表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/170

深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ

「……桐谷」

「ん?」

「あんた、こうなるってわかってたでしょ?」


 勝手知ったる、水無月ハウス。


 水無月さんの部屋(スウィートルーム)に閉じ込められた俺たちは、電子錠と鉄柵付きの窓を視て、早々に脱出することを諦めていた。


「え、なんで?」

「顔」


 秘密の抜け道がないかなと、壁を拳で叩いていた俺は振り返る。


「あんたって、本当に予想外なことが起きた時は顔にでるから。今回は、予想通りのことが起きたから、あんないつものヌケヌケフェイスしてたんでしょ?」

「俺の顔面フェイスは、ヌケヌケではなくイケイケだが……」


 俺のために用意されたらしい、モニターとゲーム機の数々……希少価値のあるレトロゲームも揃っている。


 もしかしたら、PCゲームもあるかもと思って、PCを立ち上げてみる。デスクトップ画面一杯に、俺の笑顔が映った。アイコンは、すべて、俺の寝顔だった。


 そっと、音もなく、肘でモニターを叩き割る。


「あんた、なに企んでんのよ」

「マリア、耳かきして。耳、かゆい」

「脈絡もなく甘えてくんな……気色悪い。

 ほら、見せてみなさいよ」


 正座したマリアが、ふとももを差し出してきたので、有り難く顔面を埋めると――頭部を強打されて、顔を床に打ち付ける。


「ノーダメだが」

「す、すごい鼻血出てる……な、泣いてんの……ご、ごめんね……?」


 両鼻にティッシュを突っ込んでから、マリアの膝に頭を載せる。普通にスカートだったので、もろもろがもろに伝わってくるが、所詮はマリアなので思うところはなかった。


「で、これからどうすんのよ。

 今の状況は、あんたの望んだものなんでしょ?」

「いや、正直、ココまでの監禁設備が整ってるとは思わなかった。片方の“網”に魚はかかったが、もう片方の網は回収し損ねたって感じ」

「老人ホームの人たちから、話を聞き損ねたってこと?」


 コイツ、バカではないんだよな……水無月さんやフィーネと比べると、数段落ちるが、手元に置いておく分には優秀だ。


「というか、あんた、まさか」


 俺の耳をしょりしょり掻いていたマリアが、顔をしかめる。


「こうなるってわかってて、あたしのことを連れてきたわね?」

「当たり前だろ。

 矢が降らないのに、盾を担いで出かけるバカがいるか?」


 マリアは、あからさまなため息を吐く。


「おかしいと思ったのよ……水無月結とフィーネ・アルムホルト、角と飛車が揃ってる状態で、あたしをわざわざ呼び寄せるなんて……ていの良い手駒が、これから必要になるからってことね……」

「信頼してるぜ、メイン盾!!」

「くーち♡ くーちにーきーをーつーけーろ♡」


 散々に俺のほっぺたを引っ張って、気が済んだのか、手慣れた様子のマリアは耳かきを再開する。


「で、これからどうすんの? 老人ホーム、戻らないといけないんでしょ?」

「安心しろ、策はある」


 俺は、寝そべったまま、マリアに笑いかける。


「お前の頭の中に、策がある」

「出たわね!! 丸投げ野郎!! あたしの策なんて、タックル仕掛けて、女子中学生のパンツを剥ぎ取るくらいしかないわよ!!」


 急になにを告白してんだコイツ、こわ。


「冗談だ、落ち着けよ。俺たちは、ヤンデレに関しては、歴戦の玄人くろうとだろうが。そんなに慌てる必要はないし、別に監視されてるわけでもないんだから、やりようは幾らでもあるだろ」


 立ち上がった俺は、電子錠のついたドアに近寄る。笑いながら、冗談っぽく、ドアの周囲を調べてみる。


「アッハッハ! 視ろよ、マリア! このドア、こんなところに穴が空いてるぞ! 覗いてみたら、万華鏡みたいになってるかもしれ――」


 目が合う。


 ドアに空いた穴の向こう側から、血走った目が、こちらを覗き込んでいた。


「…………」

「あはは! 桐谷、なに固まってんのよ! なに? 富士山でも視えた? ちょっと、あたしにも見せ――」


 穴を覗いたマリアの顔から、すっと、表情が消え失せる。


「…………」

「…………」


 俺たちは、無言で、ドアの死角にまで移動する。


「桐谷」


 涙を流しながら、マリアは笑った。


「あたし、死んだわ……」

「ばいばい、マリア……ばいばい……」


 あの膝枕と耳かきを視られている以上、マリアの寿命は、現在いま0になった。悲しいことだが、どうしようもないことだ。さすが、メイン盾、全部吸収するじゃん。


 扉がゆっくりと開いて、両目を真っ赤にした水無月さんが入室してくる。


「…………」

「…………」

「…………」


 沈黙。お互いが黙り込む。


「…………」

「…………」

「…………」

「……マリア」

「……なに」

「……水無月さん、背中になにか隠してない?」

「……隠してるわね」

「……聞いてみて」

「……ふざけんな」

「……プレゼントかもよ」

「……本当に殺すわよ」


 水無月さんが、一歩、こちらへと踏み込んでくる。


 瞬間、俺は叫んだ。


トラップカード、発動!!」

「あんた!? はぁ!?  ホント、ふざけんな、クズッ!!」


 俺は、マリアを前に押し出して、左方向から駆け抜けようとし――


「「えっ」」


 ゆっくりと、前のめりに水無月さんが倒れた。


「まったく」


 聞き覚えのある声音。


 扉の向こう側から、にょきりと、煙草の先端が覗いて――


「桐谷。お前、一体、何度連れ去られれば気が済むんだ?」


 苦笑しながら、雲谷先生が姿を現した。

新作短編、『理不尽な暴力系ヒロインに、全力でクロスカウンターをぶち込みたいと思います』を投稿しました。


作者とまとすぱげてぃページの方にありますので、お暇があれば、ご一読頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 真顔で終われるあたり歴戦を感じますね。僕なら絶叫して、腰抜かしてる。 マリアのかわいさ無限大
[一言] マリアかわいいー!すきー! でもあれ、マリアだけ何で…もしかして………いや、言わないでおこう。 マリアかわいいー!すきー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ