深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ
「……桐谷」
「ん?」
「あんた、こうなるってわかってたでしょ?」
勝手知ったる、水無月ハウス。
水無月さんの部屋に閉じ込められた俺たちは、電子錠と鉄柵付きの窓を視て、早々に脱出することを諦めていた。
「え、なんで?」
「顔」
秘密の抜け道がないかなと、壁を拳で叩いていた俺は振り返る。
「あんたって、本当に予想外なことが起きた時は顔にでるから。今回は、予想通りのことが起きたから、あんないつものヌケヌケ顔してたんでしょ?」
「俺の顔面は、ヌケヌケではなくイケイケだが……」
俺のために用意されたらしい、モニターとゲーム機の数々……希少価値のあるレトロゲームも揃っている。
もしかしたら、PCゲームもあるかもと思って、PCを立ち上げてみる。デスクトップ画面一杯に、俺の笑顔が映った。アイコンは、すべて、俺の寝顔だった。
そっと、音もなく、肘でモニターを叩き割る。
「あんた、なに企んでんのよ」
「マリア、耳かきして。耳、かゆい」
「脈絡もなく甘えてくんな……気色悪い。
ほら、見せてみなさいよ」
正座したマリアが、ふとももを差し出してきたので、有り難く顔面を埋めると――頭部を強打されて、顔を床に打ち付ける。
「ノーダメだが」
「す、すごい鼻血出てる……な、泣いてんの……ご、ごめんね……?」
両鼻にティッシュを突っ込んでから、マリアの膝に頭を載せる。普通にスカートだったので、もろもろがもろに伝わってくるが、所詮はマリアなので思うところはなかった。
「で、これからどうすんのよ。
今の状況は、あんたの望んだものなんでしょ?」
「いや、正直、ココまでの監禁設備が整ってるとは思わなかった。片方の“網”に魚はかかったが、もう片方の網は回収し損ねたって感じ」
「老人ホームの人たちから、話を聞き損ねたってこと?」
コイツ、バカではないんだよな……水無月さんやフィーネと比べると、数段落ちるが、手元に置いておく分には優秀だ。
「というか、あんた、まさか」
俺の耳をしょりしょり掻いていたマリアが、顔をしかめる。
「こうなるってわかってて、あたしのことを連れてきたわね?」
「当たり前だろ。
矢が降らないのに、盾を担いで出かけるバカがいるか?」
マリアは、あからさまなため息を吐く。
「おかしいと思ったのよ……水無月結とフィーネ・アルムホルト、角と飛車が揃ってる状態で、歩をわざわざ呼び寄せるなんて……体の良い手駒が、これから必要になるからってことね……」
「信頼してるぜ、メイン盾!!」
「くーち♡ くーちにーきーをーつーけーろ♡」
散々に俺のほっぺたを引っ張って、気が済んだのか、手慣れた様子のマリアは耳かきを再開する。
「で、これからどうすんの? 老人ホーム、戻らないといけないんでしょ?」
「安心しろ、策はある」
俺は、寝そべったまま、マリアに笑いかける。
「お前の頭の中に、策がある」
「出たわね!! 丸投げ野郎!! あたしの策なんて、タックル仕掛けて、女子中学生のパンツを剥ぎ取るくらいしかないわよ!!」
急になにを告白してんだコイツ、こわ。
「冗談だ、落ち着けよ。俺たちは、ヤンデレに関しては、歴戦の玄人だろうが。そんなに慌てる必要はないし、別に監視されてるわけでもないんだから、やりようは幾らでもあるだろ」
立ち上がった俺は、電子錠のついたドアに近寄る。笑いながら、冗談っぽく、ドアの周囲を調べてみる。
「アッハッハ! 視ろよ、マリア! このドア、こんなところに穴が空いてるぞ! 覗いてみたら、万華鏡みたいになってるかもしれ――」
目が合う。
ドアに空いた穴の向こう側から、血走った目が、こちらを覗き込んでいた。
「…………」
「あはは! 桐谷、なに固まってんのよ! なに? 富士山でも視えた? ちょっと、あたしにも見せ――」
穴を覗いたマリアの顔から、すっと、表情が消え失せる。
「…………」
「…………」
俺たちは、無言で、ドアの死角にまで移動する。
「桐谷」
涙を流しながら、マリアは笑った。
「あたし、死んだわ……」
「ばいばい、マリア……ばいばい……」
あの膝枕と耳かきを視られている以上、マリアの寿命は、現在0になった。悲しいことだが、どうしようもないことだ。さすが、メイン盾、全部吸収するじゃん。
扉がゆっくりと開いて、両目を真っ赤にした水無月さんが入室してくる。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。お互いが黙り込む。
「…………」
「…………」
「…………」
「……マリア」
「……なに」
「……水無月さん、背中になにか隠してない?」
「……隠してるわね」
「……聞いてみて」
「……ふざけんな」
「……プレゼントかもよ」
「……本当に殺すわよ」
水無月さんが、一歩、こちらへと踏み込んでくる。
瞬間、俺は叫んだ。
「罠カード、発動!!」
「あんた!? はぁ!? ホント、ふざけんな、クズッ!!」
俺は、マリアを前に押し出して、左方向から駆け抜けようとし――
「「えっ」」
ゆっくりと、前のめりに水無月さんが倒れた。
「まったく」
聞き覚えのある声音。
扉の向こう側から、にょきりと、煙草の先端が覗いて――
「桐谷。お前、一体、何度連れ去られれば気が済むんだ?」
苦笑しながら、雲谷先生が姿を現した。
新作短編、『理不尽な暴力系ヒロインに、全力でクロスカウンターをぶち込みたいと思います』を投稿しました。
作者ページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。