はぁ?」
マリアは怒りを顕著に表して、掴みかかってくる勢いで立ち上がり、俺はそれを諌める形で声を上げた。
「落ち着け。単純に期間をズラして、由羅とも水無月さんとも一緒に行くだけだ。新しくチケットを買い直せば、それで済むだろ?」
「あ、そっか、そういうことね……ごめん、勘違いした。
なら、とりあえず、新しく買うチケットの値段、調べてみるね」
マリアはスマートフォンを取り出し、素早い指の動きで検索を終わらせ――急に真顔になった。
「おい、どうし――」
「完売してる」
ニコッとした作り笑顔で、マリアは唇を震わせた。
「ゆ、遊園地の入園チケット……ぜ、全部、完売してる……」
一秒、二秒、三秒――俺は絶叫した。
「ふ、ふざけんな!! ど、どういうことだ!? え、えぇ!? そ、そうなる!? そうなっちゃう!?」
「お、おおおおお落ち着きなさいよ! だ、大丈夫、金券ショップで手に入――な、なに、この値段!?」
学生ではまず手の届かない額面が表示され、俺とマリアは顔を見合わせてから、同時に顔面を蒼白とさせる。
「あ、あのチケット……限定的に売り出された、プレオープン用のプレミアチケットだったのよ……市内に遊園地が出来たのは風の噂で聞いてたけど、グランドオープンはまだだったってことね……」
「落ち着くな!! お前、俺を残して落ち着くな!!」
親に金を借りてチケットを買うか――無理だ、淑蓮に感づかれて、更に面倒なことになる。
「わかった。方法がひとつある」
「え? なに?」
俺は満面の笑みで言った。
「お前、臓器売ってこ――」
鼻面に拳を喰らい、俺はようやく冷静さを取り戻す。
「よし、落ち着いたわ。まぁ、なんとかなるだろ」
「突然、とんでもなく冷静になるのはやめて!! 置いて行かないで!!」
しがみつかれて身体を揺らされ、俺はゆらゆらと切り替わる視界の中で、思考回路を整えていく。
「雲谷先生から、チケットを預かったのは俺だ。由羅は内容までは確認していなかったし、あのチケットは〝別の遊園地のもの〟だったっていうシナリオはどうだ?」
「雲谷先生から感想を聞かれて、由羅先輩が素直に答えたら、絶対にどこかで食い違いが出てバレるわよ!? それに、水無月結にあんたがチケットを渡してる場面を由羅先輩は見てるんだから、どこかで勘付かれてもおかしくない!」
あれれ~? 詰んでるぞ~?
「しかも、プレオープン期間は、来週一週間……そこから、グランドオープンまでは一ヶ月以上ある……」
「それまでに、この額の金を工面するのは無理だし、グランドオープンまで由羅を待たせるのも難しいってことか。
それに、今日の放課後、由羅とのデート次いでに、アイツの服を買いに行く約束までしてるしな」
「は、はぁ!? なんで、そんな約束してるの!? バカじゃないの!?」
「馬鹿とはなんだ」
俺は携帯を突きつけて、愛する妹からのメールを見せつける。
「しかも、放課後、超兄大好の妹が、俺のことを校門前で待ち伏せしてるおまけ付きだ。
やったね!!(ヤケクソ)」
「……あたし、ちょっと二週間くらい失踪する用事が――」
逃げようとしたマリアの両肩を押さえつけて、俺は笑顔でささやきかける。
「お前は、俺の協力要請に対し、条件を提示して俺はソレを呑んだ」
恐る恐る、振り向いた彼女は、何もかも諦めたかのような死んだ目で、俺のことを仰ぎ見る。
「契約成立だ」
こうして、俺たちの長く辛い戦いが始まった。




