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<第一章>・契約主

─カチ、カチ、カチ、ポッポ~。

時計の音が、ゆっくりと正午の時刻を告げる。

今どき珍しい鳩時計が置いてあるこの部屋で、司はふと昨日の出来事に思いを馳せていた──。


というのも、今朝七時頃。

血まみれの床掃除を終え、一旦家に帰ろうとする司に、

『光熱費も食費もかからないから、あんたの望みを叶えるまで住む場所だけ提供して欲しい』

と、悪魔自らが頼み込んできたのだ。


まぁ、借りを作るのが嫌いな司からしたら、‘’命を助けてもらった‘’うえに、‘’何の代償もなく望みを叶えてもらえる‘’立場にある以上、言うことを聞かざるを得ない。

というより、これくらいのことはしないと、とても‘’代償‘’に見合った対応とは思えなかったからである。

 そのため、悪魔には隣の部屋(司の両親の寝室)を仮住まいの場所として提供した。

司の両親はほとんど帰ってこない。

使ってない部屋なら、すすんで提供すべきだろう。

そのうえ、例え帰ってきたとしても、司の両親には悪魔が見えないのだから問題はない。──まぁ、両親が他の悪魔と契約していなければ、の話ではあるが。

 はたまた同居という点に関しても、司と契約を結んだことで悪魔自身は何にも触れられない体質になってしまったため、異性であっても全く害はないと判断した。仮に風呂の覗き見なんてした暁には、とっとと望みを言って相手を消滅させれば済む話である。


それにしても。

『はぁ…』

昨日……

──いや、半分あれは今日の出来事なんだよなぁ。

と、司は自身のベッドの上で仰向けになりながら考えていた。

本当は、早く2度目の眠りにつこうと(そうすれば、少しは気が紛れるような気がして)奮闘していたのだが、どうも眠気は吹っ飛んでしまったらしく……

『はぁー』

こうやって、何度目かも分からないようなため息を、さっきからずっと吐き続けているのであった。


『そんなにため息ついてたら、幸せがどんどん逃げてくぞ』

壁をすり抜け、隣から悪魔が姿を現す。


『は?幸せって、んな大袈裟な……』

“負”の代名詞とも言える悪魔が何を言う、とも思ったが、それより司には気になることがあった。


『あの、一応ここ私のプライベート空間なんだけど。』

そう司が一瞥すると

『あ、悪い』

踵を返して、悪魔は素直に壁をすり抜けていく。


…はぁー。

司には、もう少し考える時間が必要だった。

別に、悪魔と契約したことを悔やんでいるわけではないのだが、あれよあれよという間に、白目むき出しの悪魔に殺されそうになったり、気を失ったり、変な悪魔と契約を結ぶはめになったり…

と、この一連の‘’奇妙‘’な出来事に、司の頭は完全にキャパオーバーしてしまっていたのである。


『でも、そう言えば…』

──そもそも、なんであいつは‘’自らの魂‘’を差し出してまで、私と契約を結びたかったのだろう…。

確かに、‘’どうせ消滅してしまう運命なら、誰かのために魂を差し出して消滅する方がいい…‘’みたいなことを言っていたのは覚えているが、なぜそれが自分だったのか。


壺を避けずに、女性を守ったから?

それだけでは、少し理由が弱すぎる気がする。

まぁ、理由の重さなど司が決めることではないのだが。

そのことを含め、あいつにはいろいろと聞かなければいけないな…

なんて思考を巡らせていると、

『神路さーん!』

扉の向こうから司を呼ぶ声が聞こえた。

『どうかした?』

そう言い、司が急いで部屋から出てみると、

『ごめん。暇だったから呼んでみただけ。』

と、悪魔はこれまた素直に頭を下げて謝る。


まぁ…無理もないだろうと司は少し反省した。

成り行きとはいえ見ず知らずの家に来て、あげくそこの住人に放っておかれたら、そりゃあすることもなく暇になる。司だってそうだ。

『まぁいいか』

司は、ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、

『少し、話でもしようよ。』

と悪魔を手招きした。


すると悪魔は、座れもしないはずの椅子に嬉しそうに腰を降ろす。

『君、椅子は座れるのね。それにここは3階だけど、床の上にも立ててるようだし…』

早速いつもの人間観察…ならぬ悪魔観察に入る司に、隙がないなと悪魔は苦笑いする。

『俺も、そこんとこはよく分からなくてさ』

『そうなの?ところで悪魔さん、なんで私だったの』

『何が?』

『契約よ。君はさ、なんで私としか契約を結ばないって言い切ったのかなって。』

あー。と、悪魔は天井を見上げながらこう答えた。

『俺さ、悪魔になってから多分…1週間くらい経つんだ。

だからさ、後1週間すれば消えちゃうんだなーって思ってたところに、神路さんが現れた。』


『つまり、君は元々誰とも契約を結ぶ気はなかったと?』


『うん。だってさ、生きてる時の記憶がない俺には、人の命を食べてまでこの世に執着する理由がなかったからね。』

あまりに淡々とした口調に、司は不思議そうに首をかしげた。


『…っていうことはつまり、大多数の悪魔にはちゃんと生前の記憶が備わってるってこと?』

『そうみたい。なんか、俺だけ記憶喪失。』

悪魔は不器用に笑ってみせる。


『そうか…てっきり、悪魔はみんな君みたいな状態なんだと思ってた。』

司は、改めて深く頷いた。


『ところでさ、本題に戻るんだけど』

『あ、契約の話か。』

と悪魔はまた司から視線を外した。


『俺、あんたにすごく興味持っちゃったんだよね。』

『…?』

司は、眉間にシワを寄せる。


『そんな怪訝そうな顔しないでよ。

別に、変な意味じゃないんだしさ。』

変な意味かどうかは、理由を聞いてから司が決めることである。


『で、なんで興味を持ったのよ。』

『それは…』

と、悪魔は少し考え込むと、

『…やっぱり館かな。

あ、後、これも言いそびれてたんだけど…契約を結ぶ前の悪魔は、姿を自由自在に変えられるんだ。

もちろん、実体があるから人間になることも出来るし、逆に姿を消すことも出来る。

で、俺は姿を消して、三吉っていう人とあんたの話、つい聞いちまったんだよね。』


‘’立ち聞きしてたのね!‘’と怒鳴ってやってもいいのだが、まさか悪魔が立ち聞きしていたなんて誰が予想できただろう。なのでここは、司の海より深く空より高い慈悲深さで大目に見てやることにした。


『それで?

確かにここは珍しいと思うけど、フツーに悩みを聞いて、フツーに解決する、フツーの館よ。』

そんな館、正直言って普通どころか聞いたこともない。


『別に、あんたのやっている館がどうとかを言ってる訳じゃない。

あんたは今さっき俺と契約したばかりだから気づいてないかもしれないけど、三吉って人が屋敷から出てきたとき、後ろに悪魔も憑いてきてた。

きっとあれは、もう契約を結んでるか、もしくは…

あの悪魔が、三吉って人を契約主にしようと狙ってるかのどっちかだな。』


は!?

司は大きく目を見開いた。


『それだけじゃない。実はここ3日間、あんたの屋敷の前をうろついていたんだが…』

さらっと問題発言…

ではあるが、ここは話を止めずに先を促す。


『あんたの館に入っていく客のほとんどに、悪魔らしきものが憑いてたんだ。』


おいおいおい。

なんて物騒なことを軽々しく言ってくれるんだ…

司の眉間に幾重にも重なる皺。たった一日で十歳くらい老けた気がするのは気のせいではないだろう。


『だからこそ、あんたとその館に興味を持った。

なにせ、これでもかというほど悪魔が出てくる館なんだからな。』

褒められた気がしない。というか嬉しくもない。

司は、それはそれは盛大にため息をつき、

『なんでその悪魔達は、うちの依頼主にばかり手を出すのよ』と心ばかりの抗議をした。


すると、悪魔は人差し指を司の目の前に掲げ、こう答える。

『その答えは1つしかないな。

あんたの館に来る客は大体、‘’強い望み‘’を持っているからなんじゃないのか。』

『強い望み?』


悪魔は、腕を組みながら真剣に語った。

『あぁ。悪魔だって、ただ闇雲に契約主を探している訳じゃない。

確かに人間は、生きてる限り必ずと言っていいほど‘’欲‘’を持っている。

でも、みんながみんな、‘’自分の魂を差し出して‘’まで叶えたい強い望みをもってるやつなんて、そうそういないだろ?』


『まぁ、だいたいの悩みは命かけなくてもなんとかなるからね。』

と、司は呟く。

『そう。でも、2週間以内に契約を取り付けないとこっちは消滅する。そこで、悪魔にはある機能が備わってるんだ。』

『ある機能?』

『簡単に言うと…オーラを見分ける力。

相手から発せられる喜怒哀楽が色となって見えるっていう…。』

『はぁーなるほど。』

『で、その色の濃さが濃ければ濃いほど、その人物が抱いてる‘’望み‘’は強いっていう風に判断するんだけど…』

と、悪魔は頭をかいて

『あんたの館から出てくる人たちは、そのオーラの色がとても濃いんだ。

だからこそ、悪魔に狙われるんじゃないのか?』

と一人で納得したように…

って、納得なんかされては困る。


『そりゃあ、悟りの館なんだから、‘’強い望み‘’を持ってる人がたくさんいても不思議じゃないでしょ?

‘’こうなりたい‘’、‘’こうしたい‘’っていう人の悩みを聞いて、アドバイスをするのが私の仕事なんだから。 』


『まぁな。

でも、昨日の三吉のオーラを見てても、あいつにそこまでの‘’強い望み‘’を感じなかったんだ。』

『なにせ、新しい学校が不安だっていう悩みだったからね。

そういう類いの悩みは、慣れてしまえばどうってことないものだし…』

『だったらなんで、あいつに悪魔が憑いてたのか。』

悪魔は、真剣な表情でそう言った。


『あくまで俺の推測に過ぎないが、あの悪魔は生前に三吉と何らかの関わりがあったんじゃないかと思うんだ。』


『関わり?

つまり、オーラの薄い三吉さんに、悪魔が契約目的で近づくはずがない…と。』

『そう。

だって、さっきも言ったけど、そんなのあまりにもリスクが高すぎると思うんだ。

それに、だいたい悪魔になるようなやつっていうのは、‘’この世に絶大なる怨みを持ってたために昇天出来なかった‘’やつか、‘’生前に悪魔と契約して魂を食われた‘’やつの2種類しかいないんだ。

そんなやつはたいてい、昨日の悪魔同様どんな手を使ってでも契約を取り付け、この世に生き残ろうと…

…って、おい!』


すると司は、急に何かを思い立ったように立ち上がり、玄関へと走っていった。

『何をそんなに急いでるんだよ!』

悪魔も、負けじと司の後に続く。

『決まってるじゃない。三吉さんに直接確かめに行くのよ。』

司は、しっかり戸締まりをしながらそう答える。


『あのなぁ。だとしても、昨日会ったばかりの三吉の居場所、お前知ってんのか?

それに、‘’あなたは悪魔に狙われています‘’って言ったところで、向こうが信じるとでも…』


すると司は、けろっとした様子で悪魔に問う。

『君は、三吉さんの居場所が分からないっていうの?』


『当たり前だろ。あいつは学校名も住所も名乗ってなかったじゃないか。』

悪魔の返答を聞いた司は、口角を上げ、悪魔のごとくにやりと笑い言い放った。


『これはあくまで推測だけど……

時間さえ間に合えば、これから向かう場所に三吉さんはいるんじゃないかな。』

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