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子育てやくざ  作者: 朱里
6/12

兄と弟

今回シリアス編に突入です。ちょっとやくざらしいことしてます。

 「あれ、組長は?」


 雅人が一仕事終えて組に戻ってくると、いつもの応接室にいるのは秀二のみだった。ソファで煙草を吸っている。秀二は雅人の問いに、簡潔に答えた。


 「三者懇談だそうだ」

 「え、何それ面白そう」

 「相当嫌そうだったぞ」


 秀二は懇談に行く前の蓮次を思い出し、少し噴き出す。ネクタイの締め方をまた忘れたようで、秀二に聞いてきた。あまり正装で行かなくていいのではないかとも思ったが、蓮次がまともな私服を持っているかと言われれば頷きかねたので、結局はいつものスーツになった。


 「いつ帰って来んの?」

 「さぁな。聞いてない。愛華とどこかに寄るんじゃないか」

 「いいなぁ」

 「そんなに暇なら晩飯の材料買ってこい」


 秀二がそう言うと、雅人が舌打ちをした。一瞬にらみ合った後、じゃん、けん、ぽん、と手を出す。結局、雅人が買いに行くはめになった。


 「はーマジかよだりぃ…良い幼女いるかな…」


 雅人は玄関までの道のりを、そうぶつぶつと呟きながら進んだ。玄関で先程脱いだ靴を履くと、ドアを開ける。

 とんとん、とつま先を地面で叩いていると、ふと目の前に影が落ちた。何だよ、と思い、見上げる。


 そこにいたのは、どこかで見たことがあるような顔の、背の高い男だった。長い黒髪を一つに束ね、眼鏡をかけている。あ、と雅人は声を上げそうになる。秀二に瓜二つだった。違うところと言えば、髪の色と、そして、うっすらと笑顔を浮かべているところだった。


 「…どちらさん?」


 ただ自分を見下ろしてくるだけのその男を訝しんだ雅人は、少し身を退いて、聞いた。男は相も変わらず笑顔を浮かべたまま、言う。


 「君、霧原組かな?」


 雅人は頭を回転させ、自分が霧原組であることを言うかどうか迷った。が、この男も堅気の人間には見えなかったので結局、素直に答える。


 「そうだけど。質問を質問で返すなよ。お前は誰だっつってんの」

 「秀二は…瀬田秀二はいる?」

 「だからぁ―――」


 雅人がため息を吐いて問い返そうとする…と、雅人の目の前に突然拳が〝現れた〟。まさにそんな感じだった。避けられない、と思った雅人は、咄嗟に顔の前に手を出し、男の拳の勢いを殺した。それでも軽く弾き飛ばされ、玄関のドアに派手にぶつかる。


 「…ってぇ…」


 一瞬視界がくらりと揺れたが、足を踏ん張って立ち上がった。鉄の味がしたので、ぺっと血を吐き出す。


 「…穏便じゃねえな。どちらさんだって、聞いてんだろ!」


 言葉と同時に未だに笑顔を浮かべている男に向かって一歩踏み出す。勢いをつけて、拳を前に。だが、雅人の拳は止まっていた。男の片手に、止められていた。咄嗟に拳を抜こうとしたが、ぴくりとも動かない。まずい、と雅人は思った。

 焦る雅人を尻目に、男はゆっくり口を動かす。


 「もう一度聞くけど、秀二は」


 男は軽く拳を振る。


 「―――弟は、ここにいるよね?」


 そこで腹に鈍い痛みを感じた雅人は、ごふ、と血を吹き出した。男の襯衣に雅人の血が飛ぶ。男は雅人の服を掴んで引き摺ると、組の中に入っていく。回らない頭で、雅人は考えた。


 弟とは、道理で、似ているはずだ。


 ***


 ばん、と応接室のドアが開き、中にいた秀二は目を見開いた。そこから雅人が雑に投げ込まれたものだから、更に驚く。次に入ってきた、ここにいるはずのない人物に気付くと、沸々と腹の底から嫌悪感が沸いてきた。


 「……秀一」


 その男の―――自分の実の兄の名を、忌々し気に呼んだ。


 「やぁ、久しぶりだね、秀二。元気?」


 秀一は、秀二の睨みも意に介さず、ひらひらと手を振った。秀二は舌打ちをする。


 「何でここにいる?東北に行ったんじゃなかったのか。雅人に何をした」

 「質問が多いなあ」


 秀一は苦笑を浮かべると、指を一つ立てた。


 「まず一つ。ここに転がってる男の子なら、心配ないよ。殺してないから。ここに入れてもらおうとしたら入れてくれそうになかったから、ちょっと無理矢理入ってきちゃっただけ」


 秀二の眉間に皺が多くなる。気に留めず秀一は、もう一本指を立てた。


 「二つ目。僕がここに来たのは、お前をうちの組に引き抜くためだよ」

 「……ふざけるな」


 秀一が笑顔で言ったことに、秀二は低い声で返す。秀一は尚、笑顔を崩さない。


 「…お兄ちゃんに向かってふざけるなとは酷いんじゃない?」

 「お前のことを兄だなんて、思ったこともないな」

 「…悪い子だなぁ」


 秀一はポケットに突っ込んでいた手を出すと、ぴん、と何かをはじくように素早く親指を突き出した。


 「!」


 瞬間、秀二が顔を横にずらす。すると秀二の頬に一筋血が流れ、秀二の後ろにあったソファに細い針のようなものが刺さった。


 「あらら避けちゃった。まぁ、問題ないけど」

 「何を…」


 言い返そうとすると、秀二の体が突然重くなり、秀二は床に膝をついた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。目を見開いていると、秀一が言った。


 「高かったんだよ、毒。あぁでも安心して、ちょっとの間、動けないだけだから」

 「何のつもりでこんな―――」

 「言ったじゃん、お前を引き抜きに来たって」


 くそ、と思いどうにか立ち上がろうと足を踏ん張ったが、本当にぴくりとも体が動かない。舌打ちをすると、がはっ、とむせる声が聞こえた。雅人だ。


 「…し、秀二、そいつお前の兄貴かよ」

 「……一応な。大丈夫か」

 「大丈夫に見えるのか」

 「見えないな」


 秀一が雅人を見下ろす。まだいたの、とでも言いたげだ。秀一が雅人の方に足を進めたので、雅人は身を固くする。


 するとそこで、応接室のドアが開き、陽気な声が飛び込んできた。


 「ちわーっす、がきんちょいます、か…って、え、何これ」


 恭四郎だった。恭四郎は目の前に立っている秀二に似た男と、倒れた雅人、そして座り込んでいる秀二を見て、唖然とした。


 「「恭四郎!」」


 雅人と秀二が同時に叫ぶ。まずい、と思った。秀一が恭四郎に向かって歩く。秀二は、足に力すら入らなかった。


 「恭四郎逃げろ!」


 仕方なく、秀二は声を上げる。え、と言った恭四郎は一歩下がるが、秀一に胸倉を掴まれてたちまち動けなくなってしまった。


 「いっ…何だよ、お前…」

 「…君は見たことないなぁ、誰?…まぁ、いっか」


 秀一が拳を握る。軽く構えたところで、秀一は足に違和感を感じ、自分の左足を見た。


 見下ろすと、雅人が秀一の足を掴んでいる。すっと一瞬笑顔を消した秀一に、雅人は怯むこともなく言った。


 「ガキに手ぇ出してんじゃねえよ、いい大人が。だっせ」

 「…元気だなぁ」


 秀一は恭四郎から手を離すと、左足を上げて雅人の手を振り解き、そのままの勢いで雅人の腹を蹴った。


 「ま、」


 雅人、と言った恭四郎の声も、秀一が何度も雅人を蹴る音に遮られた。恭四郎は秀二を見る。状況は分からないが、秀二が動けなさそうなのは確かだった。唇を噛み締めて、未だ雅人を蹴っている秀一のスーツを引っ張る。


 「おいお前、もう雅人気ぃ失ってんだろ⁉それなのにそんな蹴って意味あんのかよ!!」

 「あぁごめんごめんちょっとむかついちゃって。別に問題無いでしょ」

 「は…何言って…」


 恭四郎がそこまで言うと、秀一は恭四郎の頭を掴んだ。そしてそのまま、恭四郎の後頭部を壁に叩きつける。まだ手は離さない。


 「……っう、ぃ…って」


 秀二はその後、信じられない気持ちで秀一を見た。秀一が恭四郎の頭を掴んだまま、持ち上げたのだ。あろうことか、片手で。いくら恭四郎が痩身で軽いと言えども、人の体重だ。持ち上げることなど、まず無理だ。


 ぎりぎり、みし、と嫌な音がする。


 「……っい、はなっ、せ、お前、ぁぁあああ!!!」


 感じたことのない痛みに、恭四郎は耐えられず声を上げる。死ぬ、と本気で思ったのなんて初めてだった。


 そこで突然、恭四郎の頭から秀一の手が外れた。と言うよりは、何者かによって弾かれた。


 「組長!」


 秀二は秀一の手を蹴り上げた人物を見て、声を上げる。秀一の手を蹴り上げ、気を失った恭四郎を受け止めた蓮次は、ぐるりと室内を見回し、秀一を見据えた。


 「…何やってんだお前。うちに何の―――って、お前、秀一か?」

 「うん。久しぶりだねぇ、蓮次くん」


 ふと、愛華は、と思った秀二だったが、ちらりと目を移すと愛華は応接室のドアの後ろに震えながら立っていた。ひとまず、安心する。

 蓮次は、座り込んでいる秀二に目を移した。


 「おいおい、どういうことだ?何で東北の瀬田組の組長さんがここにいるんだよ」

 「…分かりません」

 「秀二を引き抜きにきたんだよ、蓮次くん」


 秀一が答え、蓮次は再び秀一の方を向いた。ぴくり、と蓮次の眉が上がる。


 「…引き抜きだぁ?瀬田組は東北の一大勢力だろうが。しがない霧原組から引き抜いていくほど手勢に困ってるようには見えねえが?」

 「それがねぇ、今度こっち…関東でちょっと用事があるんだけど、やっぱり情報って大事でしょ。それでちょっと関東に詳しい秀二を借りようかなぁ、なんて。君たち非合法のマル暴みたいなもんでしょ?土地勘とかもあるよね」


 蓮次はもう一度、室内を見回して、言う。


 「…〝ちょっと借りる〟には、乱暴すぎるんじゃねえか」

 「そう?ごめんね。その辺分からなくて。まぁそれは良いとして、秀二貸してくれないかな?」

 「秀二に聞けよ」

 「断られちゃった」

 「じゃあ諦めるんだな」


 そこで会話が途切れる。一瞬の後、先に秀一の方が手を出した。蓮次の顔に拳を叩き込もうとするが、蓮次は手の甲でそれをいなし、重心を低くして右の拳を秀一の腹に叩き込む。が、それもスーツをかすめただけでかわされた。

 重心が低くなっている蓮次の顔めがけて秀一が膝を上げるが、蓮次はぎりぎり鼻先でかわして、素早く姿勢を変えると秀一の顔面を殴りつけた。今度は、当たる。秀一が後ろの壁に飛ばされた。


 「…痛いなぁ。でも、こんなもんだったっけ」

 「何がだよ」

 「覚えてるよ、蓮次くん。高校の時、不良という不良からビビられてたよね」

 「……」


 蓮次と秀二が高校の時からの付き合いだったため、そのつながりで秀一も蓮次を知っているには知っていた。が、そこまで関わりは無かったはずだ。

 秀一は立ち上がりながら、話を続ける。


 「君が僕の高校に攻め入ってきたとき、もっと強くなかったっけ?気のせいだったのかな」

 「俺を殴ってから言えよ、そういうことは」


 蓮次はそう言うと、立ち上がった秀一に身構える。だが秀一は予想に反して、応接室のドアに向かい、ちらりと愛華を見てから背を向けた。


 「今日のところは、秀二は諦めることにするよ。あ、蓮次くん、君が来てくれてもいいんだけどね。じゃあ、また今度」

 「二度と来るんじゃねえよ」


 蓮次のすげない言葉に、秀一はにこりと一つ笑顔を返すと、本当に組から出て行った。


 「…組長」


 秀二は床に膝をついたまま、蓮次を見上げる。小さな声で、すいません、と言うと、蓮次に軽く頭を叩かれた。


 「解決してから謝れっつーの。あいつまた来るぞ。動けねえのか」

 「…はい」

 「面倒くせえな。とりあえず、雅人と恭四郎だ。愛華、もう入ってきていいぞ」


 蓮次にそう言われ、愛華は室内に入ってきた。怯えきっていて、声も出せていないが、秀二や雅人や恭四郎をぐるりと見回す。心配しているのだ。


 「愛華、ちょっと手伝ってくれ。包帯と薬箱の場所分かるか?秀二のはどうしようもねえから、雅人と恭四郎の手当てだ」


 ***


 蓮次が呼び掛けると雅人も恭四郎も目を覚まし、雅人は自分で、恭四郎は蓮次に引っ張られるような形でソファに座った。


 「雅人、お前自分で手当てできるか?」

 「でき…痛って!すんません、多分腕折れてます」

 「マジかよ…恭四郎は―――」


 蓮次は恭四郎を見て、ため息を吐いた。恭四郎はソファの上で膝を抱えて座っている。恐らく、肉体的なダメージよりも、『殺されそうになった』という精神的なダメージの方が強いのだろう。本気で命を狙われたことなど無い恭四郎のことだ。それは、怖かっただろう。


 「れ、れんじ」


 裾を引かれ振り向くと、愛華が薬箱と包帯を持ってきていた。礼を言って、まず雅人の治療を始める。


 「…俺後でも良いッスけど」

 「傷は恭四郎よりお前のが酷いんだから、お前が先だ」


 雅人は、そうッスか、と生返事をした。傷が無いかを見るため恭四郎の頭に手を伸ばすが、少し触れると恭四郎がびくっと身を強張らせたので、手を引っ込める。


 「…しっかし、あいつが秀二の兄貴ねぇ」


 秀二はばつの悪そうな表情を浮かべる。謝ろうとしたが、さっき蓮次に言われたことを思い出し、別の言葉を探す。


 「…大丈夫か」

 「腕折れてるけど、多分大丈夫」

 「…あてにならないな」


 秀二は隣に気配を感じて目だけで振り向くと、愛華が水の入ったコップを持って心配そうに秀二を見ていた。何とか手は動くようになったようだったので、愛華から水を受け取り、礼を言って飲む。随分喉が渇いていたようだ。


 愛華はそれを見届けると、恭四郎を見た。いつも元気で騒がしい恭四郎が何も言わずに膝を抱えているのを見ると、余程怖かったのだと愛華まで辛くなる。声をかけようかと思ったが、何と言えばいいのか分からなかった。


 雅人の簡単な治療を済ませた蓮次は、雅人のギプスを巻いている方の腕を「終了」の声と同時にばしっと叩いた。雅人が声にならない声を上げているのを尻目に、蓮次は恭四郎に向き直る。恭四郎は未ださっきと同じ体勢で膝を抱えていた。


 蓮次は治療より先に、言葉をかけるべきだろうと思った。恭四郎がこうなっている理由は十中八九秀一への〝恐怖〟からだろう。だが、恭四郎が感じている〝恐怖〟は蓮次には分からないものだ。かける言葉が見つからない。そして恐らく、秀二も雅人も、同じように恭四郎の気持ちは分からないだろう。何故か。強いからである。


 頭が回らなくなり、仕方なく治療を始めようと薬を取って恭四郎に近付く。その時、遠慮するような細い声が聞こえた。


 「…きょーしろう」


 愛華だ。少し間をあけて、恭四郎は顔を少し上げて愛華を見た。愛華を見てはいるが、何も言わない恭四郎を見て、愛華は続けた。


 「きょーしろう、怖かった?」


 恭四郎は少し俯いてから、「…んん、」と否定とも肯定ともとれる返事をした。少し言葉を探すような間を開けると、愛華は言った。


 「たぶん、きょーしろうだけじゃない。みんな、こわかった」


 ね?とでも言うように、愛華は恭四郎から目を外して蓮次たちを見た。子どもながらに有無を言わさぬというその視線は、割と鋭かった。


 「あー、あぁ、そりゃもう怖かったな。あいつは怖ぇわ。そりゃまぁ秀二の兄貴だもんなぁ、うん。怖ぇのも当たり前だ」

 「…うるさいです組長。俺は関係ないでしょ」

 「俺なんか見ろほら腕折れてんぞ。いやー平気で人の腕折るとか超怖ぇよな」


 愛華に睨まれそう言った三人は実際、秀一に対して脅威は感じていても恐怖は感じていなかった。とどのつまり、嘘だ。それは聞いている恭四郎も分かっていた。ただ、子どもの愛華と、不器用な三人の不格好な気遣いも分かっていた。


 恭四郎はゆっくり顔を上げると突然、勢いよく自分の頬を両手で挟むようにして、ばちっと叩いた。他の四人が目を見開く。驚いて恭四郎を見詰めていると、恭四郎が覇気の戻った声で言った。


 「すいませんちょっとぐずぐずしました!怖かったっす、もう超怖かったっす死ぬほど!でも俺よく考えたら怪我もほとんどしてないし、あいつに目つけられたわけでもないし、大丈夫だよな!あとまぁ、俺は一人じゃないしな!」


 恭四郎はそこまで勢いよく言うと、自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、ソファに座ってもう一度さっきの体勢に戻ってしまった。少し間を開けて蓮次が噴き出したのを皮切りに、全員が笑い始める。恭四郎はむすっとしていた。

 笑いがおさまると、蓮次が薬を持ち直して言った。


 「あー笑った…まぁ、ほとんど怪我してないってのは嘘だろ。頭見せろ」

 「…別に包帯巻くほど…」

 「後頭部見てみろアホ、血ぃ出てんぞ」


 え、うそ、と言って後頭部を触ろうとした恭四郎の手を、隣にいた雅人が「触んな」と言って止める。

 蓮次に薬を塗ってもらい、包帯を頭に巻いてもらった恭四郎は「ハチマキみてぇ」と鏡を見た。


 恭四郎が再びソファに腰かけると、蓮次が、さて、と言って話を切り出す。


 「…で、秀一のことだが。多分あいつは、またうちに来る。秀二を連れにな」

 「それなんスけど」


 そこで雅人が口を挟んだ。さっきはそれどころじゃなくて気にならなかったが、冷静になると気になることが一つあった。


 「何で秀二にこだわってんスかね?いくら兄弟だからって、わざわざ関東の情報のためにうちから引き抜こうとしたりしますかね。もっと扱いやすい奴ならごまんといるのに」


 それには、秀二がすぐに答えた。


 「〝なんとなく〟だ」

 「は?」

 「秀一はそういう奴だ。どんな行動もなんとなく、そんな気分だから始める」

 「はぁぁ?」


 雅人は、訳が分からない、という風に首を傾げた。恭四郎も首を傾げる。蓮次は口を閉ざしたまま、聞いていた。秀二は眉間に皺を寄せる。秀一とはそういう男なのだ。高校の時に、何をするか分からないという理由から〝天災〟というあだ名をつけられたほどなのだから。


 「…関東に拠点があんのか、今」


 蓮次が呟く。その言葉に、恭四郎が反応した。


 「…組長、その拠点って、分かってます?」

 「いや?まったく見当も」

 「分かった方がいいです?」

 「まぁ、そりゃあな」


 蓮次がそう言ったのを聞いて、恭四郎が顎に手を当てて考える。そして、ぼそっと呟いた。


 「…もしかしたら、分かるかも」


 恭四郎がそう言ったので、全員が恭四郎を見た。秀二が、本当か、と聞く。


 「いや、絶対とは言えねえけど、関東で瀬田組レベルの規模の奴らが溜まれる場所ってそう無いんすよ。多くて数十か所」

 「数十か所って、多いだろ。全部探せってか?」


 雅人が口を挟む。


 「そりゃ足で探したら多いけど、それらの場所の近くにある監視カメラを見れたら…」

 「どうやってだよ」

 「監視カメラ程度なら、ハッキングできる」


 恭四郎がそう言い切ると、蓮次は恭四郎を見据えた。恭四郎の目には、もう怯えは見えなかった。


 「…じゃ、頼んだぞ、恭四郎」

 「やってやるよ」


 恭四郎の言葉を聞いて、秀二は考えた。


 十年ほど前に見た光景。


 血に沈む家。


 その中に立つ、自分と同じような顔の兄。


 血に包まれて笑っている兄。


 (…恭四郎が言ったことがもし本当にできたら―――)


 瞼を下ろした。


                                     to be continued...


 

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