おまけ
蛇足です。
かかげた拳に手が触れて、ベッドの横に人が座っていることに気づきました。
「アリソン、気づいたのか」
「アルフォンス様....」
「よかった。今、人を呼んでこよう」
アルフォンス様がそう言って立ち上がり、お医者様とお母様が呼ばれました。
診察の結果は、知恵熱でした。
「まぁ。アリソンは何をそんなに考えていたの?甘いものを食べながら知恵熱だなんて...」
医師が退室した後、呆れ顔のお母様が頬を撫でてくださいました。
でも、本当のことは言えないので咄嗟に誤魔化しました。
「とっても美味しかったの。これはなにでできているんだろう、どうしてこんなにおいしいんだろうって思ったのは覚えていますわ」
「アリソンが眠っている間、ぷりーあらもーどと繰り返していたのは、その甘味のことか」
アルフォンス様が納得したように呟いたあと、仕方ないなぁという様に苦笑いしました。
これは、....初めてみる表情かもしれませんわ!
「シェフはアリソンの身体にとって良くないものがあったのではないかと、とても心配していたのよ。何もなくてよかったわ!みんなにも知らせてくるわね」
お母様が退室し、アルフォンス様が残りました。とはいえ、すみには侍女が控えていますが。
「アルフォンス様、ご心配をおかけしました」
「気にするな。もう少し休んだほうがいい」
いつもの無表情に戻っていたアルフォンス様は手をにぎにぎしてくださいました。
それがあたたかくて、私は眠ってしまいました。
熱を出してつかれていたのか、次に私が目覚めたのは翌朝でした。
アルフォンス様はとっくにお帰りになっていて、目覚めた私が見たのはお父様の強面でした。
随分と心配をかけてしまったようでしたが、頭を撫でて労ってくれたあと、お仕事に向かわれました。
シェフは心労と安堵で倒れてしまい、とても申し訳なかったですが、今も我が家で美味しい料理を作ってくれています。
例のおやつは、私がうわ言のように繰り返していた、ぷりーあらもーどという名前になってしまいましたが、ねだって何度も作ってもらいました。
はじめは周りが許してくれませんでしたが、食べても問題ないとわかると、お父様をはじめみんなの大好物になりました!
私はアルフォンス様の心をがっちりと掴むためにとにかく知識をつけることにしました。
淑女のためのマナーレッスンや、殿方のお話についていけるように、政治や武術についても勉強しました。
なぜだかは分かりませんが、「胃を掴むべき」と直感が囁いてくるので、シェフから簡単な料理も教えていただきました!
手作りのサンドウィッチをもってアルフォンス様とピクニックに行ったり、剣術のお稽古を見学させていただいたりしました。
それは、アルフォンス様が王立学園に入学した後も変わらず、長期休暇がくるたびにアルフォンス様は我が家をたずねてくださり、一緒に過ごしました。
〜*〜*〜*〜*〜
「もうすぐアリソンも学園に入学するね」
春の長期休暇を利用して我が家にいらしていたアルフォンス様とお茶をしているときでした。
今日は、私渾身の力作ぷりーあらもーどをお出しして、アルフォンス様とぷちお茶会を開いていました。
アルフォンス様も甘いものがお好きなのです!
「えぇ、もう必要な荷物は学園に送りましたわ。家を出るのは少し寂しくて不安ですけれど、学園での生活が今からとても楽しみでもありますわ」
「学食や寮の談話室は、男女自由に利用できる。なにかあったら、いつでも相談してくれ。力になれることもあるだろう」
「心強いですわ」
そう言ってアルフォンス様に微笑みかけると、アルフォンス様は小さく頷き、ぷりーあらもーどを無心に食べはじめました。
分かりにくいですが、これ、照れた時のアルフォンス様です。
アルフォンス様は、黒髪にアイスブルーの瞳をお持ちで、動かない表情筋もあいまって、ちょっぴり怖い雰囲気ですが、割と分かりやすい方だと私は思っています。
そう言うと、それはアリソンだからだよ、とお兄様が可笑しそうに言っていました。
「……アリソン」
食べ終わったアルフォンス様は、なんだか少し切なそうな表情で私の名前を呼びました。
足りなかったのでしょうか?
「いや、美味しかったよ。では、そろそそ失礼する。学園でまた会おう」
私の顔を見て苦笑いをしながら、立ち上がったアルフォンス様に私もたちあがり、お見送りをしました。
先ほどの表情は見間違いだったのでしょうか?
自室に戻って思い返して見ましたが、答えは見つかりませんでした。
学園に入学すると、乙女ゲーが始まります。
主人公は子爵家のご令嬢ですが、入学の少し前に養子として引き取られた、という設定です。
それまでは市井で過ごしており、そのひたむきで打たれ強く、貴族にはない天真爛漫さで攻略対象たちをメロメロにしていきます。
最近、シェルタント子爵が養子を迎えたと聞きました。母親がかつて子爵家で侍女をしており、そのときに授かったとのことです。子ができたとわかると母親は子爵家を辞し、遠く離れた港町で過ごしていたそう。ずっと探し続けていた子爵がその港町に辿り着いたとき母親はすでに病でこの世を去っており、身寄りのなかった彼女を正式に子爵家の者として迎え入れた、と聞いています。
私と同じ15歳、今年学園に入学するそうです。
ついに、この時がやってまいりました。
これからの1年が私にとって勝負の年です。アルフォンス様とは、とてもいい関係を築いています。
絶対にアルフォンス様の心をがっちりつかんではなしませんわ!
ふんす、と鼻息を荒げて部屋の真ん中で右拳をかかげ、決意を新たにしているランシェルン伯爵令嬢アリソン、15歳。
部屋を訪れたものの返事のないことを不審に思った母親が、拳をかかげる娘の背中を見つけて淑女の在り方を説くまで、あと1分ーーー
とりあえず一旦完結です。
続くかどうかはまだ分かりません。




