結婚式前
控え室に通された俺は、白スーツ姿の自分を姿見に映す。
「……ついに、俺も結婚か」
ポーズを決めてみる。
「…………!」
連続で。
「…………!」
格好良く。
「…………!」
クールに。
「…………!」
キメた。
そして、振り向くと、フィーネが立っていた。
「……いつから、視てたの?」
「四つん這いになって、蜘蛛みたいにぴょんぴょん跳ねてた時からかな」
イケてる着地ポーズを模索しているのを視られるのが、こんなにも恥ずかしいなんて、俺の両親は教えてくれなかった。
「で、なんだ?
花嫁が道草食ってたら、ウエディングプランナーどもがやけくそになって、音楽流してケーキ入刀し始めるぞ」
「随分と素直に受け入れると思って」
椅子を引いてきたフィーネが、俺の前に座って、こちらをじっと見つめてくる。
陽光が差し込んで、彼女を照らし、白色の肌がほんのりと色づいた。白金に輝く長いまつ毛が、ぱちぱちと動いて、きらめきを周囲に振りまく。
あたかも、生まれ落ちた瞬間から、愛されることを宿命づけられたみたいだった。
「金をもってる美少女と結婚して、一生、愛し続けてくれるって言ったら……大半の男どもは、喜んで、生涯のパンツを捧げると思うが?」
「フィーは、洗濯しないよ。ハウスキーパーがいるし。
パパがして欲しいならするけど」
俺のパンツキーパーになってくれ(プロポーズ)。
「で」
腕時計をカチャカチャ鳴らしながら、ネクタイを緩めて腰掛ける。
「将来の旦那様を、怪しく思ったお前は、早くも不貞調査にでもしに来たのか? アロハ産のカニと浮気してるって言ったらどうする?」
「……なにか、企んでるの?」
覗き込まれて、俺は口端を曲げる。
「残念ながら、サプライズは嫌いなんでな。フラッシュモブプロポーズして、破局したなんて話はよく聞く」
「本当に、パパは、よく口が回るよね」
フィーネは、目を笑わせずに、口だけを笑わせる。
「でも、パパは、思慮深い人間だったよ」
「生憎、記憶喪失だ。自分の履いてるパンツの柄も忘れた」
「青と黒のストライプ」
すごい、この子……マジもんの下着を守りし者じゃん……
「どうせ、お前は、俺がなに言っても信じないんだろ? なら、ここで、楽しいお喋りタイムを設けるのも無駄だ。
とっとと、結婚して、グアムにでもハネムーンしようぜ」
「……アレだけ大口叩いておいて、本当に諦めたの?」
足を組んだ俺は、革靴のヒモを、ぶらんぶらんと揺らす。
「俺は俺だ。ただ、流されるだけなんでな。面倒くさいから、足にはなりたくない。ただ、そこに在って、状況に流されていくくらいが丁度いい」
「だから、パパになるって?」
「正直言って」
俺は、両手を広げる。
「万策尽きた。俺には選べない。だから、お前らに選んでもらうよ」
「フィーたちに委ねるの?」
「信じてるんでね」
立ち上がった俺は、もう一度、ネクタイを結び直そうとして――背後から、フィーネに抱きしめられる。
「……結んでくれるのか?」
「アキラくん、ネクタイ、結べたことないでしょ?」
ヒモらしく、フィーネにネクタイを結んでもらう。
ゆっくりと、ていねいに。
大切な人へのプレゼントを包装するかのような手付きで、フィーネは、見事なケープノットを作り上げる。
「……フィーは、ただ、あいしてほしいの」
俺の背中に縋り付いた彼女は、そっと、ささやいた。
「もういちど……もういちど……パパに……あのきれいなひとみで……みてほしいだけなの……フィーは、バケモノじゃないって……しょうめいしてほしい……ただ、それだけなの……あいたいとねがって……だめなの……?」
「別に悪くはない」
俺の背後にいる彼女に、語りかける。
「ただ、お前は、病んでるだけだ。全くの別人を、本物のパパに作り変えようなんて、世間一般では行き過ぎた愛って言われるからな」
「……もういちど、童謡を教えて」
鏡越しに笑ったフィーネ・アルムホルトは、終わってしまった時間を遡るかのように――愛らしい少女として存在していた。
「ぱぱのおひざのうえで、ふぃーは、えほんをきかせてもらうの。それでねそれでね、たっくさぁん、おうたをおしえてもらうのよ。ぱぱは、ずっと、ままとなかよしで、ふぃーにやさしいの。ふぃーはね、ふつうのこどもで、ぱぱもままもなかたがいをしないの。ふぃーのせいで、ふたりがわかれたりすることはないのよ。ふぃーとぱぱがいれば、きっと、ままもかえってきてくれるよ。
さんにんで、こんどこそ、しあわせになるの」
「…………」
誰が、コイツに、少女を押し付けたのか。
誰が、コイツに、才能を押し付けたのか。
誰が、コイツに、狂気を押し付けたのか。
誰も――コイツに、自分を押し付けなかったのか。
「……今、はっきりとわかった」
らしくもなく、自分とは正反対の彼女に、言いたくなった。
合理的じゃないし、誘いだとわかっていても……演技ではないと信じて、ただ、言ってやりたくなった。
彼女が理性的であるから、俺は情動的であるべきだと――思った。
「俺をパパにしても、お前は、絶対にしあわせになんてなれない。ただ、繰り返すだけだ。環境に適応する機械みたいに、生物らしくもなく、ただ0と1を吐き出し続けるだけの“誰か”として存在するだけになる。
お前が勝てば、お前は不幸になる」
「……だから?」
笑うフィーネに、微笑みかける。
「光栄に思え、良かったな、フィーネ・アルムホルト」
向かい合わせの、俺たちは、出会い頭に、嘲笑い遭う。
「図らずも、俺は――お前をしあわせにしてやる」
「……素敵な求婚」
結婚式の準備が、整ったことを知らせるように――ノックの音が響いた。