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子育てやくざ  作者: 朱里
3/12

秀二と愛華

二人とも少し口数が少ないですね…

朝、目覚めるとまず秀二は、スーツに着替える。きっちり着ているわけではないしネクタイは基本的に緩めているが、蓮次や雅人ほどルーズではない。そんな格好だ。そして、随分前から伸ばしている、綺麗に銀色に染めた長い髪を一つに結ぶ。秀二の身支度は、基本これで終了だ。

身支度が済むと次に、朝食を作りに行く。泊まり込みで組にいる者の朝食だ。最近は愛華も増えたが、少女の一人や二人、変わったことではない。しかも今日は蓮次も雅人もいなくて愛華と自分の分だけだから楽なものだ。


準備ができて皿を机に並べ終えると、愛華を起こしに行く。いつもの日課だ。


「愛華、起きろ。学校だぞ」

「…んん」


一度布団の中でもぞもぞと動くと、少し唸って愛華は体を起こした。おや、と秀二は思う。いつもより寝起きが悪い。


「…昨日遅くまで起きてたのか?」


できるだけ棘の無い口調を心掛けてそう聞くと、愛華は首を振った。じゃあ何だろうな、と思い秀二は、愛華の顔色を伺う。そして、気付く。いつもより顔が赤くないか?

前髪をめくって手の甲で愛華の額に触れると、いつもより熱かった。


「…熱があるな」

「…ねつ」


ぼんやりとした顔で、愛華が秀二を見つめる。まだ、頭はしっかり起きていないようだった。


「学校は休まないといけないな。連絡…くそ、こんなときに限って組長は出てるのか」


軽く舌打ちをして、自分のスマホを取り出す。学校の番号は、念のため登録していた。

学校にかけると女の教師が出て、その教師がちょうど愛華の担任だったので、愛華が熱で休む旨を伝える。教師は、そうですか、お大事に、と機械的に述べると、電話を切った。


スマホをポケットの中に戻すと、愛華に目を遣った。さっきと同じ体勢で、動いていない。秀二は内心、頭をかく。風邪を引いた子どもの面倒など見たことがなかったので、どうすればいいのか分からなかった。

とりあえず、と体温計を持ってくる。


「愛華、これ脇に挟んで、音が鳴ったら呼べ。そのうちにいろいろ探してくる」

「うん」


素直に頷いた愛華が脇に体温計を挟むのを確認すると、秀二はひとまず愛華の寝室を出た。

必要なものは、と頭の中で考えをまとめる。とりあえずは冷却シートと、氷枕と、お粥の材料…は、あるか。氷枕は、雅人が夏場に使っているものがある。


「しゅーじ」


少し枯れた、愛華の声が聞こえた。少し早足で愛華の寝室まで戻ると、愛華が体温計を秀二に差し出していた。どれ、と体温計を見ると、38度4分と示されていた。


「…思ったより高いな。大丈夫か?」

「うん」


まあ、大丈夫ではないだろうな、と秀二はため息を吐く。顔は起きたときよりも火照っているし、ぼーっとしている。それは元からかもそれないが。


「朝飯、食えるか?一応米と、味噌汁はあるが」

「うん」


本当に聞いているのか不安なところだったが、とりあえず愛華を朝飯を並べたところに連れていくことにする。歩くのは辛いか、と思い立って、よっ、と抱き抱える。改めて、軽いな、と思った。


応接室の真ん中の机の前に座らせると、その反対側に自分も座る。愛華は箸を取っていて、どうやら本当に食欲はあるようだった。作ったものも無駄にならないし、何よりだ。


「旨いか」

「おいしい」


もぐもぐと口を動かしながら、愛華が言う。そうか、とつまらなさそうに言った秀二の顔も、少しだけ緩む。


先に食べ終わった秀二は、冷却シートを探しに引き出しという引き出しを漁った。無い。どこにも、無い。


「…無駄に健康な連中め」


そこに自分が含まれていることには気付いていない秀二はそう呟くと、ポケットに財布を突っ込み、愛華に声をかけた。


「愛華、ちょっと買い物してくるから、大人しく―――」


そこまで言うと、愛華に服の裾を引っ張られて、立ち止まる。どうした、と聞くと、愛華はふるふると首を振った。

秀二は素早く頭を回転させる。今、どういう理由で首を振ったんだ、愛華は何が言いたいんだ、と。

そこで、風邪を引いた子どもはいつもより心細くなるものだ、というのを聞いたことがある、と思い立った。どこからの情報か。雅人だ。


「…あー」


分かったよ、ともう一度机の前の椅子に腰を下ろす。連れていってほしいんだな。

この状態の愛華を外に出すのは不安があったが、かと言って一人でここに残しておくのも、確かに不安だった。何かあれば、組長に何を言われたか分かったものではない。

愛華が朝食を食べ終えるのを待ち、着替えさせると、マスクをさせて、背におぶって組を出た。


愛華は軽いので連れていくのは苦ではなかったが、それよりも周りの視線が痛かった。決して柄が良いとは言えない高身長の男が、年齢的に娘には見えない少女をおぶって歩いている。どう考えても、異様ではあった。

秀二は極力周りの視線を無視しながらドラッグストアにたどり着き、冷却シートとついでにポカリスエットを買うと、会計をしてさっさと店を出た。


「大丈夫か」

「…んー」

「どっちだ」

「…はなみず」

「…待て。もうちょっと我慢してくれ」


家庭的だとは言われるが、常にティッシュを身に付けているような女子力は秀二には無い。愛華に振動が行かない程度の早足で、組に帰る。


帰ってから、寝室に敷きっぱなしだった布団に愛華を寝かせると、箱のティッシュを隣に置いた。愛華がすぐに、鼻をかむ。

そして早速ドラッグストアで買った冷却シートを開けると、一枚取り出し、愛華の額にぺたりと貼った。冷たかったのか、愛華がぴくっと震える。


「悪い、冷たかったか」

「だいじょうぶ」


それから横にならせて布団をかけると、愛華は心なしか楽そうになった。やはり、寝かせるのが一番だ。

とりあえず愛華が寝付くまではここにいるか、と秀二は座り直す。


「しゅーじ、ごめんね」


愛華が突然そう言ったので、秀二は面食らう。何か謝られるようなことをしただろうか。


「どうした?」

「かぜ、めいわく」


なんだそんなことか、と秀二は息を吐く。別に風邪の愛華の面倒など、普段の蓮次や雅人の面倒に比べれば屁でもなかった。それに、一応身内となった子どもが苦しんでいるのを放っておくほど、秀二は非情ではない。


「気にするな。俺も一応親代わりだしな。組長とは違って非公式だが」

「…ありがと」


もう一度、気にするな、と言って、秀二は愛華に眠るように促した。少し寝苦しそうではあったので、布団越しに腹をぽんぽんと撫でるように叩く。こうすると子どもは落ち着くと聞いたことがある。もちろん、雅人にだ。


それを数分繰り返していると、次第に小さな寝息が聞こえるようになった。愛華が寝たのだ。試しに腹を叩く手を止めてみても、起きる様子はない。秀二は一息吐くと、少し自分も休むか、と応接室に向かう。そう言えば、もうすぐ昼飯の時間でもあるから、どちらにしろ応接室には行かなければならない。


愛華の部屋を出て応接室に着くと、来客用のソファに腰かけた。ポケットを探り、煙草を取り出す。銘柄は蓮次と同じものだ。雅人は、吸わない。

煙草を一本吸い終えると、スマホを取り出す。『愛華 看病中』というメールを、蓮次と雅人に一斉送信した。


それから、お粥でも作るか、と思い、キッチンへ向かう。袖のボタンを外して、捲った。


***


愛華が目を覚ますと、部屋は暗く、誰もいなかった。愛華は部屋が狭くなったような錯覚に陥る。起き上がると頭が痛くて、自分が風邪を引いていることを思い出した。途端に、心細くなる。確かさっきまで、秀二が一緒にいた。

ふらふらとした足取りで、部屋を出た。誰かいるのかな。また、置いていかれたりしないかな。


がちゃり、と応接室の扉を開けると、良い匂いがした。途端に、安心する。秀二がいるのだな。

扉が開いた音が聞こえたのか、秀二が台所から出てきた。


「愛華?起きて…って、待て、どうした?何で泣いてるんだ」


秀二は愛華の泣き顔を見るのは初めてだったので、混乱した。何故泣いてるのかも、分からなかった。とりあえず駆け寄って、目の前にしゃがむ。


「どうした。どこか痛いのか?しんどいのか?」

「…みんな」


みんな?と、秀二は首を傾げる。今日は、秀二しかいない。愛華の言葉が次がれるのを待った。


「みんないないって、思った。へや、一人で、しゅーじ、いなくて、」


秀二は目を見開いた。愛華はどこか大人っぽい印象が強かったが、こんな子どもらしいところもあるのか、と。子どもらしさからなのか、"置いていかれる"恐怖からなのかは、分からないが。


「…あぁ、悪かった。昼飯作ってたんだ。食うか」

「…たべる」


愛華は自分の服の袖で涙を拭うと、自分で歩いて机まで向かった。それを見ながら、秀二は思う。


「愛華、ちょっと顔色良くなったか?」


秀二が声をかけると、少し目が腫れた愛華が振り返った。そういえば、とでも言うように、愛華は自分の頬を小さな両手で包む。


「…さっきより、しんどくない」

「そうか」


お粥じゃなくても良かったかもしれないな、と思ったが、作ってしまったものは仕方がない。台所から、既に出来上がっていたお粥を机に持っていく。秀二自身の食事は、インスタントで簡単に作った。


「たまご!」


愛華が急に、元気そうな声をあげた。何事か、と思って愛華を見やると、珍しくきらきらした目でお粥が入っている器を見ていた。そして、秀二を見る。


「たまご、がゆ」

「あぁ、そういうことか。卵、好きらしいな。雅人から聞いた」

「すき!」


早く食べたそうにしている愛華に、少し大きめのスプーンを渡す。愛華はそれを受けとると、いただきます、と言っておかゆに口をつけた。秀二も箸を持って、インスタントのラーメンに口をつける。


「おいしい」

「良かったな」


言いながら秀二は、他にどんな卵料理があるか、と考える。風邪が治ったら、いろいろ作ってやるのもいい。栄養が偏ってもいけないから、他のメニューも一緒に考える。基本何を食わせても腹を壊さない。連中の料理を作るのとは、大違いだ。


風邪を引いていると言っても愛華に食欲はあるようで、秀二は安心した。食欲があるに越したことはない。愛華が食べ終えると、もとから組にあった風邪薬を持ってきた。子どもなので一粒、飲ませる。


「錠剤飲めるのか。偉いな。俺は子どものとき飲めなかったぞ」

「ほんと?」

「ほんとだ」


その後熱を計るとだいぶ低くなっていたが、一応、寝かせる。寝るには寝たが、先ほど起きたとき一人だったのがよほど怖かったのか、今度は秀二の袖を掴んで寝た。


そこで、スマホのバイブ音がした。握られている方の手は動かさないようにして、電話に出る。


「何ですか、組長」

『何ですかじゃねえよお前、何だあのメール。検索ワードか』

「すいません、面倒くさかったんで」

『正直かよくそ』


蓮次はまだ外にいるのか、がやがやと後ろから雑音が聞こえてきて、蓮次の声は少し大きかった。


「今どこにいるんですか」

『今ちょうど帰ってるとこだよ。今からタクシー拾うから、後三十分くらいだな。愛華は?』

「寝てますよ。熱も引きました」

『熱もあったのか!?』


何度だったんだよ今は何度だよ、とうるさく聞いてくるので、気になるなら早く帰ってきてください、と言って、切った。切った途端、部屋の扉が音を立てて開く。蓮次が帰ってくるには早すぎる、ということは。


「愛華ちゃああああ」

「黙れ」


秀二が一睨みすると、汗だくの雅人はピタッと黙った。愛華が眠っているのが見えたのだ。足音を立てないように秀二の隣に行くと、座る。


「熱あんの?」

「朝はあったが、今はほとんど平熱だ」

「あーよかったー」


雅人はそう言うと、汗を拭った。走って帰ってきたのだろう。そして雅人は再び愛華を見ると、あれ、と首を傾げて秀二に向き直った。


「愛華ちゃん、目、腫れてるけど」

「あぁ、それか」


少し面倒だったが、昼飯前のことを雅人に説明する。案の定雅人は、一応声は抑えていたが、騒ぐ出した。


「お前な!風邪引いてる愛華ちゃん一人にするとか馬鹿か!まったく秀二は子ども心が分かってねえな!」

「うるさいな。お前ほど分かってても気持ち悪いだろ」

「ジョーシキだよ、ジョーシキ」


はいはい、と流すと、雅人も愛華が起きないように気を遣ったのか、黙った。それから少し時間が経つと、また、部屋の扉が開いた。


「おっ、おかえんなさーい、組長」

「おー、愛華は?」

「だから寝てますって」


秀二は内心、こいつらは…とため息を吐く。過保護にも程があるんじゃないか。そう思う秀二は、愛華に握られている袖を未だに振り払おうとすることなく自分が大人しくしているのに気付いていない。

すると雅人が、また秀二に声をかけた。


「秀二、何か作ってくれよ。腹減った」

「は?食ってきてないのか」

「愛華ちゃんが風邪引いてるってのにのんびり飯なんて食えるか!」


訳の分からない理由を述べた雅人に、終いには蓮次までそうだそうだと便乗し、秀二はため息を吐いて立ち上がる。いや、立ち上がろうとして、袖をくいっと引かれた。愛華が、まだ袖を握っているのだ。

少し愉快に思った秀二は、蓮次と雅人に向かって笑った。


「あーすいませんこれじゃあ料理できないですね。たまにはどっちか作ってみたらどうですか」


ぐぬぬ、と蓮次と雅人が秀二を睨む。愛華は、良い夢でも見ているのか、少し微笑んでいた。


少し距離があった愛華と秀二の距離が、縮まったお話。


end.

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