合理性を追求すると、悪事に行き着いちゃうのな~んでだ?
「では、聞いてください……『黄泉送り』」
カラオケマシンから、大音量で往年のヒットナンバーが流れ出す。
湧き上がる黄色い歓声、俺の前に車椅子を並べた老婆たちが、マリアの配ったサイリウムを振りながら「アキラちゃ~ん♡」と声援を送ってくる。
「き、桐谷! おじいちゃんおばあちゃんたちのいる施設で、『黄泉送り』って曲はダメだっ――」
「ぉお~! 黄泉に送るぜ、おっとさんおっかさん~!! くたばった爺さん婆さんによろしくなぁ~!!」
「Großartig……日本の歌謡曲の素晴らしさ……フィーにも、黄泉が視える……」
「アキラくんの歌が、ゆいの鼓膜を愛でノックしてる!! 鼓膜、こじ開けられてる!!」
「あ、あの、おふたりとも、泣いてないで働きましょうよ……軍事利用されそうな呪歌を聞いてる場合じゃないですよ……」
歌い終えると、万雷の拍手が俺を包み込む。
「はい、しゅーりょー!! 桐谷彰の歌謡ショーは、本日は、これにてしゅーりょーとなります!! ご来場、ありがとうございましたぁ!!
ほら、桐谷! もうそろそろ、動き出――」
「では、聞いてください……『地獄落とし』」
「本当に地獄に落とすわよ、あんた」
介護職員の方々から絶賛を受けながら、アンコールをせがまれた俺は、高らかと『地獄落とし』を歌い上げる。当然、プロとして、喉の調節は仕事のひとつなので、本日のところは二曲だけで済ませておいた。
「桐谷、ちょっと、こっち! 来なさいってば!」
感涙にむせぶ水無月さんとフィーネを横目に、廊下へとマリアに引っ張り込まれる。
「すいません……今、プライベートなんで……」
「なんのプロ気取りだ! あんた、今日、ココに来た目的! 忘れてるんじゃないでしょうね!?」
「…………………………?」
「ほ、本当に忘れてる顔してる……な、なんなの、あんた……」
思い出した俺は、ぽんっと手を打った。
「で、どうなんだマリア、首尾は? 雲谷先生の手がかり、少しは見つけられたんだろうな? 無能に支払う愛想は持ち合わせてないぞ、俺は」
「あたし、次の日に、あんたが死体で見つかっても疑問は覚えないわよ」
どちて~? なんで~???
「とりあえず、職員さんたちに話を聞いてみたんだけ――ちょっ! ち、近いって! な、なんで、あんたって、あたしに対してパーソナルスペース狭いのよ!!」
「信頼してるから」
真正面から、言い放つ。
真っ赤になったマリアは、必死に腕で顔を隠していたが、ニヤけた口元が丸見えだった。
「は、はぁ……? ば、ばかじゃないの……ほ、ほんとに……ばか……」
本当に信頼してるよ、お前のチョロさ(ウィンク)。
改めて血まみれのキャラクターが描かれた手帳(そういや、コイツ、スプラッター映画好きだったな)を取り出したマリアから、適正な距離をとって、親愛なる下僕の報告を聞き入れる。
「あんたの言った通り、『雲谷』、『渚』、『男装した女の子』、『高校生のボランティアスタッフ』、『年下の妹がいる』、『モモ』、『独身貴族』、『行き遅れ』、『バージンロードをずっと歩いてる人』、『26歳、ジャージ姿の快女児』……引っかかりそうな要点を元に、聞き込みしてみたけど……ねぇ、コレ、後半から、ただの悪口じゃない……?」
「で、結果は?」
「ひとつもなし」
真っ白な手帳を見せつけて、マリアはため息を吐く。
「写真のほうは?」
幸福な王子の只中に取り残されていた、男性の顔だけが塗りつぶされた写真……マリアに預けられていたソレが、彼女の手から返却される。
「右に同じ」
「…………」
「ねぇ、桐谷、時期尚早だったんじゃない? さすがに、情報が少なすぎるわよ。
それにこの写真、雲谷先生が幼い頃に撮ったものでしょ? 大体の目安で、10年以上前に撮られたものなんだから、当時のことを憶えてる人なんて、ご家族以外にいらっしゃらないんじゃない?」
「そうかな」
ひょいっと、写真を奪われる。
いつの間にか、背後に立っていたフィーネが、指先で摘んだ過去の痕跡を見つめていた。
「別に家族じゃなくても……鮮烈に記憶にこびりつくタイプの人間っているわよ……フィーだって、アキラくんのことも、ゆいのことも、モモのことも……この脳味噌に閉じ込めていたんだから……」
「嫌になるけど、同意見ね」
壁に背を預けていた水無月さんが、暗がりから姿を現す。
「人間の記憶は、符号化して蓄えられているものだから。記憶を想起させる“キッカケ”を作ってあげれば、刺激によって浮かび上がる」
「海馬、扁桃体、背側視床正中核、前辺縁皮質に側頭葉……やさぁしぃく、刺激刺激してあげればいいの……細胞集成体を揉みほぐして、解き明かしてあげましょう……」
「フィーネ、手っ取り早いのは?」
「AFC記憶」
「俺もそう思ってたわ。
で、なに、AFC記憶って?」
俺に歩み寄ってきた水無月さんは、吐息のかかる距離にまで近づいてきて――拳を、火災報知器に叩きつけた。
「痕跡恐怖音条件づけ」
火災警報ベルが鳴り響く中、ふたりの狂女はほくそ笑んでいた。