由羅と真理亜の決着
衣笠由羅 ⇔ 衣笠真理亜(衣笠由羅のイマジナリーフレンド)
:肉体を共有しており、黒髪あるなしで人格交代を起こす
衣笠麻莉愛(本編では、マリアと呼称):現実に存在する、衣笠由羅の後輩。衣笠由羅のイマジナリーフレンドと同姓同名。桐谷彰が、友だちとして彼女に紹介した。
放たれた三人分の殺意を受け、マリアはたじろいだ。
「まぁまぁ、落ち着け」
一度でも、誰かが〝噴火〟すれば、その時点でさよならバイバイである。そうなったら困るのは俺なので、マリアを庇うように前に出る。
「悪いのは俺だ。コイツは、キッカケを作ったに過ぎないだろ?」
「なにを当たり前のこと言ってんですか!? 全部、アンタのせいだ!!」
事態を悪化させるお口は、拳で塞いじゃうぞ~?
「アキラくんが、善意でやったってことがわからないかな? たった1000円ぽっちで衣笠由羅のイジメを解決して、アナタって言う友だちまで紹介してあげたのに、結果が悪かったらアキラくんのせい? バカなの?」
なんで、そんなこと細やかに事情知ってんの?
「だ、だとしても、コイツが勘違いさせるような真似しなければ――」
「はぁ? お兄ちゃんの善行を勝手に勘違いしたのは、その人なんですよねぇ? そもそも、アナタが手紙をきちんと届けてれば、何事もなく済んだんじゃないのぉ? 責任転嫁したいだけなんじゃないですかぁ?」
こういう時だけ、仲が良いんだね。
「由羅先輩! あたしは、先輩のことを想って!!」
「ま、真理亜がボクを裏切るわけない……に、偽物だ……お、お前は、真理亜の偽物だ……!」
ハッとしたかのように、由羅は立ち竦む。
「だ、だとしたら、あの日、アキラ様にフラれたのは……? あ、アレ……? ま、真理亜が……あ、アレ……お、おかし――」
「由羅」
俺が名前を呼ぶと、ゆっくりと彼女はこちらを向いた。
「俺はお前をフッてない。それにマリアは、お前を裏切ってもない。大好きなお前を助けたい一心で、大嫌いな俺の信者を続けていたくらいだ。
コイツは、お前の友だちだよ」
「あ、アキラさ――」
「アキラくんだろ?」
久しぶりに、俺は打算なく微笑んだ。
「やり直そうぜ、お前の恋心。
告白しろ、応えてやる」
死んだな! 間違いなく死んだな! 自業自得とは言え、死んだな! ワンチャン、由羅を連れて、水無月さんから逃げるしかないな! まぁ、養って貰えればなんでもいいわ!
「ゆ、由羅先輩……」
淀んだ瞳が晴れ渡って、誤解が解けたことを示すかのように、衣笠由羅は涙を流すマリアを見つめる。
「ど、どうして、ぼ、ボクなんかと……ずっと一緒にいてくれたの……? ど、どうし――」
「当たり前じゃないですかぁ!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、マリアは大声で叫んだ。
「友だちですよ!? 初めて、自分を隠さなくても良いと思った相手ですよ!? 幸せになって欲しいと思うじゃないですか!? 一緒にいたいと思うじゃないですか!? 大好きだって想っちゃダメなんですか!?」
「ま、マリア……?」
きっと、初めて、彼女は〝現実の友だち〟を呼んだ。
「はい……っ!」
マリアは、由羅を力強く抱き締める。
「マリアです……衣笠麻莉愛です……あ、あたし……先輩と同じ名字の衣笠麻莉愛です……!」
涙で濡れた顔を上げ、彼女はニッコリと笑った。
「やっと、コッチを見てくれましたね」
〝泣く〟ことを覚えた衣笠由羅は、くぐもった呻き声を上げながらマリアを抱きしめ、彼女の胸に縋り付いて涙を流した。
数分後、ようやく泣き止んだ由羅は、すっと立ち上がって、真っ赤な両目で俺のことを捉える。
「あ、アキラくん、ふ、二人で話したいんですが……」
「あぁ、構わない」
我が物顔でついてくる二人を、俺は両手で押しとどめる。
「俺を信じてくれ。絶対に戻ってくるから(大嘘)」
「アキラくんの優しいところは好きだけど……裏切らないでね?」
地獄に逃げても、追いかけてきそうだねこの人。
由羅の後について、閑散とした住宅街の通りにまで足を運ぶと、彼女は黒髪を外し真理亜として微笑した。
「桐谷には、お別れを言っておこうと思って」
「……消えるのか?」
それが最善だと言わんばかりに、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「俺のヤンデレセンサーに反応しなかったところを見ると……お前と由羅は、別人みたいなものなんだろ?」
「そうだね」
「どうして、消える必要がある?」
「運命だから」
訝しげに眉をひそめると、真理亜はくすくすと笑った。
「桐谷のお陰だよ。アナタが現実の麻莉愛を連れてきてくれたから、空想の真理亜は要らなくなった」
「それを言うなら、俺のせいだろ?」
「違う」
真剣な顔つきで、空想の彼女は俺を見つめる。
「あの子は、現実を見つめ直す必要があった。だから、あたしは後輩の女の子と協力しながらあの子と入れ替わって、自作自演でアナタの心を手に入れようとしたの。
黒髪の付け外しで、人格交代が出来るのはわかってたから」
「俺への想いが満たされれば、由羅が元に戻ると思ったんだな? そのために、マリアに由羅の格好をさせて二人いるように見せかけ、自作自演で俺の心を手に入れた後に〝由羅を真理亜にしようとした〟。
お前が消えて黒髪を外せば、残るのは俺が恋した彼女だけって寸法か」
「そう。でも、失敗しちゃったけどね」
飴と鞭――真理亜が飴で、由羅が鞭か……由羅の恐怖で俺を追い詰めて、真理亜の優しさで俺を手に入れるつもりだったんだろう。
「桐谷の下駄箱に髪と爪を入れたのもその一環……あの黒髪はウィッグで、つけ爪で爪の長さを誤魔化してた」
「なら、お前の目的は、俺の監禁じゃなくて――」
「由羅の心を取り戻すこと」
晴れ渡った青空の下で、真理亜は気持ちよさそうに笑った。
「それが叶った今、空想の友だちはもう要らない。だって、もう現実の友だちがいるんだから」
心底そう思っているのか、彼女の顔つきには憂いひとつない。雲一つない晴天を思わせる、快活とした笑顔だった。
「なぁ」
「なに?」
「俺がお前の恋心を受け入れれば、お前は消えずに済むんじゃないのか? そうすれば、由羅にとってお前は必要不可欠になる」
「でも、そうしたら、桐谷は由羅と真理亜を抱え続けることにな――」
「俺はランプの魔人だ」
真理亜は、驚きで目を見張った。
「お前の願い――あとひとつ、叶えてやるよ」
数秒の逡巡の後、懐かしそうに真理亜は微笑む。
「あの子を幸せにしてあげて」
バカ野郎。
「桐谷、あんたは最低だったけど」
彼女は、そっと俺の頬にキスをした。
「でも、あたしは、桐谷に恋して最高だったよ」
その言葉を最期に、ふっと表情が消え――意識を失った衣笠が倒れ、俺はそれを抱きとめて真理亜がいなくなったことを悟る。
「お前が願わないなら」
俺は、真っ青な空を見上げる。
「願い事、ふたつにしとけばよかったよ」
澄み渡った空は、この世界から誰かが消えたことに気付かず、綺麗な青を投影し続けていた。
「おう、マリアか。
うん、うん……そうか、上手くいったか。あぁ、わかってる。礼はいい。私がやったのは、他の先生を経由して、〝偽の住所〟を水無月に教えたくらいだからな。無事、片付いたようで良かったよ。なに? その先生をアキラ教の信者ということにしてしまった?」
田舎風景に溶け込んだ古びた霊園で、スーツ姿の女性が、携帯電話を耳に当てて通話を行っていた。
「まぁ、私の存在を伏せるように指示したわけだからな……それは仕方ないだろう。後で誤解は解いておけ。桐谷や水無月が噂を広めるとは思わないが、念のためにな。え? 桐谷とは喋りたくない? そこまで言うなんて、お前、桐谷になにされたんだ?」
電話が切れた後、女性は煙草に火を点け、煙を肺の奥まで吸い込み――ふと気づいたかのように、墓に向き直って携帯電話を耳に当て直した。
「大丈夫。桐谷彰のことは見守ってるよ。あんたの思うよりも近くでな。あぁ、心配しなくていい。上手くやってるよ」
満足したかのように女性は携帯電話を無造作に仕舞い、気怠げな表情で煙草を咥えたまま天を仰いだ。
「桐谷」
線香の代わりに揺れる煙を視線で追い――〝雲谷先生〟と呼び慕われている彼女はぼんやりとする。
「お前は、どういう未来を選ぶんだろうな?」
彼女の吐いた紫煙は、束の間、宙空で踊り、音もなく消えていった。
この話にて、第ニ章は終了となります。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
第二章で、よくわからなかった点や疑問に思った点、改善して欲しい箇所などがありましたら、お気軽に感想までお寄せ下さい。
次話より第三章となりますが、引き続きお読み頂ければ幸いです。




