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2/2

2/2パート

※第1パートからの続きです。

 キラーオクトパスとの一戦を交えた次の日、ゼーゲ岬の近くにある街の屋敷にルートヴィッヒの姿があった。コックスーツに身を包んだ彼は、ギラリと輝く包丁を手にして、大タコを次々とさばいていく。

 捕獲されたキラーオクトパスは、たっぷりと塩で揉みこんでぬめりが取られた後、その日のうちに大鍋で下茹でされていた。

 

 大タコの足を一本切り離したルートヴィッヒは、硬い吸盤部分を丁寧に外してから、包丁を斜めに入れて薄くスライスしていく。

 茹でられて真っ赤に染まった大タコの皮と内側の真っ白な身のコントラストがとても美しい。


 スライスされたタコは、その一面に水にさらした赤玉ねぎのスライスを敷いた大皿の上に丁寧に敷き詰められ、その上から塩、黒こしょうが掛けられた。さらに香りづけとしてレモンを絞りかけ、オリーブオイルをタラリとかけまわしたのち、最後に細かく刻んだパセリが上からふりかけられた。


 皿の周りに着いた余分なオイルやパセリを布できれいに拭きとった後、視線のみでヴィータに合図を送る。

 昨日までのラフな格好から一転、清楚な装いに身を包んだヴィータが依頼人の前へと出来上がった料理を運んだ。


「ガルトフリート様、お待たせいたしました。ご注文の品、ゼーゲ岬産大タコ(キラーオクトパス)のカルパッチョ仕立てです」


「ほう、コイツが例の大タコの成れの果てってわけか」


 ルートヴィッヒより10歳は若く見えるその青年は、正面に対峙するルートヴィッヒに一瞬視線を送り、ニヤリと微笑みかけてからフォークを伸ばした。


「ふむ、デカいだけで大味になるかと思っていたが、なかなか旨みが詰まっていて旨いもんだな」

 

 二口、三口と咀嚼を繰り返してからガルドフリートが呟く。そして、白ワインの入ったグラスをくいっと傾けた後、澄ました顔で感嘆の言葉を口にした。


「白ワインとの相性もなかなかなもんだ。今までどうして食わなかったんだ?と思うほどだな」


「バカかお前は。誰が好き好んであんな危険生物を捕まえに行くって言うんだ?」


「そりゃ、お前しかおらんだろう、ルーイ? さぁ、お前もこっちで一杯やらんか?」


 からかうようにして“鬼神”を愛称で呼び付けるガルドフリート。それに負けじと、ルートヴィッヒもおよそ客に対するとは思えない程ぞんざいな口調で吐き捨てるように言葉を返す。


「お前と相席などお断りだ。それに、俺の“仕事”はまだ残っているぞ」


「ぬぅ……ならば早く次の皿を出すが良い」


 ガルドフリードの言葉を待つまでも無く、ルードヴィッヒは次の品の用意を始めていた。

 ルードヴィッヒはフライパンを用意すると、魔法により炎が灯されたコンロの上に置き、オリーブオイルとスライスしたニンニク、それに刻んだ鷹の爪を投入する。

 にんにくが軽く色づき、油へ十分香りが映ったところで、ぶつ切りにしたタコを投入。そのまま手早くざっと炒め合わせ、塩、こしょうで味を調える。

 間髪を入れずさらに盛り付ければ二品目となる、タコのガーリック炒めの完成だ。


「うーむ、良い香りだな。早く運んで来たまえ」


「分かっておりますわ。でも、せっかちは少々男を下げるというものですわよ、ガルトフリート様」


 ヴィータが年下の弟を嗜めるかのように言葉をかけながら、二品目をガルトフリートの前へと運ぶ。

 立ち上る湯気に含まれる香ばしい香りが、ガルトフリートの鼻孔をくすぐった。

 すぐにでも頬張りたいという気持ちを何とか抑え、白ワインで口を湿らせてからゆったりとフォークを運ぶガルトフリート。

 先ほどとは異なる、大き目のぶつ切りにされたタコは噛みごたえ抜群だ。噛み締めるように咀嚼を繰り返せば、中から海の恵み特有の旨みが溢れ出てくる。

 ガーリックや鷹の爪で辛めに仕上げられた味わいが、食べ進めるほどに食欲を刺激した。


 あっという間に二品目も平らげたガルトフリートが、噛みつくようにルートヴィッヒへ叫ぶ。


「まだだ、まだ足りぬわ! そこに次の品も用意しているのであろう?」

 

「おう、ちょうど出来上がるところだ。これは熱いから気をつけな」


 そう言うと、ルートヴィッヒは二品目を作った後に仕込んでおいた平鍋をテーブルへと運んでいった。ヴィータも阿吽の呼吸で鍋敷き代わりとなる木の板をテーブルに備え付ける。

 その木の板の上に平鍋を置いたルートヴィッヒは、ガルトフリートを視線で威嚇しながら鍋の蓋を取り払った。


「なるほど、メインはパエリアというわけか」


 ガルトフリートがニヤリと微笑んだ。

 ライスとタコ、それにさまざまな野菜を炒め合わせ、香辛料とともにスープで炊いて作られるパエリアはガルトフリートの好物の一品だ。


 ライスはサフランによって黄色く染まり、パプリカの赤や緑、タコの白などの美しさを引きたてている。 

 ヴィータがおこげを剥がすようにしながらパエリアを取り分けると、待ちきれないとばかりにガルトフリートが皿を奪い、がっつくようにして頬張っていった。


 タコから染み出た旨みがライスが受け止め、さらにそこへ野菜の甘みが加わる。塩やコショウ以外にも数種類のスパイスが配合されているのであろう、心地よい香りや刺激がガルトフリートの舌と鼻を喜ばせた。

 

 何度もお代わりを要求し、がつがつと食べ進めるガルトフリート。大きな平皿があっという間に空となった。

 最後の一粒まで残さず掬い終えたところで、空いた取り皿へスプーンをカランと置く。

 

「相変わらずお前のパエリアは絶品だな。これだけで店が出せるのではないか?」


「冗談はよせ。“鬼神”がやってる店だなんて、シャレにもなりゃしねぇ」


 ガルトフリートの賛美に、ルートヴィッヒが自嘲気味に応えた。


 大戦が終わった後、“鬼神”ルードヴィッヒは表舞台から姿を消した。

 強すぎる力はこの国に再び災いをもたらす ―― そう考えたルートヴィッヒは、強く慰留する皇帝の意見にも耳を傾けることなく、自らその身を野に下していた。


 出来ることであれば誰にも関わらず、森の奥でひっそりと暮らしたい……、そう願うルートヴィッヒは、たとえどのような形であっても、再び表に出ることは望んでいなかった。


 しかし、ガルトフリートは、そうは思っていないようだ。


「俺は何も“鬼神”に店を出せとはいっておらんぞ。この国を治める者として、優秀な人材が野に埋もれることを望まんだけだ」


「しかし、“鬼神”であることを人々は忘れてはくれんだろうよ」


 何度も首を横に振るルートヴィッヒ。二人の間で何度となく繰り返された問答だ。この流れではルートヴィッヒの心を動かすことはできないと、ガルトフリート自身も分かっていた。

 だからこそ、今日は次の手を用意していた。ガルトフリートは、心のうちに温めておいた一つの策を盟友へと提案する。


「どうしても表舞台には立ちたくないということであれば、“出張料理人”というのはどうかな?」


「ん?出張料理人??」


「ああ、店を持たず、依頼に応じて客の下へ出向いて仕事をする料理人のことだ。もしお前がその任を引き受けてくれるのであれば、俺としてこれほど心強いことはないぞ」


「そんなもの、俺じゃなくても誰か街中の野心のあるやつにでも頼めばいいじゃないか?」


 ただ出かけて料理をするだけであれば、市中の料理人でも出来そうだ。優秀な奴を見繕って命じれば十分ではないか……。

 当然のようにそう考えたルートヴィッヒに、ガルトフリートはニヤリと口角を持ち上げて言葉を返した。


「お前じゃなければ無理なんだよ。俺が出張してほしいのは、国境付近にある警備隊の詰所が中心だからな。生半可のヤツに命じたところで、自殺しに行けと言っているようなもんだろう?」


「……!」


 ルートヴィッヒは言葉を詰まらせた。


 大戦が終わったとはいえ、国境近くはまだまだきな臭い匂いを漂わせている。隣接する国との戦闘こそ小康状態を保っているとはいえ、何者が潜んでいるか分からない。

 それに、人里離れた国境付近は“魔物”たちの格好の住処でもある。十分な装備を持つ警備隊の面々とて、不要に“魔物”とは遭遇しないよう細心の注意を払っているぐらいなのだ。

 もし、常人の料理人がそのような場所に出入りし、“魔物”にでも遭遇してしまえばあっという間にその命を散らすことになるのは自明の理であった。


「国を預かる者としては、最も苦労を掛けている国境の兵たちを可能な限り労いたい。そして、その俺の“依頼”に応えるだけの力を有した料理人は、この国広しと言えどもお前だけだ。改めて言う、“出張料理人”を頼まれてはくれんだろうか?」


 ガルトフリートそう言い切ると、席を立ち、頭を下げた。

 その姿を見たヴィータが慌てて駆け寄る。


「いけませぬ! 例え誰が見ていなくとも、皇帝たる貴方様が野に下った者へ頭を下げるなどと!」


 一方、頭を下げられたルートヴィッヒはというと、黙って鼻をポリポリと掻いていた。


「ったく……。いちいち芝居が過ぎるんだよ! 何が兵を労わりたいだ。 どうせ“出張”させたついでに“偶然”出くわした魔物を、俺に退治をさせようって腹なんだろ?」


「チッ、つまんねーな。まぁ、まだまだ俺にはお前の力が必要ってことだ。さて、そろそろ街のやつらにも顔をださねーとな……」


 芝居がバレたと察するや否や、すぐさまざっかない態度へと戻るガルトフリート。そして壁にかけておいたマントを羽織ると、そのままバルコニーへと歩みを進めた。


 バルコニーの下に広がる庭園では、中央に設えられた簡易キッチンにてキラーオクトパスの身を使った様々な料理が次々とこしらえられていた。その周囲では、今日のめでたき日を祝うために集められた街の人々、皇帝陛下のお出ましを今や遅しと待っていた。

 

 若き皇帝がバルコニーへ姿を現すと、集まった人々から一斉に歓声が上がる。ガルトフリートは、一つ咳払いをしてから、声を張り上げた。


「聞くがいい! ゼーゲ岬の大切な漁場を荒らしていた魔物キラーオクトパスは、皇帝たる我が命じた者の手で掃討された! これからは安心して漁を続けることができるはずだ! 今日は祝いの日である! 皆の者、存分に食し、騒ぐがいい!!」


 その力強い言葉に、人々の歓声が轟きへと変わる。屋敷の中にいたヴィータやルートヴィッヒにも、その声ははっきりと届いていた。


 あまりの歓声の大きさに苦笑いをするルートヴィッヒに、ヴィータが声をかける。

 

「ルーイ、私からもお願い。“出張料理人”なんて馬鹿げた名目かもしれないけれど、それでもガルトは精一杯貴方の願いを壊さないようにしているの。貴方も、ガルトの頼みを聞いてあげてもらえないかしら?」


 熱心に浴びせてくるヴィータの言葉に、ルートヴィッヒはポリポリと鼻を掻いた。


「……そもそもアイツの頼みなら断る理由はねえさ」


 奴が望むのであれば、どこへでも馳せ参じ、料理を振る舞おう。食材が必要とされるのであればいくらでも調達しよう。

 それで、この身の自由と引き換えに大戦後の責任を一心に引き受けてくれた“盟友”へ報いることが出来るのであれば、断る理由はどこにもないのだ。


「さってと、なぜか一番いいところが残ってるんだが、ガルドの奴もいなくなったし、お前が食うか?」


 ルートヴィッヒは、どこからともなく大タコの切り身を取り出し、ヴィータへと差し出した。足の付け根の最も運動量が豊富なところ、つまり最も旨みが凝縮されている部位だ。

 その言葉に、ヴィータはわずかに頬を染めながら答える。


「あら、今更口説いても遅いわよ? でも、折角だから有り難く頂きますわ」 


「ああ、少し待ってな。最高のソテーに仕上げてやる」


 ほどなくして、主のいなくなった屋敷の一室に、鼻をくすぐるほどに香ばしく、そしてどこかに甘さを含んだ良い香りが漂うのであった。


お読みいただきましてありがとうございました。

この作品はプロトタイプ版として先行公開した作品です。

短編として書き始めましたが、やや長くなりましたので2話分割での更新とさせていただきました。


評価、ブックマーク、ご感想等を頂けましたら今後の励みとなります。

もし好評であれば連載版への意向も検討させて頂きます!


なお、本作品とは別に、近代世界を舞台とした異世界グルメ作品「異世界駅舎の喫茶店」を連載中でございます。

本作とは異なる、ほのぼのとした喫茶店の日常を描いた作品です。

ご興味のある方はこちらも合わせてご覧いただけました幸いです。


それでは、これからもご笑読頂けましたら大変幸いです。よろしくお願い申し上げます。

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ほのぼの系異世界転移&グルメ系小説『異世界駅舎の喫茶店
毎月“8の日”更新にて絶賛連載中! こちらも合わせてお読み頂けましたら幸いです。
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