表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/170

俺には、愛が視えた

 雲谷先生の部屋の壁。


 一面に書かれた『アキラ参上!!』に二重線が引かれて、『マリア参上!!』に書き直されているのを確認して頷く。


「完璧だ……」


 準備は整った。迷いはもうない。


 アパートの外に出ると、水無月さんたちが待っていた。立ち尽くしている三人は、一様に俺を見つめている。ココにはいないひとりを加えて、八つの目が俺を見つめている。


 彼女たちは、俺を信じながらも、俺を疑っているのだとわかった。


 俺は、彼女たちを見つめ返す。


 水無月結――かつて、さくら組に在籍し、俺に囚われた哀れな女性ひと。彼女は、ただ、幸せを求めていて、そのためには俺が必要不可欠だと信じて疑わない。


 その妄執は、愛とも呼ばれる。


 桐谷淑蓮――俺の義妹。俺と同じタイミングで、実の父を亡くした。出会ったばかりの頃は、俺のことを疎んじていたが、依存を深めるにつれて離れられなくなった。


 その縁故えんこは、愛とも呼ばれる。


 衣笠由羅――俺と出会ったばかりに、己の片割れを失った女の子。愛によって愛を失って、この現実に、新しい愛を抱いている。俺を介して、彼女は、きっと美しい世界を視ている。


 その信仰は、愛とも呼ばれる。


 フィーネ・アルムホルト――実の父親と俺を重ねて、取り戻せないものを取り戻そうとした。幼い頃から完璧を奏で続け、完璧で塗り固められ、完璧に演じ続けた彼女は、ようやく本来の恋心を取り戻した。


 その回顧は、愛とも呼ばれる。


「…………」


 俺と出会ったことで、この四人は狂った。


 雷。雷だ。


 俺との邂逅によって、彼女たちは雷に打たれた。美しき人生を歩む筈だった彼女たちは、その歩んできた半生に死を告げて、沼男スワンプマンとして再生した。


 愛おしくも美しき、愛にたぶらかされている。


 狂愛の果実。イヴを唆したのは、アダムだった。狂わされたことで、愛を知ったことで、彼女たちの人生は破滅へと向かっている。


 それは、繋がりだった。


 ヒモのように伸びた細い繋がりが、地獄へと続いている。


 俺から伸びているヒモによって、結びつきが生まれ、誘蛾灯に群がる蛾のようにして愛をもたらされている。それは病的な毒だ。彼女たちは、普通ではない。このままでは、いずれ、“愛”で俺を殺すだろう。


 ――みんなの幸せが、私の幸せなの


 目の前に、光り輝く糸が視えた。


 撚り糸のように細く分かれたヒモが、俺から彼女たちへと伸びている。そのヒモは、ありとあらゆる場所へと結ばれ、きらきらと輝きながら、まだ俺が視たこともない誰かへと繋がっている。


 俺は、ただ、誰かと繋がっているだけのヒモだった。


 ――なぜ、人は、愛なんて不定形なモノによすがを覚えるんだろうか


 愛は不定形なモノだ。目には視えない。だから、証明出来ない。


 だが、俺には、ヒモが視えた。


 人間ひとは、誰しもが、母親と臍帯ヒモで繋がって生まれてくる。それこそが、この世に愛があることの証左だ。誰も、ひとりでは生まれてこれない。誰かと繋がらなければ、生きてはいけない。


 そして――産声を上げる前に、ヒモは断ち切られる。


 だから。だからこそ。


 ――アキラくんを信じてるよ


 この愛を、断ち切らなければならない。そこから、始める必要がある。


 俺たちは、まだ、始まってもいない。


 誰もが繋がって、誰もが断ち切られてから始まる。


 だから、もう一度、雷を落とそう。


 そして。


 ――しょーらい、せんせーに、しんじつのあいをささげます!


 約束を果たそう。


 誰も幸せには、ならないかもしれない。

 誰も求めては、いないのかもしれない。

 誰も信じては、くれないかもしれない。


 それでも、俺は、このヒモを掴もう。地獄の底に垂れた蜘蛛の糸(ヒモ)に手を伸ばし、誰かを足蹴にしながら登ろう。落ちた先には、絶望しかなかったとしても、その手の中にはヒモが残る。


 ――みんな、私の子供たちだよ……私と渚くんの子供たち……


 先生。


 ――みんなの笑顔が、永遠でありますようにって……


 貴女が、教えてくれたんだ。


 ――先生、いつも、神様に祈ってるから……


 だから、祈る必要なんてない。


 ――全員、しあわせになれるって


 俺は、悪人クズだから祈れないけれど。


 ――みんなの幸せが、私の幸せなの


 貴女の幸せは、俺の幸せだった。


 ――私は、私の意思で、アキラくんを愛していたよ


 だから、ありがとう、母さん。


 貴女の愛は、俺が証明するよ。


 きっと、もう、貴女とは逢えない。俺が行くのは地獄で、貴女は天国で幸せそうに笑っている。


 だから、伝言を頼む相手は決めている。


 アイツなら、きっと、俺と同じ場所には行かない筈だ。俺の願った通りに、断ち切ったヒモを繋ぎ直すことはないだろう。だから、俺と一緒に地獄へと落ちることはなく、いつかは天国に行くだろう。


 これから、俺は、らしくないことをする。


 詳細は、アイツに聞いてくれ。たぶん、端役モブの婆さんになって、孫たちに囲まれながら死んで、笑顔でいやみったらしく語ってくれる筈だ。俺の隣に並べる普通は、アイツくらいのものだから。


 だいじょうぶ、でもいつか、無理を承知で逢いに行くよ。


 地獄に垂れた蜘蛛の糸(ヒモ)を辿って、貴女に逢いに行く。


 そしたら、貴女は、きっと笑いながら出迎えてくれる。


 その時の俺は、地獄の亡者だ。腹を空かせているんだから、美味いものを食わせてくれるんだろ?


 そうだな、例えば。


「オムライスが良い」


 俺は、前を向いて踏み出す。


 待ち合わせ場所には、雲谷渚の亡霊が立っていた。


 彼女は、無表情で、俺を出迎える。愛想笑いひとつせずに、すべてのヒモを断ち切って、独り、孤独に立っている。


「愛なんてない」

「愛はある」


 俺たちは、見つめ合う。


 そこには、一筋の繋がり(ヒモ)が視えた。


「桐谷彰」

「雲谷渚」


 俺たちは、同時にささやく。


「「お前に、愛を教えてやる」」


 そろそろ……幕を下ろそう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >(勘違いでしたら申し訳ないのですがこの場にいる人間が4人であれば…という意味です。沼男が全員にいると仮定した場合やさらに他の人間がいるようでしたらすみません。) ↑ この文章だけ場違…
[一言] ど、どうなっちゃうんですかー!?!? アキラ、おまえ、消えるのか、、、?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ