表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/170

楽しい学園生活、はじまるよー!

「……お兄ちゃん、おる」


 登校の最中、淑蓮に見つかった俺はため息を吐く。


「お兄ちゃん……おる……」


 じりじりと距離を詰めてくる妹に対して、俺は首からぶら下げている笛を高らかに鳴らし――突っ込んできた淑蓮が、寸前で静止した。


「淑蓮」


 愚妹の動作を、眉間に添えた親指一本で抑えている……雲谷先生は、気だるそうに息を吐き、全力で俺を求める妹にささやく。


「桐谷は、一時、返却してやる。だから、そう飢えるな。

 女の子だろう?」

「雲谷ァ……!」


 ヤンキー漫画に出てくる下っ端か、お前は。


 雲谷先生から解放された淑蓮は、フェイントを交えながら、俺へと飛び込んでくる。


 タイミングを合わせて、前蹴り。


 跳躍した我が妹は、ものの見事に弾かれて、コンクリに背中ごと叩きつけられた。


「え……ど、どういうこと……お、お兄ちゃんが私を拒否した……あ、有り得ないよね……お、お兄ちゃんに拒否されたってことは、桐谷淑蓮の存在価値が0になるってことで……どうして、私、生きてるの……?」


 すまん、淑蓮。お兄ちゃんの反射スキルが、故意オートで発動しちゃったよ。


「ダメだ……私は、もう、ダメだ……ダメだダメだダメだ……!」


 座り込んだ淑蓮は、カチカチと音を立てて、カッターナイフを伸ばし始める。仕方がないので、カッターの刃をへし折って、救いの言葉を授けてやることにした。


「淑蓮、今、俺はお前の命を救ってやったぞ」


 宣託を捧げると、淑蓮は、ぱぁっと輝く笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんは、私のことが好きだ!!」

「いいから、恩返ししろ。今、幾らもってる? 跳ねてみろ?」

「やめんか。ほら、行くぞ」


 笑顔の妹をぴょんぴょん跳ねさせていると、雲谷先生に後頭部を叩かれた。


 最終的には力づくで連れて行かれそうなので、財布を回収させるのは諦めて、淑蓮には中学校に行くように言い聞かせる(お兄ちゃんポイント+1000000000000)。


「放課後、迎えに来てね!! 私、待ってるから!! お兄ちゃんのこと、いつまでも待ってるから!!」

「還暦の祝いはしてやるからな!」

「いつまで待たせる気だ、お前は」


 無論、一生。


 名残惜しそうな淑蓮と別れて、学校へ。見慣れた景色をたどって、教室に入ると、隣席には彼女がいた。


 眼鏡をかけた水無月さんは、黙々と勉強をしていて、俺が「宿題ありましたっけ? 見せてくれません?」と問いかけると顔を上げる。


「もぉ、ダメだよ、桐谷くん。宿題くらい、たまには、自分でやらないと身につか――どひぇえ!!」


 学校一の美少女で優等生、みんなの憧れ、水無月結。そんな彼女が、古典芸能的な悲鳴を上げて、後ろに倒れ込んだので、クラス中がざわめき始める。


「……な、なんで?」


 ようやく、我を取り戻した水無月さんは、適当な言い訳でクラスの騒ぎをおさめてからささやいてくる。


「な、渚くんは、なにを考えてるの? どうして、勝利が確定しているような状況下で、アキラくんを逃がすような真似を?」

「職員室で、聞いてきてくれます?」

「でも、そんなことよりも」


 油断していた俺は、彼女に、ふわりと抱き締められていて――


いたかった……」


 またも、別の意味で、クラスが流言飛語で満たされる。


「い、いや、水無月さん。学校では、目立たないように立ち振る舞うって、仰ってませんでしたっけ?」

「……好きだから、いいの」


 暫くの間、俺の胸元に顔を埋めていた水無月さんは、急にパッと離れてから「ごめんね、急に具合が悪くなって」と口にした。


 水無月結による、その一言で、先程の光景は、ただの事故だと処理されていた。クラスメイトたちは、いつもの日常へと戻っていて、あまりにも強すぎるその影響力に舌を巻く。


「オラ、お前ら、とっとと席につけー! ホームルーム始めるぞー!」


 そして、あたかも、日常風景を再演するかのように、雲谷先生が教室の中へと入ってきて――その後ろから、白金プラチナまたたいた。


「急な話だが、転校生を紹介する」


 圧倒的な美貌。


 この世の色彩を閉じ込めて白化したかのような、きらめきながら、舞い落ちる白金髪プラチナブロンド月の瞳(アクアマリン)は、大粒の宝石のように、見渡したすべてを魅了して離さない。


 クラス中の男どもが、一目で恋に堕落したのがわかった。

 クラス中の女たちが、一目で恋に畏服したのがわかった。


 女王然としたフィーネ・アルムホルトは、たったの一合でクラスを支配下に置き、傲慢ぶった態度で髪を掻き上げる。


「フィーネ・アルムホルト。女とは、仲良くする気ないから。生物学上で雌と判別されている羽虫が、私の前で羽ばたいたら、王水で羽ごととろかし、薄汚い未来図ごとダメにして標本として飾れなくするからよろしく(HELLO)


 強烈な自己紹介で、教室内が静まり返る。


 つまらなそうな顔をしたフィーネは、細めた両目で、教室の中を見回し……俺と目が合った。


 沈黙。


 俺は、片手を上げて、ウィンクする。


 一秒、二秒、三秒。


「どひぇえ!!」


 そのリアクション、流行ってんのか?


「う、ウンヤ……あ、貴女、なにを考えてるの……狂気的(Lunatic)……し、信じられない……」

「安心しろ、フィーネ」


 雲谷先生は、にこりと笑って言った。


「きっと、この学校生活は、楽しくな――」


 廊下から大きな足音が響いてきて、勢いよく教室の扉が開かれる。


 汗だくの衣笠由羅は、俺を視るなり――


「どひぇえ!!」


 もういいよ、それ(呆れ)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] どひぃええで朝から笑った。 [一言] ああ~~妹がぴょんぴょん跳び跳ねて、心ぴょんぴょんして、ついでにお金も跳び跳ねてくんじゃ~~ まって、諭吉! 置いてかないで!!
[良い点] 懐かしささえ覚えるすみれの反応。 フロントキックしたあとに、笑顔の妹をぴょんぴょん跳ねさせる(財布)、いいですね~。なんとも言えない感じが。
2020/05/01 02:04 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ