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空港内のドッペルゲンガー

 人でごった返している空港――フロアマップを見つめながら、四人は互いの認識を合わせる。


「桐谷は、まだココにいる筈だ。バス会社に『乗るバスをひとつ間違えて、甥と合流することが出来なかった』と問い合わせ、桐谷の背格好と人相を伝えて、使用したバスの目処はついた。アイツは、約12分前にこの空港に到着している。

 最短で考えたとしても、この込み具合だ。航空券を事前に用意していたとしても、諸手続きを終えて、乗り込める飛行機はない」


 渚の言葉に、三人は頷く。


「国際線を使うのならなおさらね。アキラくんがパスポートを所持しているか怪しいけど、たぶん、もっていてもおかしくはない」

「お兄ちゃんは、一度、衣笠由羅とカリフォルニアに行ってるから……お土産に、石ころもって帰ってきたから間違いないよ」

可愛い猫ちゃん(Sweet Cat)は、なにをもって、その石ころをカリフォルニア産だと判断したの……uncanny……」

「手分けするぞ」


 渚は、フロアマップを指しながらつぶやく。


「搭乗手続きは、まだ終えていない筈だ。搭乗を押さえるために、チェックインカウンターの前にひとり、保安検査場の前にひとり。捜索のために、1F全域にひとりと2F全域にひとりだ。

 逐次、連絡を飛ばし合え。ただし、絶対に応援は呼ぶな。互いの持ち場を離れた瞬間に負けたと思え。捜索者以外は、なにがあろうともその場から動くな」


 アナウンスの鳴り響いている空港内で、渚たちは手分けして捜索を開始する。当然、捜索場所には検討をつけた。連絡にはチャットツールを使うことにして、スマートフォン上で短文を飛ばし合う。


『チェックインカウンター前、現着』


 水無月ゆいから、淑蓮のスマートフォンにチャットが飛んでくる。


『保安検査場前、到着(arriving)


 続いて、フィーネからも連絡がくる。


 どうやら、どちらの搭乗手続き待ちの列にも、兄の姿はないようだった。


 イライラとしながら、淑蓮は爪を噛む。2Fを捜索している渚の動向を窺いながら、兄の匂いが染み込んだシャツを片手に匂いを嗅ぎ分ける。


 絶対に、お兄ちゃんは、死なせない。


 いつものアキラならば、万が一を考えて、淑蓮に添い寝なんてするわけもなかった。あの尋常ならざる様子が、雲谷渚から飛んできた『アキラは、死ぬつもりだ』というメッセージの根拠となる。


 話を聞けば聞くほど、たしかにと、頷かざるを得なかった。


 自分の愛する兄は、なんだかんだ言っても善人なのだ。恩師からの死に際の願いに、応えようとするのは必定。生き死にに頓着しないような兄の危うさは、フィーネ・アルムホルトを追って、崖から飛んだ時から感じ続けていた。


 ――なぜか、お前には死んで欲しくない


「…………」

「ひっ!!」


 通りすがりに、淑蓮の顔を視た男性は、悲鳴を上げながら逃げていく。


 ゆっくりと、爪を噛みながら、淑蓮はニタリと笑った。


「お兄ちゃんが死んだら……おしまいだ……私の世界が終わる……お兄ちゃんという存在が、私のなかから消失した途端に……私という存在は消え失せる……私の今感じてる約40万種の中から、選びぬかれたお兄ちゃんの匂い分子は、時代を変遷する度に失われて……いずれ、お兄ちゃんは私のなかから消える……そんなことは、たえられない……ゆるされてはならない……」


 静かに涙を流しながら、淑蓮は爪先を噛み切って血を流す。その尋常ならざる鬼気に当てられて、ベビーカーに載せられた赤ん坊が泣き叫び、彼女の狂気に魅せられた男性がつんのめって転んだ。


「見つける……私が……お兄ちゃんは、私が救う……愛があれば為せる愛があれば為せる愛があれば為せる……私は、お兄ちゃんを愛している……だから、為せる……」


 凄まじい勢いで、反転した淑蓮は、鼻に吸い込んだ兄の匂いを元に探し続ける。驚異的な集中力をもって、臭気と思考が直結し、感覚器がおぼろげな像を結んで、眼前に兄へと至る道筋ルートを描くようだった。


 彼女は、歩き――瞬間、稲妻が走り抜ける。


 痛みを覚えながらも、兄の笑顔が脳裏をよぎり、その幸福感に淑蓮は身震いをする。あまりに強烈な感覚に、激痛が脳天を痺れさせた。


「……………………」


 ぽたぽたと、片鼻から血液が垂れ落ちて、首を傾げた淑蓮は笑う。


「みつけた」


 音もなく、地を滑るようにして駆ける。


 あたかも、摩擦抵抗を失うほどに磨き上げられたきゅうのような動きだった。綿密に想定シュミレートされた最短経路で、空港の外へと出た淑蓮は、木製のベンチに座って力なく項垂うなだれている女性を見つける。


 迷いはなかった。


 目の端々に、対象の逃走ルートを描き出す。それらを自分の最大速度と運動量に照らし合わせて、逃げ場をひとつずつ潰しながら、指先を画面上で滑らせる。


『OBC、R5』


 視線ひとつ向けずに、指先の感覚頼りの伝達。渚たちであれば読み取れると断定しての連絡だった。『空港外(Out)ベンチ(Bench)にアキラらしき姿あり、これから捕縛(Catch)する。5分間、持ち場を離れる(Remove)』という意味だ。


 そして、淑蓮は、ベンチに座る女性の前に立った。


「お兄ちゃん」

「…………」

「ウィッグでしょ? 女物の服を着てても無駄、骨格とか体格とかでわかる。香水で誤魔化そうとしてもダメ。空港には、お兄ちゃんがいないって私たちが判断するまで、そこで座ってるつもりだったんだよね?」

「よくわかったな」


 くぐもった声で、女性の姿をしたアキラは答える。


「それで、お前はどうする? 俺を売り渡すのか?」

「売り渡すんじゃない、救いたいの。わかって。私は、最初から最期まで、お兄ちゃんの味方だってこと」


 淑蓮は、涙をこらえながらささやく。


「お兄ちゃん、立って。

 一緒に行――」


 スマートフォンが鳴る。


 その文字列を視て――淑蓮は、凍てつく。


『桐谷を捕まえた。間違いなく、本人だ』

『アキラくんを捕まえた。顔も声も身体も確認した。本人よ』


 写真が添付されている。空港内だ。


 間違いようもなく、アキラ本人としか思えない人が、あざ笑うかのようにこちらへピースサインを向けていた。


 目の前のアキラから、笑い声が発せられる。


「なぁ、淑蓮」


 そして、彼は言った。


二重身ドッペルゲンガーって、いると思うか?」


 淑蓮は、なにも答えられず、ただ立ち尽くしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ドッペルゲンガー…つまり数が増えていっぱい幸せってことだな!
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