病んでるキミは、どこにいる?
「……その包帯、怪我でもしてんの?」
「え? あぁ、さっき、ちょっと擦りむいちゃって」
衣笠は誤魔化すようにして、左腕を後ろに隠し微笑する。
「見せてみろ」
「え?」
「包帯、とって見せてみろ。結果次第では、一緒に行ってやる」
一瞬、ほんの一瞬だが、不穏な気配を感じた。
あの黒髪に和えられた〝血液〟は、目視でもわかるくらい瑞々しかったし、血を採取したのは最近の筈だ。もし、コイツが、この弁当箱を仕込んだ相手なら、左手首を切った後に自分で手当した可能性が高い。
「え、えぇ! き、桐谷って、傷跡フェチ? ちょ、ちょっと引くかも」
明るい色の髪の毛を掻き上げ、衣笠は戸惑いつつも、するすると包帯を解いて俺へと見せつける。
「お前、コレ……」
そこには――
「けっこー、痛かったんだよ?」
彼女の言うとおり、アスファルトで擦った痕が残っていた。
試しに皮膚を指先で擦ってみるが、擦った痕以外に、何かしらの傷痕が残されていたとは考えにくい。
「え、えと……き、桐谷、そ、その……は、恥ずいんだけど……」
一心不乱に腕を擦る俺から視線を逸し、どんどん体温が上がっていく衣笠の肌が朱に染まっていく。
「なんだ、気のせいか。馬鹿らしい。やっぱり、所詮、お前はモブだな。ビビらせやがって」
「え! な、なんで、あたしが、そんなん言われないといけないの!? ひっどー!」
ぶーぶーと文句を垂れる衣笠が、自然な動作で俺の腕を抱き込み、意外と大きな胸を押し付けてくる。
「やめろ。水無月さんに見られたら、俺たち揃ってお終いだぞ」
引き剥がそうとすると、頬を膨らませて「むー!」と言う謎の唸り声を上げる。
「好きな人に、アピるのは当然じゃん。なんで、水無月に文句言われないといけないわけ?」
未だに現状を理解してないとか、どこの星の生まれだお前?
「衣笠は、俺のストーカーなんだよな?」
「え、うん。あたし、桐谷のストーカーだよ?」
教室で昼食をとる同級生たちに噂されるのを恐れる気はないのか、全身を俺にくっつけたギャルは嘯く。
「さっき、俺のことが好きだって言ってたが、ストーカー行為を行うことで、俺に嫌われるとは思わなかったのか?」
「だ、だって、ホントに好きだったし……き、桐谷のこと考えると、胸がドキドキして……そ、その……れ、冷静じゃいられなくなって……」
わからん。コイツ、何を考えてる? この程度のヤツが、俺の下駄箱に髪と爪を入れるのか?
「それが本当だとしたら、あの下駄箱に入ってた〝黒髪〟はなんだ? それに、十分に伸び切った爪は?」
俺が問いかけると、彼女はきょとんとして目を丸くした。
「え? なんの話? あたしの髪の毛……ほら、黒じゃないよ? それに、爪を入れたのは大分前の話だし……髪の毛も〝数本〟入れただけだよ?」
髪の毛を一房掴み、衣笠は俺に訴える。
「……弁当箱は?」
弁当箱を開けて中身を見せると「きゃっ!」と悲鳴を上げ、俺に抱き着いて胸元に顔を埋める。
「な、なにこれ!? あ、頭、オカシイんじゃないの!? け、警察! 警察に連絡したほうがいいって!!」
「コレは、お前が入れたんじゃないのか? 手紙に書かれている文章からして、昨日、電話をかけてきた相手と同じの筈だぞ?」
「あ、あたしが、こんなことやるわけないじゃん! コレ、誰かが〝真似〟してやってるんだよ!」
おいおーい! 面倒くさいことになってきたぞーい!
「……水無月」
「なんだって?」
確信を籠めて、衣笠は言い切った。
「あの子だよ! だ、だって、あたしたちのこと、スタンガンで脅すような子だよ!? 人のせいにして、コレを送りつけるくらい平気でやるでしょ!?」
あながち、否定できねぇ!
「ほ、放課後、あたしに付いてきて! 身の潔白を証明してみせるから!」
俺に縋り付いて、恐怖で濡れる瞳を向ける彼女は――どちらに転ぶのか、未だに判断がつかなかった。