ウンヤ
「う、うんやてんて~!!」
俺は、先生に駆け寄って、がっしりと抱き締める。
「マリアァ!! コイツの両手は封じたぁ!! 俺ごとは殺るな!! 上手いこと、俺を透かして殺れぇ!!」
「流れるようにクズいわね、あんた……家で練習してんの?」
流れるプールに、等間隔で練習相手を配置して練習してんの。
べりべりと、マジックテープの財布みたいな気軽さで引き剥がされる。雲谷先生は、俺を見下ろして、あからさまなため息を吐いた。
「桐谷、そう、私を邪険にするな。黙示録のラッパ吹きでもあるまいし。別に私は、神の審判に従って、邪悪を排しに来たわけじゃない」
「桐谷、あんた、自然に邪悪扱いされてるわよ」
「なら、なにをしに来たんですか!」
俺は、水無月さんの骸を抱き上げて、滂沱の涙を流す。
「かわいそうに、水無月さん……安心してください……貴女の遺体は、きちんと、立派なリサイクルショップに葬りますから……」
「当たり前のように人を財布扱いして、売りさばこうとするんじゃない」
「ま、それは冗談として」
当然ながら、死んでもなんでもない、眠り姫と化した水無月さんを寝かしつける。王子っぽく振る舞った俺は、真正面から魔女と対峙した。
「なんで、俺の居場所がピンポイントでわかったんですか? 聖職者の貴女が、生徒に邪教を仕掛けたりはしないでしょうし」
「単純な話だ」
先生は、口先の煙草を揺らす。
「今回の奉仕活動は、神聖なる郊外活動の一貫だからな。当然、それなりの根回しはされていて、なにか事故があった際には、速やかに連絡が入るようになっている」
「……火災報知器か」
「そういうことだ。
我が校の生徒が誤って押してしまって、恐ろしくなり、つい逃げてしまった……という筋書きで、既に片が付いているがな」
しゃがみ込んだ先生は、手慣れた手付きで、水無月さんの脈を測る。
「後は簡単だ。思考に筋道を立てて、消去法で考えればいい。
私を調査していた桐谷が、目的を達しないうちに、自ずと姿を消すわけがない。ということは、今回の事態を主導したのは、水無月とフィーネのふたり。フィーネは、まだ日本に拠点を確立できていないから、桐谷を隠せるとすれば水無月の家以外になくなる」
「対立する立場として、反論しときますがね。フィーネの財力があれば、俺を隠す場所なんて、どうとでもなるでしょう?」
先生は、無言で、壁掛け時計を指した。
「今日は土曜、11時30分、昼間だ。そして、お前たちは、郊外活動の一貫として施設を訪れていた。
つまり、現在、着ているのは?」
「……制服」
マリアは、己の出で立ちを省みてつぶやく。
「その状態で、休日の繁華街をうろつけば、間違いなく悪目立ちする。お前たちを連れて、潜伏場所に適しているホテル等を利用するのは無理だ。カラオケルームや廃墟など、他にも選択肢は幾らでもあるが、どう考えても長期的な監禁には適さない。
ふたりを連れて移動できる最低限の距離、対象を監禁する環境が整っていて、私への迎撃も可能な場所……水無月の家しかない」
この女性がヤンデレ化したら、延々と対象の居場所を推測して、地獄の底まで追いかけてきそう。
「で、居場所を推測したらどんぴしゃり、愛しの教え子を打ち倒し、愛するアキラ姫を助けに来たわけですか」
「言い訳しておくが、暴力に訴えたわけじゃないぞ」
心外だと言わんばかりに、先生は顔をしかめる。
「ただ、水無月の耳元で、桐谷の行方が知れなかった間、私と愛し合っていたという作り話をささやき続けただけだ」
「とんでもない鬼畜の所業を、『ただ』で言い表すのやめてくれません?」
ものの見事に、ヤンデレ特攻である。下手すれば、俺に飛び火して、BAD END画面が表示されるヤツだよそれ。
「で、フィーネは?」
イタズラがバレた子供みたいに、バツが悪そうな顔で、雲谷先生は廊下の奥を指差し――暗がりの中、フィーネ・アルムホルトが倒れ伏していた。
「し、死んでる……」
彼女は、人差し指を伸ばし、血文字で『ウンヤ』と書き残していた。古色蒼然としたミステリー小説の被害者に、見習って欲しいくらいの、トリック不要な素直さ加減だった。
「桐谷、コレ、おかしいわよ……被害者が、素直に、犯人の名前を書き残すわけがない……もしかして、真犯人が他にいる……?」
「他にはいねーよ、お前の隣にいるよ」
「わ、私じゃない!! こ、殺したのは私じゃない!!」
悪ノリした雲谷先生が、キャッキャしながらマリアとイチャつき始める。死体をもうふたり増やして、迷宮入りさせてやろうかな。
「ということで、私は暴行なんてしていない」
「人の形をした邪悪……!(自己紹介)」
とりあえず、雲谷先生の手助けを受け入れて、外に出ることにした。
丁度、お昼時だし、先生に飯でも奢ってもらってから、今後について話し合――ガチャリ、音を立てて、“内側から”鍵がかかった。
「そんなに、急がなくても」
振り返る。
そこには、澄まし顔で立っている水無月さんがいた。
「お茶くらいは、飲んでいったらどうですか……先生?」
「まいったな」
先生は、微笑を浮かべ――
「私は、コーヒー派なんだ」
水無月さんは、笑顔で、インスタントコーヒーを振った。
新作短編、『婚約破棄される未来を予知した悪役令嬢、婚約破棄される前に婚約破棄する』を投稿しました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。