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図書室のアイツ

作者: 霧氷 こあ

「どりゃーっ!」

「うぎゃぁー!」

 閑散とした教室内で、私と京子の甲高い奇声が上がる。同時に、机の上に手の甲が激しくぶつかる音。

「また負けたぁー!」私は足をバタバタとさせて嘆く。「チクショー!」

「ふっ、京子さんに腕相撲で勝とうだなんて、百年……いや百光年早いわ!」

「百光年って……意味わかってんのか?」

「とにかく、まだまだだね」

 そう言って鼻を鳴らす友人、姫路京子は、幼稚園からの仲であり、いわゆる腐れ縁というやつだ。

 小学校も中学校もなぜか同じクラスになり、苗字も彼女が姫路で、私が広瀬ということもありいつも席が近かった。そしてそのままタイムスリップでもしたかのように高校も同じになった。何とも奇妙な縁である。

「はー、やっぱ筋肉馬鹿には敵いませんわ」私は京子の二の腕を摘む。「今日の罰ゲームはなんにするのさ?」

「こら、軽々しくレディーの二の腕を触るんじゃない!」京子はくすぐったそうに腕を離す。「罰ゲームはねー、どうしよっかー」

「変なのはやめてよね」

「あ、じゃあ、こんなのどう?」

 京子がにやり、と不敵に笑う。このいかにも組織のボスが妙案を浮かばせてほくそ笑むような仕草が、彼女の悪い癖だった。大抵こういう顔をするときは、ろくなことが起きないというのが目に見えている。

「まーたなんか変なこと考えてるでしょ」

「あのさ、図書館にいつもいる二宮金次郎って奴、知ってる?」

「は?」私は首を捻る。「そんな奴いるの? 銅像?」

「違う違う。本名は知らないけど、あの銅像みたいにずーっと本読んでる男子よ!」

「へぇ……」

 だから何なのだ、と言いかけたが口を挟むのはやめた。京子は楽しそうに私を見つめている。

「そいつに、告ってきなよ!」

「はぁ?」

「面白くない? きっとオドオドするよ、絶対彼女なんていたことなさそうな奴だから!」

「あのさぁ、京子」私は呆れて頭の上で腕を組んだ。「それ何も面白くないってばー」

「いいからいいから、罰ゲームなんだから問答無用! あたしなんてこの間の罰ゲームで、手作りのクッキーを誕生日の先生に渡すってのやったじゃんか!」

「ああ……あれは、今思い出しても傑作だった……ぷふっ」

 私が手を叩いて大笑いすると、京子はムッとした表情をしたがすぐにつられて笑い出した。

「もうさ、あれからあの大谷先生……あたしに対して甘くなってさ! 素っ気なく挨拶でもしようもんなら満面の笑みでおはよう! って言ってくるんだよ」

「なにそれ、うけるー!」

「だから、それに比べたら相手は銅像だぞ? さぁさぁ、京子さんと一緒に今から図書館に行こうじゃないか」

「はぁ、今から行くの? もう夕暮れじゃん」

 気付けば窓から差し込む夕陽が教室内を紅く染め上げ、カラスが帰りを促すように鳴いている。そういえば小腹が空いた、とふと思った。

「きっとまだいるって、いこいこ」

 京子は素早く立ち上がってカバンを肩に掛けると、廊下に続く扉を勢いよく開けた。

「ややっ、姫路さん。まだ残ってたのかい?」

「げっ、大谷……!」

 私が目を向けると、廊下に立つ大谷先生と、硬直した京子が向かい合っていた。

「あらあらまぁまぁ」私は笑いを堪えながら京子の脇を通る。「運命の出会いってやつですか?」

「馬鹿! 変なこと言うな!」京子が静かな廊下に反響するほど大声で反論する。「こいつ本気にするんだから!」

「むむっ、運命の、出会い……?」

 大谷先生はまんざらでもない様子で眼鏡をクイッとあげて神妙な顔をしている。それを見て京子が特大の溜め息を吐いた。そのままこちらを一瞥したかと思うと、先に行け、と手を振られてしまった。これではまるで犬か猫だ、と思いながらもそそくさとその場を後にした。

 もうすでに他の生徒は帰ってしまったのか、図書室に行くまで誰ともすれ違わなかった。というか、京子が来ないんだったら罰ゲームをする必要もないんじゃないか、と考えているうちに私は図書室に着き、扉を開けていた。

 中は当然のように静まりかえっており、開いた窓からそよ風が流れ込み白いカーテンが靡いていた。そのすぐ近くの椅子に、眼鏡をかけた男子が座っている。

 こいつか……二宮像は……!

 二宮像は私が図書室に入って扉を閉めても微動だにせず、一定の間隔でページを捲っていた。黒髪は短めで、窓から入る風によってカーテンと似た動きで靡いている。男子のくせに艶のある髪をしているとは、くせっ毛の私にとっては恨めしいことこの上ない。

 私はさっさと罰ゲームを終わらすべく、躊躇なく二宮像の横の席に座った。

 だが、彼は微動だにしない。

「ねぇ、アンタ。名前は?」

 しばし、沈黙。

 返答の代わりに、彼はページを捲った。

 ほう……この私が声を掛けてあげたというのに、しかとするとはいい度胸だ。

 自分で言うのもなんだが、私は小さい時から男子にモテた。

 私が少し甘えた声でお願いをすれば、男子は喜んで言うことを聞いたし、それを嫌う女子グループもいたが、京子という強い後ろ盾のお陰でいじめられることもなかった。逆にそんな女子に私は全く興味がなかったのでいじめることも皆無だった。よって均衡を保っていたのである。

 中学になってから彼氏を何度か作ってみたことがあったが、どれもこれも餓鬼ばっかりで、何とも面白みのない時間だった。どいつもこいつも、馬鹿の一つ覚えみたいに”好き”だの”愛してる”だの……ドラマか何かで知ったのかも知れないが、学ラン姿で言われても安っぽい台詞にしか聞こえなかった。どうして私が好きなのか、確固たる意志が垣間見えることは一度もなかった。所詮はブランド感覚で俺には彼女がいるんだぜ、とチヤホヤされたかっただけなのだろう。まぁ、当時の私も似たようなものだったが。

 つまり、だ。そんなモテる私が声を掛けて無視されたことなど、生涯一度たりともないのだ。

「ちょっと、アンタだよ。本読んでるアンタ!」

 再び沈黙。

 まさか映写機で立体映像が映ってるだけなんじゃないか、と思うほどの完全な無視。もしかしたらこいつは地縛霊か何かで図書室の本を全て読まないと成仏しないのかもしれない。

 私は苛立ちを噛み締めながら二宮像が生きているか確認すべく頬に手を伸ばした。

「何か用?」

 急に銅像が喋った。

「ひょえ!」

 私は柄にもなく素っ頓狂な声を出して伸ばしていた手を引っ込めた。

 こいつ……生きてやがる!

 当然といえば当然なのだが、何とも絶妙なタイミングで返答するのでかなり私の鼓動が早くなった。京子には見栄を張っているがビックリ系は苦手なのだ。お化け屋敷なんかにいくと、大抵中にある備品を条件反射で破壊してしまう。

「いやー、あの……何を読んでるのかなーって」

 早く罰ゲームをこなせば良かったのだが、何故か当たり障りのないことを質問している自分に内心で舌打ちした。なんだかペースを崩された。

「それを知って何になるの?」

 銅像は思っていたよりも中性的な声色で、近くで靡くカーテンのように透き通っている。

「え、えーっと、それより、アンタ名前は?」

「支離滅裂だね」

「なによう、無視したくせに」

 むっとして言い返すと、銅像はすっと立ち上がり本を閉じた。その揺るぎない挙動に驚いて硬直していると、眼鏡の奥にある瞳が一瞬私を捉えた。

「さようなら」

 そう言って脇目も振らずに本棚に本をしまうと、扉を開けて出て行ってしまった。

 入れ違いで京子が図書室に入ってくる。

 バタバタと忙しない動作は彼女の性格を体現しているようだ。

「どうしたのさ、美鈴。銅像みたいに固まっちゃって。罰ゲーム出来たの?」

「出来なかった……」

「はぁー、だらしないねぇ……って、おーい、生きてるかー?」

 京子が私の目の前で手をひらひらと振ったが、私の網膜には彼の瞳がこべりついて離れなかった。



 数日後、京子があまりに煩く罰ゲームをしろと追及するので私はまた図書室に赴いた。

 図書室はまたしても二宮像しかおらず、図書委員すらいない。実はファーストコンタクト以降、何となく二宮像は本当にいつも図書室にいるのかと様子を盗み見ていたのだが、どうやら窓際の席がお気に入りらしい。ここ数日は毎日そこに座っていた。

「さぁ、今度こそ告れよ!」

 京子がニヤニヤと笑って私の背中を叩く。

「はぁー……なんかあいつの前だと調子狂うんだよなぁ」

「なーに弱音吐いてんの、さっさと好きです付き合って下さい〜って言えばいいのよ」

「へいへい」

 数日で京子が罰ゲームのことを忘れてくれれば良かったのだが、自分に都合のいいことは覚えていて都合の悪いことはすぐ忘れる、そういう奴なのだ、京子は。

 仕方なく私は図書室に入り、定位置で腰掛けている二宮像の横に座った。

「あの、アンタ。名前は?」

 またしてもスルー。

「私、その……アンタのことがす、す……す……」

 き。という言葉が頭の中から抜け落ちたのか、声が出ない。ちらりと図書室の入り口に目を向けると京子がこっそり覗いていて、早く言え、と言っているように見えた。

「す、何?」

 二宮像がこちらを向いて喋った。もうそれだけで、三十センチほど飛び上がりそうになるほどびっくり仰天だった。

「す、す……凄い嫌い……!」

「あ、そう」

 素っ気なく再び本に集中しだす二宮像を見て、なんだか自分が情けなくなってきた。

「くっ……覚えとけよ!」

 私は雑魚キャラが逃げるときに言うお決まりを嘆いて図書室を逃げるように去った。京子が慌てて追いかけて来たが、珍しく私の足の方が速かったようだ。



 それからというもの、京子にもう飽きたからいいよ、と言われていたが懲りずに図書室に通った。

 自分の思い通りにならない男子。こんな奴は今まで一人としていなかった。なんとも希少な男子だ。ましてや、私を翻弄して嘲笑っているような態度が気に食わない。絶対に言いなりにさせてやる、という確固たる意志を持ち、今日も二宮像の横の椅子に座った。早くもここは私の定位置である。

 かれこれ一週間もすれば、流石に私にも多少なりとも余裕が生まれた。だが、名前を聞くことは出来ず、二宮像が貸りていた本の貸し出しリストから、一ノ瀬という名前だというのが判明した。ドヤ顔で苗字を呼んでやったが、全く動ぜずに澄ました顔で「何か用?」といったときは腸が煮えくり返るところだった。

「やい、一ノ瀬」

「何か用?」

「用があるから来てるんだよ!」

「毎日そう言って、何も言わないじゃないか」

「うるさい! ばーか!」

 どうも私には煽りのボキャブラリーが足りないらしく、一ノ瀬は呆れたという表情をするのも億劫なのか無表情で本を読み出す。それが気に食わなかった。

「やい、一ノ瀬。何読んでるだよ」

「君には到底読めないであろう本」

「何だと! そんなの読んでみないと分からないじゃんか!」

「じゃあ、はい」

 一ノ瀬が躊躇なく本をこちらに向けてきたので、少し驚いた。だが悟られたら負ける気がしてぐっと表情を固定したまま本を見た。

 見慣れない漢字、カタカナ、謎の記号みたいな表記。一瞬で頭から湯気が出た気がした。

「ほら、読めないでしょ」

 一ノ瀬が勝ち誇ったように言うので、私は本をビリビリに破いてやろうかと思ったが、学校の本なので出来なかった。私物なら間違いなく本が一冊犠牲になっていただろう。

「やい、一ノ瀬」

「まだ何か用?」

「明日も来るからな」

「あ、そう」

 私は定位置を後にした。外は雪がすっかり溶け、春の陽気が訪れつつあった。

そういえば、一ノ瀬は何年生なんだろう、と思ったが、明日訊こう、と思った。



「なぁ、美鈴。あんた二宮像と付き合ってんの?」

 昼食の時間、京子が突然切り出したので私は食べていたサンドウィッチを危うく喉に詰まらせるところだった。

「何言ってんだよ、京子!」

「いやだって、最近付き合い悪いじゃん? こっそり後つけたら図書室にいって二宮像の隣にいるんだもん。付き合ってるなら、長年の付き合いである京子さんに知らせるのが筋ってもんでしょう?」

「だから、付き合ってないってば!」

「ふぅん……」京子は弁当を食べ終えていたが、私の残りのたまごサンドを奪って頬張った。「じゃあ何でまた、アイツといるわけ? 罰ゲームはもういいって言ったっしょー?」

「そうだけど……なんかアイツがむかつくから、ぎゃふんと言わせたいのよ」

「はぁ……そんなしょうもない理由で、京子さんとの楽しい放課後をないがしろにするなんて……しくしく」

「分かった分かった! じゃあ今日は京子と遊ぶよ、久々にゲーセンいこ」

「おっ、いいねぇ!」京子は更に私のオレンジジュースに手を伸ばす。「格ゲーやろうぜ!」

「はいはい」私はジュースを奪いかえしてニッコリ笑った。



 それからというもの、テストや卒業式の準備に追われて、図書室に行くことは無くなった。何だか一度行くのをやめた途端にあっさりと闘志が萎えてしまった。まるで夏の夕立のように気まぐれなものだった。

 あっという間に時は流れ、私は高校二年になった。案の定、また同じクラスに京子がいる。腐れ縁もここまでくると奇跡に近いな、と思った。

 委員会を決めることになり、私は残り物に福があるという言葉を信じて率先して手を挙げることはしなかった。そして福のなさそうな図書委員になった。

 そのときに忘れかけていた一ノ瀬のことを思い出した。ぎゃふんと言わせようとしていたのに、京子に振り回され、テストや行事に追われる日々のせいですっかり忘れていた。

 委員会に任命されたこともあって、私はその日の放課後に図書室に向かうことにした。

 久しぶりだからどうやって一ノ瀬を困らせようかと思案しながら図書室に入ると、定位置に一ノ瀬の姿はなかった。窓も閉まっていて、カーテンは静止している。

 珍しいこともあるものだ。今日は私の方が早かったみたいだ。

 私は適当に選んだ文庫本を手にすると定位置に座って一ノ瀬が来るのを待った。

 一ノ瀬のせいか、私は柄にもなく本を少し読むようになったし、読めない漢字が出たときは一ノ瀬に聞くと百パーセントの確率で答えが返ってくるので難なく読めたのが理由かもしれない。あいつはきっと歩く国語辞典なのだ。

 読めない漢字があるページを折り曲げて読書をしていると、不意に扉が開いた。

 やっと来やがった、と顔を上げると、そこには大谷先生がいた。

「おやおや、まだ残ってたのか? もう遅いから、帰りなさい」

「はぁ……あの、先生」

「なんだい、ややっ! まさか先生が来るのを待っていたのかい? いやぁ困るなぁ……僕には愛する妻と子供が……」

「違います」私は文庫本をカバンに閉まって扉に向かう。「あの……ここによくいた男子、一ノ瀬って人、知りません?」

「ああ、知ってるよ。もうよくここにいたからねぇ。居なくなるとそれはそれで、ちょっと寂しいよなぁ」

「居なくなると、って……?」

「おや? 知らなかったのか? 彼はもう卒業して、ここにはいないぞ」

「あ……えっ、本当ですか?」

「本当もなにも、僕は隠し事や嘘はつかない主義なんだ。この前も、教頭にキャバクラに誘われたんだけども、断腸の思いで断ったさ……! だってさ、追及されたら嘘つけなくてバレちゃうだろう? 僕はさ……」

「失礼しました」

 ぺらぺらとどうでもいいことを話す大谷先生を無視して私は走った。

 なんだよ、ぎゃふんと言わせてやろうと思ったのに、勝ち逃げなんてずるいじゃないか。くそっ。



 次の日、私は学校を休んだ。

 別に体調が悪いとかそういうのじゃなくて、なんか気分が乗らなかった。

 昼過ぎになってカップラーメンを啜りながらテレビを見てると、ああ、やっぱり学校行けばよかった、ってぼんやり思う。サボった日はよくなる現象だった。なんかそういう現象名はついてないのかな、なんてどうでもいいことを考えながらソファーでクッションをぐにぐにしてると、チャイムが鳴った。玄関には京子がいた。

「ほらほら、なにしけた顔してんの。京子さんがお見舞いにきてやったぞ」

「お呼びじゃないでーす」

「こら! そんなこと言わないの! それよりこれ、アンタ図書室でなんか貸りてたわけ? 返却しろよーって通知みたいの来てたぞ?」

「あ……忘れてた。どこやったかな」

「おいおい、それでも図書委員かー? ま、明日にでもしっかり返すんだな!」

 相変わらず元気の有り余る様子で京子は帰っていった。

 私は部屋の中を漁って返却日を過ぎた本を見つけるのにおよそ二時間を要した。カバンの中の奥深くに潰れていたせいで発見が遅れたのだ。結局その日はそのまま眠ってしまった。



 翌日の放課後、本を返却しようと図書室の扉を開けると、懐かしい声が聞こえた。

「久しぶり」

 まごう事なき、一ノ瀬の馬鹿野郎だった。

「なぁっ……⁉︎」

「何か用?」

「お、おま……何で……?」

「本を一冊、貸りたままになってて昨日連絡があったんだ。だから返却しにきた。今までそんな通知一度もなかったんだけど、少し変だよな」

「ふ、ふぅーん」

 誰が通知を送ったんだろう、私は誰に貰ったんだっけ……?

 しばらく沈黙が続いた。

「もう罰ゲームはしないの?」

「えっ」

「告白するんじゃなかったの?」

「な、なんでそれを知ってるんだよ! エスパーか⁉︎」

「大谷先生が言ってた。二人とも声がデカくて廊下までだだ漏れだったらしいよ。最初に会ったときは知らなかったけど、後日こっそり教えてもらった」

 そういえば罰ゲームの内容を話したあとすぐに大谷先生に廊下でばったり遭遇していた。

「じゃあ……知ってて受け流してたのか?」

「うん、そう」

 つまり……弄ばれていたということか……。何とも腹立たしい!

「きぃー! ムカつく! 早く本返して帰れよー!」

「図書委員は誰か知ってる?」

「私だよ!」

「あ、そう」

 じゃあよろしく、と言わんばかりに本を差し出す一ノ瀬に、私は苛立ちよりも嬉しさが勝った。弄ばれていたとはいえ、また会えたことが何となく嬉しかったからだ。

 仕方なく返却作業をしようとしたが、全く機械の操作が分からなかった。見かねて一ノ瀬が手伝ってくれて知ったのだが、こいつは図書委員だったらしい。つまり私は後釜というわけだ。

「はい、返却終わり!」

 私が強くマウスをクリックして作業を終えると、一ノ瀬はやれやれといった様子で立ち上がる。

「じゃあ僕はこれで」

「早く帰れ帰れ」

 一ノ瀬は軽い足取りで私から離れていく。短い間とはいえ、少しは言うことはないのか、と憤ったが、本当は寂しかったのかも知れない。

「やい、一ノ瀬」

 声を掛けると、一ノ瀬はピタッと止まった。まるでビデオを一時停止したみたいだった。

「何か用?」

「す、好き……だ」

「え?」

 小声でもごもごしたせいか、うまく伝わらなかったらしい。一ノ瀬はこっちに戻ってきた。

「す……すき……隙だらけじゃー!」

 私は椅子から飛び上がって一ノ瀬に飛びついた。流石の一ノ瀬もこれには驚いたようで、私を受け止めながらも体制を崩してよろよろと地面に崩れた。私は顔を見られたくなくて一ノ瀬の胸元に顔を押し付けた。

「いたた……何だよ、急に」

「私、一ノ瀬が好きかもしれない」

 どうも、素直になれない。顔から火が出そうだ。

「それ、罰ゲームやってるの?」

「違うわ!」

「僕も好きだよ」

「え?」

「ちなみに罰ゲームではない」

「ぐぬぬ……」

 ああ、もう。絶対私なんて眼中にないと思っていたのに……。

 やっぱりこいつは思い通りにならなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても微笑ましい二人に、思わず笑顔で読ませて頂きました。 表現のコミカルさと、二人のノリの軽さがマッチしていて読みやすかったです。
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