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<第一章>・平和じゃない金曜日

『あー、おいし。』

温暖化だなんだでまだ暑さが残る十月は、アイスを食べるにはもってこいの季節である。

もちろん、アイスの季節と言われたら、真っ先に思いつくのは夏に違いない。

けれど、この館の夏は(依頼主のために)これでもかと冷房をつけているため、とてもじゃないがあんな冷たいものを食べようだなんて念頭にすらないのである。


『やっぱり、アイスはチョコじゃないと。』

司は、最後の一すくいをめいいっぱい口にほおりこみ、恍惚の笑みを浮かべた。


只今、八時十五分。

もう三吉が帰って二時間半くらい経つが、珍しく今日はあの一件以降全く客がやってこなかった。


いつもは、一日平均六、七人くらいがこの館を訪れ、一人約三十分くらい話をしていたとしても、五時〜九時までの勤務時間内で丁度収まるような…というのが、普段の流れなのだ。

なのに、今日はやけに依頼主が少ない。というより、まだ三吉一人だけしか訪れていないではないか。

『今日は金曜日なのになぁ。』

金曜日というのは、明日が休みとだけあって、相談に来る依頼主がとても多い曜日ではあった。


まぁでも。と、司は思う。

そもそもここは商売ではないし、依頼主が少ないということは、今悩みを抱いている人がいつもより少ない…ということになる。


平和な金曜日、万歳。

司は、言葉にすると必然的に独り言になってしまうことを理解した上で、あえて心の中で呟いた。


──はず、だったのだが。


‘’ガンッ‘’

…平和だと思っていた矢先とんでもない不幸に見舞われるのはよくある話で、あの重厚な扉が荒々しく開く音が、不穏にも館内にこだました。

『おいおい。扉はもっと優しく扱いなよ…』

ため息をつきつつ、司は新たな依頼主の元へ。

すると。


『いや、いやぁぁぁあ!!!』


女性の悲鳴である。


『大丈夫ですか…!?』


司が着いたときには、もう────。


『た、た、助けて…』


おぞましい光景だった。

男は、被害者であろう女性の上に馬乗りになり、女性の襟首をつかんで何やら不気味にうめいている。


『彼女から離れなさい!』

司は、男めがけて体当たりでぶつかる。

おぞましい…というのは、決して男が女性にしていた行為だけではない。

その男は、白目を向き、口から泡を吹き、それでもなおその女性に執拗に何かを迫っていたのだ。


しかしながら、その男の言葉は司には全く理解が出来ない。 そしてそれは、女性にとっても同じであるようだった。

『この人が、急に、急に……』

‘’襲いかかってきた。‘’

そう、言いたいのだろう。


とりあえず、警察を呼ばないと…。

司は、女性をかばうようにして男の前に立ち、携帯電話へと手を伸ばす。


しかし次の瞬間。


‘’ガッシャーン!‘’


近くにあった壺を、男は司めがけて恐ろしい速さで投げつけた。避ける間もなく直撃してしまった司は、自身の視界が危なげに揺らいでいることに気付く。

ここで倒れては。そう思うのに、体が思うように動かない。


『とりあえず、早く…』


ここから離れなきゃ……


‘’バタンッ……‘’

『大丈夫ですか!大丈夫ですか!…』

女性が、倒れた司の肩を強く揺らしたが、司の意識は遠退いてゆくばかり。


『早く、早く…逃げて……』

遠ざかる喧騒の中、司が見た光景、それは──。


‘’ドンッ‘’


女性でも、あの男でもない誰かが……男に向かって回し蹴りを食らわせ、そして。

『…自我を失った哀れな悪魔め。

この聖書によって在るべき所へ導かれたまえ。』

振りかざした書物と短い詠唱の後、男が跡形もなく消えていく……一言で言えば異質な場面だった。

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