ヤンデレに入らずんばヒモを得ず
「今、何時?」
うどん(関東風)を完食してから尋ねると、黒髪で顔を隠す少女は部屋から退室し、戻ってきた瞬間に「20時です」と応える。
「んじゃあ、そろそろ、始めようぜ」
「な、何を……でしょうか……?」
「水無月さん対策会議」
彼女は、きょとんとして呆ける。
「俺は決めた。うどんも美味かったし、ココで神として君臨するとな。
まぁ、難点を挙げれば、うどんが関東風だったことだが」
「い、いえ……か、関西風で作りました……血を入れたので……し、汁が黒っぽくなったんじゃないかなと……」
美味過ぎて、汁まで飲みきったんだが?
「そ、それで……み、水無月結対策会議とは……な、なんなのでしょうか……アキラ様……?」
「いや、だからな、水無月さんとか言うヤンデレは、本尊である俺のことを取り戻しに来ることは間違いないんだよ。それを如何にして阻止するかが、俺たちの今後の目標となる」
「と、留まって下さるのですか!?」
扉も窓も有刺鉄線で封鎖しといて、どの口でほざいてんの?
「で、でしたら! さ、早速、腸抜きを――」
「待て」
どこからともなく、調理用包丁を取り出した黒髪は、病的に目を光らせながら首を傾げる。
「お前は、神である俺が好きなんだよな?」
「こ、好意など、そんな大それた感情はもっておりません!!」
包丁を振り回すのだけはやめて。
「言い直そう。お前は、神である俺を崇拝している……そうだな?」
「も、もちろんです」
「そのアキラ様が、ココに留まりたいと言っているのに、わざわざ、本尊化する必要があるのか? アキラ様は逃げないんだぞ? 生アキラ様のままで、ココでお暮らし頂いた方が良いんじゃないのか?」
「で、ですが……は、腸は不浄で――」
「現人神であられる俺の腸が不浄だと!? 本気で言ってるのか!?」
立ち上がって怒鳴りつけると、お腹に包丁の先が当たったので「怒ってない。怒ってはないからね?」とささやいて座る。
「俺の腸は至って清浄だ……健康そのものだし、毎朝ヨーグルトも食べてるから、腸内環境は実に素晴らしいものなんだ……わかるか……?」
「お、お言葉ですが……そ、それでは、ぼ、ボクの作った教義が……」
「教義は、神である俺が決める。当たり前の話だ」
いやー、余裕余裕ぅ! コレで、コイツは俺の奴隷に成り下が――
「偽物だ」
「え?」
ゆらゆらと刃物の切っ先を揺らしながら、俺を透かして祭壇を見つめている彼女はつぶやいた。
「ほ、本物のアキラ様が……ぼ、ボクの教義を否定するようなことは絶対に言わない……お、お前は偽物だ……!」
あ、なるほどぉ! 俺は桐谷彰じゃなかったんですね!
「ごめんなさい、調子に乗りました。毎朝、ヨーグルトを食べるとか嘘です、実はあんまり好きじゃないです」
後ろに下がりながら詫びるが、黒髪少女は尚も俺に歩み寄る。
「せ、聖地に……不浄なる者の存在を赦してしまった……あ、アキラ様にどうお詫びすれば……ざ、罪人の血をもって償わせなければ……」
詫びなくても赦すから、お前も赦せよ。
俺の背中が壁について、彼女は腰元で包丁を構え、刺突の姿勢を見せる。下腹部にある腸狙い、殺意高めのファイティングポーズだった。
このままでは、間違いなく俺は死ぬ――死に際に追い詰められた俺は「うっ!」と呻いて、最後の賭けに出た。
「うっ……うぅ……うぅう……で、出て行け! 俺の身体から、出ていけぇ!!」
叫びだして床を転がり始めた俺のことを、少女は注意深く観察し、攻撃の機会を逸して立ち尽くす。
「ど、どうにか勝てたか……! 彼女が考えだした教義を蔑ろにするなど、言語道断!! 偽物は滅び去った!!」
死闘を潜り抜けた漢を模して、ふらつきながら立ち上がると、彼女は窺うかのようにそっと問いかける。
「も、もしや……あ、アキラ様……?」
神性を帯びているように見せかけるため、俺は余裕めいた笑みを浮かべた。
「如何にも、神である。どうやら、悪しき霊に憑かれていたようだな」
「あ、アキラ様……よ、良かった……! きょ、教義を否定なさるので、何事かと……悪しき霊に体躯を奪われていたのですね……!」
あ、良かった。この設定でイケるわ。
「俺はアナタの教義を否定することのない、真のアキラである。だから、殺したりする必要なんてないんだよ」
安心させて筋肉が弛緩した瞬間、思い切り手首を蹴り上げ武装放棄させる。一瞬、警戒色が過るが、彼女を押さえつけるようにして強く抱きしめた。
「神の抱擁である。しかと受け取るが良い」
「お、お褒め頂けるのですね……な、なんと光栄な……! ぉ、ぉお……! 善性の気が、裡に高まるのを感じます……!」
間違いなく、悪性の間違えだろ。
「アナタが教義を守り続け、善であれば、俺は現世にて神であるだろう」
俺は、ニッコリと笑った。
「共にアキラの世を創ろうではありませんか?」
アキラ教の設定を守りつつ、コイツの操縦方法を握る。攻略の糸口さえ掴めば、一生敬われ続ける神でいられる。
「は、はい……も、もちろんでございます……!」
一度でも勝機を見いだせれば、凶器も狂気も御して、俺は誰からも関与を受けない永住の地を見いだせる……死か生か、虎穴に入らずんば虎児を得ず、常に勝負に出なければ死ぬまでヒモなんて土台無理な話だ。
「……俺は、神になる」
伸るか反るか――人生は二択だ。